お出掛け準備

 リオネルが朝の鍛練と風呂を終えた頃。

 寝室で寝坊助お嬢さまが目を覚ました。

 眠い目を擦り、隣りで眠っているはずのリオネルを探すが、姿が見えなかったので、リリアはのそのそとベッドから出て、寝室をあとにする。


 そして階段を降りていると、一階のリビングから「ですので、鍛え直して冒険者に戻ろうかと」と、何やら話をしているフィオナの声が聞こえてきたので、そちらにリオネルもいると思って、リリアはリビングに足を踏み入れた。


 しかし、そこにもリオネルの姿はなく。

 壁際のソファにフィオナとエメラが座っているだけだ。


「あ、おはようございます。リリアさん」


『おはようございますお嬢さま。空腹ではございませんか? 朝食用意いたしますよ?』


「リリアさん。エメラさんが朝ごはん食べますか? って言ってますよ?」


 リリアにはまだ少し難しい物言いをするエメラに対し、リリアが分かりやすいように、フィオナはエメラが浮かべた文字を噛み砕いてリリアに聞いた。


 その問い掛けに、リリアは静かに頷くだけで返事を返す。

 

 そんなリリアの体が不意に持ち上がった。


「おはようリリア。よく寝てたね。俺もお腹減ったしみんなで朝食にしようか」


 風呂上がりのリオネルがそんな事を言いながら、リリアを後ろから抱え上げたのだった。

 不意に抱き上げられたリリアは、目覚めた時に誰もいなかったのが寂しかったのか、この日初めてリオネルに抱き付き返す。

 少しずつ、ほんの少しずつだが、失感情症も回復に向かっているようで、リオネルはそれを確かに感じて微笑みを浮かべた。


「エメラさん。昨日のお肉でサンドイッチ作ってくれない?」


『かしこまりました。お焼きしますのでしばらくお時間いただきます』


「よろしくお願いします」


 リオネルの言葉に、エメラはソファから立ち上がるとメイド服のロングスカートの裾を摘んで広げ、頭を下げる。

 そして、リオネルとリリアの横を通り過ぎてキッチンの方へと向かっていった。


「よし。じゃあリリアは着替えようか。朝食を済ませたら村に行くからね」


「うん。分かった」


「あ、あの。私もついて行ってもいいでしょうか」


「ええもちろん。みんなで行きましょう」


 フィオナの言葉に笑顔を浮かべて答えると、リオネルはリリアを抱えたまま寝室へと向かって歩き出す。


 そして、二階に上がり、廊下を歩いて寝室に入ると、リリアをベッドに座らせ、クローゼットを開け、中からリリアの着替えを数着取り出した。


「さあ、今日はどれにする? ワンピースもあるし、オーバーオールもあるよ?」


「そっちのズボンのやつにする」


「オーバーオールか、いいね。一人で着替えられる?」


「手伝ってほしい」


「いいよ」


 こうしてリリアが着替えるのを手伝って、リオネルはリオネルでシャツの上に着る薄手の長袖シャツに腕を通す。


 そうこうしていると、閉めていた寝室の扉がノックされた。


「どうぞ、開いてますよ?」


「すみませんリオネルさん。私、久しぶりに服を着替えて、鏡で自分の姿を見たんですけど。ちょっと見てもらっても構いませんか?」


「もちろん構いませんよ?」


 そう言って、リオネルは寝室の扉を開くと、そこには半袖ブラウスとロングスカート姿のフィオナが恥ずかしそうに手遊びして立っていた。


 その姿に、リオネルは一瞬見惚れてしまう。


「あの、へ、変じゃないでしょうか」


「全く変じゃありませんよ。俺の感性では、という注釈は付きますが」

 

「な、なら良いです。誰よりもリオネルさんに——」


 リオネルさんに見てもらいたいから。そう言いかけて、フィオナは顔を赤くして口を両手で塞ぐ。

 そんなフィオナを見て「俺に、なんです?」などと言う野暮な質問をリオネルはしなかった。


 とはいえ、なんと言うのが正解か考えあぐねいて、リオネルは照れて顔を赤くするしかなかった。

 そうして、髪を掻いてどうしようかと言葉を選んでいると「お姉ちゃんお姫様みたい」と、リリアがフィオナに近づいて声を掛ける。


「ははは。そうだね、お姫様みたいだ」


 自分がよく知るこの国のお姫様のうちの一人と比べ、リオネルは笑みを浮かべながらリリアを抱き上げる。

 そんなリリアに向かって、フィオナも笑みを浮かべると「お姫様みたいなんて、照れちゃいますね」と恥ずかしそうに笑うと頭の上の耳を両手で抑えた。


「そういえばフィオナさん化粧品とか持ってないですよね? 村で何か買います?」


「ああいえ、私昔から化粧とかしたことないので、大丈夫です」


「そうなんですか。いや、普通はそうなんですかね。申し訳ない」


「いえ。リオネルさんの境遇を考えると、貴族の方との交流もあったというのは予想できますから」


 会話をしながら、着替えを終えたリオネルたちは再び一階へと向かう。


 そして、エメラの作っているサンドイッチを待って朝食とすると、リオネルたちはエメラに留守を頼み、金貨の入った袋片手に、自衛のための剣を腰に携え、村へと向かって歩き出した。

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