新しい友達

 何かを探しに店の奥へと向かっていったシダルドをしばらく待っていると、カウンターの奥の通路から「共鳴石を使って精霊と話すって思い付いたのは素晴らしいね。君たちにとっては唯一の正解だよ」と、シダルドが何やら長方形で薄い木箱を手に姿を現した。


「これを使えば、エメラちゃんと話せるようになるよ」


 そう言って木箱を開けるシダルド。

 その木箱の中には真ん中に水色の石、共鳴石があしらわれた、首に巻くアクセサリーであるチョーカーが入っていた。


「水の中で会話出来ないかって考えて作ったんだけどねえ。これが水中だと上手く機能しなくてねえ。地上だと問題なく通信出来るんだけど。今って通信魔法があるじゃない? 使い道ないし、売れないしで困ってたんだよねえ。チョーカー部分にも付与魔法を使ってるし、せっかく作ったのに捨てるのも勿体無くてさあ」


 チョーカーを取り出し、あれやこれやと話をするシダルドの様子に、リオネルとフィオナは圧倒されていた。

 冷や汗を滲ませ、それでも嬉しそうに話すシダルドを止めるのも悪いと思っていると、木の箱に丸い魔石が嵌め込まれている商品を眺めていたリリアが「これなあに?」と、リオネルたちを見て首を傾げる。


「ああそれはねえ、転写魔法を組み込んだ写真機という物さ。箱の上に魔石があるだろう? それに魔力を送り込むと、箱の下に入れている紙に、今、この瞬間を切り取って保存し、長い年月保管することが出来るんだよ」


 リリアの疑問にシダルドがこれまた嬉しそうに説明を始めた。

 そして「使ってみるかい?」と、リリアの方に向かうと、写真機を棚から手に取る。


「じゃあお嬢ちゃん。リリアちゃんだったかな? お父さんとお母さんの所へ行ってくれるかい?」

 

 シダルドの言葉に頷き、リリアはリオネルの方へ向かって駆けていく。

 それを見て、フィオナが顔を真っ赤にしていた。


「すみませんリオネルさん。皆さんに勘違いさせてしまって」


「いえいえ。謝る必要はないですよ。俺はそれでも——」


 それでもいいなと思っているから。そう言う前に、シダルドが「じゃあちょっとこっち見て、動かないでねえ」と、声を上げだので、リオネルは口を閉じ、フィオナと並ぶと、リリアの肩に手を置いて、シダルドの指示に従う。


 すると「はい出来た」と、一枚の紙を木の箱から引っ張り出してリオネルに渡した。


「え⁉︎ 凄い! 絵とは全く違いますね。鏡に写った姿を止めたみたいな」


「わ。ほんとですね! え〜凄い、こんな魔道具もあるんですねえ」


 シダルドから受け取った写真を見て驚嘆するリオネルとフィオナ。

 そんな二人の様子にシダルドは満足そうに笑っていた。


「これも館のお嬢ちゃんから教えてもらったんだ。でも、完成したのはあの子が死んだあとでね。使える日が来てよかった」


 少し寂しそうに言ったシダルドに「今まで使わなかったんですか?」と、リオネルが疑問を口に出す。

 その問いに「みんな新しい物を気味悪がってね」と、シダルドは肩をすくめてため息を吐いた。


「まあでもこうして、君たちみたいに気に入ってくれる若者がいるって分かっただけでも、作った甲斐があったってもんだよ」


 写真機を棚に戻しに行くと、シダルドは置いていたチョーカーの入った箱を片手に再びリオネルたちの前に立つ。

 そして、木の箱を差し出すと「お近づきのしるしにこれは上げるよ」と言ってニコッと笑った。


 この好意に対してリオネルは「そんな、悪いですよ」と言い掛けて、この村に来る前に目が見えなかったフィオナに宿の店員に世話を頼んだり服を数着贈ったりした時に同じことを言ったのを思い出して口を噤んでしまう。


「あ、ありがとう。ございます」


「普通に使ってる分には壊れないはずだけど、もし何かの弾みで壊れたら言ってね。安く直すよ」


「分かりました。その時はよろしくおねがいします」


「あと、さっき渡した写真もあげる。家族みんなでいつまでも仲良くね」


 そう言ったシダルドに浮かんでいた笑顔は優しくて、少年のような顔なのに、どこか老成した印象を受けた。

 

「また遊びに来てもいいですか?」


「君は変わった人間だね。僕みたいな変わり者にまた会いたいのかい?」


「そうですね。俺も変わり者ですから、友達になれたら嬉しいなって」


 そのリオネルの言葉に、フィオナも「私もお友達になりたいです」とシダルドに笑顔を向けた。


「そうかあ。でもまた友達の葬式に出ることになるのはなあ」


 嬉しいはずの言葉に、シダルドは俯き、複雑な気持ちでつい本音を吐露してしまう。

 かつて友達になった館の魔法使いも自分より遥かに若い年齢で神の元に召されてしまった。

 エルフ族の寿命は軽く見積もってもひと族の十倍。

 間違いなく、リオネルたちのほうが早くに旅立つ。


 それを良く分かっているからこそ、素直にシダルドは了解出来なかったのだ。


「出来るだけ頑張って長生きします。だから、仲良くしてやってくれると嬉しいです。俺や、娘、娘の子供たちの、友達として」


「おやおや。僕に子孫の子守りをさせるつもりかな? 分かった、そこまで言ってくれるんなら今日から僕たちは友達だ。そのかわり、敬語は無しだよ? 友達だからね」


「他所の国の言葉に『親しき仲にも礼儀あり』っていうのがあるんですけど。まあ、分かったよ。シド」


 そう言って、リオネルはシダルドに手を伸ばした。

 そしてシダルドはその手を掴んで握手をするとニコッと満面の笑みを浮かべる。


 こうしてエメラへの贈り物と、新天地で新たな友人を見つけたリオネルたちは自宅に向かうためにシダルドの魔道具屋をあとにした。


 その帰り道で、ふとフィオナが「リオネルさんて、人たらしですよね」と呟く。


「え? そうかな? ただ俺は、信用出来る友達が欲しかっただけなんだけど」


「わ、私は信用してくれてますか⁉︎」


「そりゃもちろんですよ。フィオナさんのことは一番信用してます」


 欲しい答えは「一番好きですよ」なのだが、今一歩その言葉を引き出せないフィオナは、それでもリオネルから向けられた笑顔に悶絶して顔を赤くする。


 その様子を見て、リオネルは抱っこしているリリアと顔を見合わせて首を傾げるのだった。

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