お客様

 「リオネル! いるか⁉︎ リオネル・ハーグレイブ!」


 警戒のために玄関のポールハンガーに掛けていた剣を手に、扉を開けようとしたリオネルの耳に聞こえてきた聞いて知ったる少女の大声。


 その声にドアノブを握ったリオネルの手が止まり、脳裏に良く知った顔が浮かぶ。


「あの、リオネルさん。お知り合いの方ですか?」


「ですね。はあ、やれやれ」


 冷や汗を浮かべ、困った表情を浮かべたリオネルが、フィオナの言葉に答えながら丸いドアノブを回して扉を開いた。


 そして外に出たリオネルは、背丈ほどの大剣を背負い、旅装束に手甲と脚甲だけを装備した、どこか冒険者のような姿にも見える、弟子のように扱っていたこの国の第三王女、オルディーネが庭先で仁王立ちしているのを見つける。


 さらにその後方。

 乗ってきたのであろう毛艶の良い馬の手綱を握り、石橋を渡ってきたはずの、つい先日別れを告げた親友ダリウスの姿を見て、リオネルは苦笑した。


「いらっしゃいませオルディーネ殿下。久しぶり、って言うには早い再会だな。ダリウス」


「オルディーネ殿下? 殿下って、お姫様ですか⁉︎」


 剣は手にしたまま、頭を下げて挨拶し、ダリウスに向かっては困ったように苦笑するリオネルの後ろからフィオナの驚愕の声が上がる。


「なんだ? 引き取ったのは女児と聞いたが、随分と大きな女児よな」


「彼女がそう見えるんなら病院に行ってください殿下。娘は中です。まあ、立ち話もなんですので、どうぞお入りください。武器は置いてくださいね?」


「ふむ。お邪魔するぞ」


「フィオナさん。殿下をリビングに案内してあげてくれるかい?」


「あ、はい! 分かりました!」


 そう言うとフィオナは、背中から鞘の皮のベルトだけで固定された大剣と自分を繋いでいるベルトを外して玄関先に立て掛けたオルディーネを案内して中へと向かっていった。


 その様子を見送り、リオネルは馬をどうするか悩んでいたダリウスに「魔法使ってもいいよ」と声を掛ける。

 

「すまない。助かる」


 言いながら、ダリウスは魔法で地面から石柱を生やし、そこに二頭の馬の手綱をくくり付ける。

 そして、ため息を吐くと水の玉を作り出して馬の眼前に浮かせた。


「護衛かい?」


「団長の頼みでな」


「お疲れ様」


「本当だぞ。姫さまがお前に会いに行くって聞かなくてな」


「まあ確かに、別れの挨拶は出来なかったからね」


 道中何かあったのか、妙に疲れた様子のダリウスに笑い掛け、リオネルは手を差し出す。

 そんなリオネルに近づいて手を取りダリウスは握手をすると「元気そうだな」と、どこか安心したように微笑んだ。


「たった数日で色々あってね。今から話すよ。リビングでね」


 そう言って笑い、リオネルは親友を自宅に招いてリビングに先導しようとして廊下を歩いていると、その先でダイニング側の廊下からエメラが顔を覗かせた。


「リオネルさま。お客様がこの国のお姫様だそうですが、おもてなし出来るほど高級なお菓子もお茶もありません。どうしましょう」


「ああ大丈夫。あの方は美味しければなんでも食べるから、エメラさんの淹れてくれるお茶なら喜んでくれるよ」


「わ、分かりました。お嬢様は既にフィオナさまとリビングにてお待ちです」


「ありがとう。ごめんね急に」


 苦笑しながら言ったリオネルに、スカートの裾を摘んで頭を下げ「お客様も、ごゆるりとお寛ぎください」と言うと、エメラはキッチンへと向かって行った。


 リオネルはそんなエメラとは反対側、リビングに向かって歩いていく。


「今のは、人ではないよな?」


「それも今から話すよ。それにしても、良くここがわかったね」


「村長殿に聞いて来た。突然の来村だったにも関わらず、丁寧に村の入り口で迎えてくれてな。団長の知り合いらしいが」


「妙に風格あるよね。優しそうな顔してるのにさ」


 そんな事を話しながら、リビングに足を踏み入れるリオネルとダリウス。

 すると、二人を見た途端にソファに座っていたオルディーネが「リオネル! まずは貴様だ! 私のいない間に騎士を辞めおって!」と、いきなりリオネルを一喝したのだが、何故かリリアが膝に乗せられていたので、リオネルは何から言ったもんだかと、困って肩をすくめた。


「申し訳ありませんでした殿下」


「素直に謝ってくれたから許す。人の人生に口出しまでするほど野暮ではないのでな」

 

「最初は連れ戻すとか言ってましたがね」


「やかましいわダリウス! さて、では色々聞かせてもらおうか」


「何から聞きます?」


「お前たちがどんな暮らしをしているかはこの家を見れば分かる。随分と楽しくしているようじゃないか。話を聞くに随分と病んでおったようで心配したが。杞憂だったな」


「仰る通り、確かに今は楽しく娘や友人と暮らしていますよ」


 オルディーネの言葉に、リリアの顔や、オルディーネの側に立っているフィオナを交互に見て、リオネルは笑顔を見せる。

 そんなリオネルとは逆に「友人」という言葉を聞いたフィオナは「とほほ」と言わんばかりに肩をすくめた。


 ちょうどその時、リビングにエメラがトレーに紅茶を乗せて運んできた。

 これを見て、リオネルは空いているソファに腰を掛けると、リリアがオルディーネの膝の上から飛び降りてリオネルに向かって歩いていく。


 その様子を見てダリウスが「フラれましたな殿下」と、苦笑する。

 そんなダリウスに、オルディーネは「ちゃんと父親をやっているんだな」と、どこか寂しそうに笑った。

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