ある日の早朝

 翌早朝。

 リオネルは日課の素振りをするためにリリアを起こさないようにベッドを出た。

 そして、部屋を出ようとしたそんな時、リリアから小さな「お父さん」という声が聞こえてくる。


「寝言か。俺のこと、だよな」


 未だ夢心地のリリアを見て、照れくさそうな笑みを浮かべ、リオネルは部屋を出る。

 

 この時、廊下に出た直後、リオネルはフィオナと鉢合わせすることになった。

 

「おはようございますフィオナさん。早いですね」


「あ、おはようございますリオネルさん。ちょっとおトイレに行こうと思いまして。リオネルさんもですか? なら私はあとで——」


「ああいや。俺は日課の素振りをしに行くので」


「素振りですか?」


「はい。騎士を辞めたとはいえ、鍛練は続けたくて。何かあった時、家族は守りたいですからね」


 会話をしながら、廊下を歩き、階段を下る二人。

 そして、リオネルは玄関から剣を手に館の外へ、フィオナはダイニングの前のトイレへと向かっていった。


「重力魔法を剣に、よし。さて、じゃあ軽く百回くらい振るかな」


 目標を定め、館の庭先で剣を振り始めるリオネル。

 早朝のまだ暗い空の下、重量を増した剣を振り続けるリオネルは、定めた回数を優に越え、空が明るくなるまで剣を振り続けた。


 それで鍛練は終わらない。日が登って影が出たので、リオネルは自分の影を具現化すると、その自分の影と模擬戦を始める。


 その様子を、リビングの窓からフィオナが眺めていた。

 そんなフィオナの眼前に、青白い魔力で書かれた文字が浮かび上がる。


『おはようございますフィオナさま。昨日リオネルさまが紅茶の茶葉を購入してきてくださったので、よろしければお淹れしましょうか?』


 浮かび上がった文字に驚き、振り返ると、そこには紙袋片手にエメラが立っていた。

 

「あ、じゃあお願いします」


『かしこまりました。しばらくお待ちください』


 エメラは頭を下げ、リビングをあとにする。

 それを見送って、フィオナはリビングのソファに腰を掛けた。

 

「これがこの国内最高峰の騎士の戦い方。私ならどう動くかなあ」


 数年前まで冒険者だったフィオナは自分ならリオネルとどう立ち会うかを考え、イメージで戦ってみるが、その動きも数年前の現役の頃のもの。

 今の身体能力では歯が立たないどころか、瞬く間もなく組み伏せられる。


「っは! 私、何考えて」


 リオネルに押し倒される場面を想像して、顔を真っ赤に染めると、フィオナは両手で顔を覆い、妄想を振り払うように首を振る。

 それはもう、長い耳がブンブンと音を立てそうな勢いだ。


「ああでも。そうだ、目が見えるようになったんだから、このままリオネルさんに甘えたままではいられない。私も、頑張らないと」

 

 首を振るのを止め、両手を顔から放すと、フィオナは深くソファに腰を掛け直して天井を見上げる。

 視力が回復したどころか、魔眼という新たな力まで手に入れたのだ、役に立ちたい。

 目が見えない自分を気に掛け、助けてくれた恩人に恩を返したい。


「いえ、違いますね」


 好きな人に、好かれたい。

 フィオナの中にあるのはひとえに恋する女心だった。


 しかし、家事は現状エメラ任せ、他に自分が出来ることはないかと人差し指を額に当てて、色々考えるが、フィオナには一つの考えしか浮かばなかった。


 しかし、それを実行するには。


「まずは、鍛え直さないと」

 

 呟くように、フィオナは決意を口にすると拳を握る。

 

『フィオナさま、お紅茶淹れましたよ?』


「あ、ありがとう、ございます」


『どうされたんですか? お顔が強張ってますよ?』


 木のトレーにティーポットとカップを乗せたエメラが、首を傾げて文字を投影する。

 その文字を読み、フィオナは顔を赤くすると「リオネルさんへの恩返しを考えてまして」と、照れくさそうに笑って答えた。


『純潔は軽々しく捨てる物ではありませんよ?』


「ブフゥ! 違います違います! そういうのでは無いです!」


 エメラから紅茶を受け取り、口に含んだ瞬間とんでもない文字がエメラの頭の上に浮かび上がったので、含んだ紅茶を勢いよく吹き出すフィオナ。

 この紅茶の飛沫を、エメラは魔法で防ぐと一箇所にまとめて宙に浮かせた。

 

 そんな時だ。

 リオネルが鍛練を終え、玄関から物音がしたリビングへとやってきた。


「エメラさ〜ん。お風呂入るけど、まだリリア起きてない?」


『お嬢さまはまだお眠りになってます。起こして参りましょうか?』


「いや、いいよ。ゆっくり寝かせてあげて。というか何してたの?」


 香りや色からどうやら紅茶であろうと思われる球体を浮かせているエメラと、カップ片手に固まっているフィオナを見て、疑問符を浮かべそうなポカンとした表情を浮かべるリオネルに、エメラは『フィオナさまが、リオネルさまに』と、文字を浮かび上がらせる。


 しかし、その文字を立ち上がって煙を巻くように手でバタバタとフィオナがはたいて「な、なんでもありません! お茶を頂いてました」と、エメラの文字を消すと、リオネルの方を見ていたエメラを後ろから抱きしめて無理矢理ソファに座らせた。


「こうほら! あれですよ! 女の子同士の秘密の話なので!」

 

「ああ〜。そういえば騎士団にいた女性たちもそんな事言ってましたねえ。分かりました、じゃあ俺は風呂行きますんで、二人は気にせずお話しててください」


「は、はい! ありがとうございます!」


 その返事に、リオネルはフィオナが元気になった事が嬉しくなり、笑顔を浮かべて汗を流しに風呂場へ向かっていった。

 

 一方でリオネルがいなくなったリビングで、フィオナはエメラに抱きついたまま「エメラさぁん。待ってくださいよ〜。私まだリオネルさんに何も伝えて無いんですからあ」と涙目で泣きつく。


『でも、惚れておられるんでしょう?』


「……はい」


『気持ちは伝えないと伝わりませんし、長引かせると敵が現れますよ?』


「敵、ですか?」


『リオネルさまとお嬢さまを、まとめて愛そうという方がどこかにいるかも知れませんからね』


「わ、私だって二人とも」


『ですから、気持ちは伝えないと』


「はい。頑張ります」


 こうして何故かエメラに説教されたあと、フィオナはカップに残った少しの紅茶をすするのだった。

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