女子は恋バナ

 ある日突然やってきた、弟子のように接していた、リオネルが住む国の第三王女オルディーネ。

 そして、オルディーネの護衛で付いてきた次期騎士団長、最有力候補である親友ダリウス。


 旧知の仲である二人に、リオネルは王都をリリアと出てから今日までの話をして、エメラが持ってきてくれた紅茶を啜った。


「家憑き精霊シルキー。エメラと言ったか。凄いな、確かに人形の体だが、妙に人間ぽいな」


 手相でも見るように、オルディーネがエメラの手を取り眺めながらポツリと呟いた。

 それがエメラには少し恥ずかしいのか、困ったように眉をひそめて頬を染める。


「で、フィオナといったか。あなたは魔眼持ちか。どんな魔眼なのだ?」


「それが、まだ一度も使用していないので、分からなくて」


「事前に知っておいて損はないぞ? 施術した精霊にも分からんのか?」


 ソファに座ったまま、近くに立っているフィオナを見上げて言ったあと、目の前に座っているエメラに目をやりオルディーネは首を傾げる。

 そんなお姫さまに、エメラは首を横に振った。


「赤に染まっていることから、何か対象に影響を与えるモノであるという事は分かりますが、それがどのような効果を与えるのかはやはり使ってみないことには分かりません」

 

 そのエメラの言葉に「え? そうなの?」と、声を上げたのはオルディーネとは別のソファに座って話を聞いていたリオネルだった。


「てっきり、フィオナさんの目って元から赤いと思ってた」


「いえ、私の目は元は髪と似た紫色でした」


「そうなんだ。でも今の目も綺麗ですよね」


「あ、ありがとうございます」


 リオネルの言葉に照れて顔を赤くしたフィオナが、俯いて垂らした耳をいじいじと手でいじる。

 その様子を見ていたオルディーネが、立ち上がってフィオナの顔に自分の顔を近づけると小声で「あなた。リオネルのこと好きなの?」と、単刀直入に聞く。


「す! 好きです。はい」


「まあ確かに、顔は悪くないからな。ダリウスには負けるが」


「え? もしかして殿下。ダリウスさんのことお好きなんですか? 私、話を聞いてて、リオネルさんのことが好きなのかと」


「憧れはある。師としては尊敬もしているが、それが恋かと言われると、ちと違う」


 コソコソと、恋バナを始めた女子たち。

 そんな二人の様子に男子二人は首を傾げる。


「なんだか仲良くなってるね」


「ありがたい話だ。姫さまには同年代のご友人がおられないからな」


「同年代? フィオナさんは俺たちと同い年だぞ?」


「は? 冗談だろ?」


「可愛いよね、フィオナさん」


「惚気か。恋人ではないんだろ?」


 この会話が、フィオナの耳にも届いていた。

 オルディーネと話していたはずなのに、フィオナは顔を真っ赤にしてリオネルに視線を向けて、あわあわと口を開いたり閉じたりする。

 

 そんな様子にオルディーネは話を邪魔されたと思ったか「しばらく二人で話すから邪魔するな」と、男子二人を睨みつけた。

 

「左様で。分かりました。しばらく外します」


「ならリオネル。久しぶりに剣を合わせないか?」


「ああ。悪くないね。今日は朝の鍛練しなかったし、丁度いいや。付き合うよ」


 そう言うと、リオネルはソファから立ち上がる。

 すると、リリアがリオネルの服の裾を掴んだ。


「リリアも行くかい?」


「いいの?」


「もちろん」


 こうして、リオネルはリリアを連れて、ダリウスと一旦外に出るために歩き始めた。

 その後ろ姿に「あとで私の相手もしろ」と、オルディーネが呼びかけたので、リオネルは振り返ってヒラヒラと手を振って「いいですよ。またあとで」と、答えて歩いていく。


「騎士を辞めたのに、鍛練はしているのか」


「そりゃね。今の俺はお父さんだからさ。家族を守れるくらいは強いありたいなって思ってね」


「っふ。父親が国一強ければ、確かに家族は安心だな。魔物に襲われたって——」


 リオネルの後ろを歩きながらそこまで言って、ダリウスは口を滑らせたと思ってしまい、手で口元を覆う。

 その様子を肩越しに見ていたリオネルは、苦笑しながら、手を繋いで歩いているリリアに視線を落とした。


「そうだね。魔物が大群で襲ってきても。次は守るよ。全部ね」


「すまない。無神経な発言をした」


 謝りながら、ダリウスは感じていた。


 昔のようにリオネルが笑うようになったと感じていたが、それは今の生活が楽しいというだけの感情だ。

 決して嘘偽りではないのだろうが、未だ、リオネルはあの事件のことを引き摺っている。

 

 リオネルにとってはまだ、あの戦いは終わってないのだと、彼自身の言葉から改めて実感したのだ。


「まだ、気にしているのか?」


「あのダンジョンは、決壊の兆候が冒険者ギルドから報告されていた。ダリウスも知ってるだろ? 俺の隊は、あの日の翌日その調査に向かう予定だったんだ」


 玄関の前で足を止め、リオネルは剣をハンガーから取りドアノブを握って回す。

 あの日。

 リリアが住んでいた街が滅んだ日のことを思い出しながら。

 

「俺の隊が。俺がもう一日早く王都を発っていれば——」


「あの規模と、事態の悪化速度は想定外だった。お前のせいなわけ無いだろ」


「分かってはいる。分かっては、いるんだ」


 理解はしているが、納得はしていない。

 リオネルは口には出さなかったが、ダリウスはその考えを汲み、それ以上は何も言わなかった。

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