リリアはエメラとも話したい
その日の夕食はフィオナの回復を祝い、ささやかながら肉料理を中心にしたものとなった。
エメラの作った料理に舌鼓を打ち、平らげた皿を重ねて一息つくリオネルたち。
『お口に合いましたか?』
「うん。美味しかったよ。ありがとうエメラさん」
「エメラさん、ごちそうさまでした」
「美味しかった〜」
エメラが投影した文字に、リオネルやフィオナがお礼を言ったので、リリアはエメラが浮かべた文字の意味は分からないかなりに二人に倣って礼を言う。
そんな三人に、フィオナは嬉しそうに笑顔を浮かべると、リオネルたちの前に並ぶ空いた皿を片付け始めた。
「エメラさんとも話せれば良いのにねえ」
「精霊と話す方法ってないんでしょうか。この館のご主人だった魔法使いさんは、話せたんですよね」
『主とは契約を結んでましたので』
「じゃあ俺たちとも契約を結べば話せるようになるってこと?」
『魔力に結び付きが出来ますので、おそらく』
「ああそうか。人形に発声の機能がないから喋れないだけだもんね」
「せっかくこうして一緒に暮らし始めたので、お声を聞いてみたいのですが」
皿をキッチンのシンクに運び、水魔法を使用しながら皿洗いを始めたエメラから、ふわふわ浮かんで文字が送られてくる。
その文字を見ながら話しているリオネルとフィオナを交互に見ていたリリアが「お人形のお姉ちゃんとお話できるようになるの?」という疑問がリオネルに飛んできた。
「契約すれば、だけどね。でも俺はちょっと気が進まないなあ」
リリアの言葉に、困ったように眉をしかめて諭すように、静かにリオネルは言って聞かせる。
そんなリオネルに、リリアは首を傾げた。
「エメラさんはまだこの館の主人だった魔法使いさんを想っている。俺たちがこの館に住むことに文句はないけど、俺たちと契約するって事はさ、前の契約を上書きすることになるから。その、なんて言えば分かりやすいかな」
幼いリリアに、主従の関係がただの友達以上の絆を結んでいることもある、ということを分かりやすく教えようとするが、リオネルには良い言葉が見つからず、しどろもどろで、身を振り手を振る。
契約自体は、主が死んだ時点で解除されている。
エメラもその事はよく分かっているが、契約を結んだ際の主と自分を繋いだ魔力の刻印は、エメラの本体である精霊体に刻まれたまま。
もしリオネルたちと契約を結べば、その刻印は消え去り、新たな魔力刻印が刻まれてしまう。
リオネルはおそらくそれをエメラが嫌がると思ったのだ。
それは、エメラと魔法使いが刻んだ、最も深く強い絆。
「ああ、そうだ。思い出かな。エメラさんの中にある一番の思い出。それを消すことになっちゃうんだ」
そう言って、リオネルは「ああでもそれは」と、リリアから目を逸らして俯いてしまう。
自分がリリアを引き取って、一緒に暮らしていることも、エメラにとっての契約上書きと同義ではないかと、そう思ってしまったのだ。
自分が父として、家族として接していれば、いつかリリアが記憶を取り戻したとしても、リリアからは実の父親の記憶は薄れてしまっているかもしれない。
現状、記憶を失っているリリアに、自分という存在を父親として記憶に上書きしている状態なのだ。
それをエメラの契約の話を通じて声に出し、改めて自覚してしまったが故に、リオネルはリリアから視線を逸らしてしまった。
そんなリオネルに、リリアは「それでも」と、声を掛ける。
「お話はしたいなあ」
そして、そんなリリアの言葉に、何かを思いついたのか「あっ。そうだ」と、フィオナがポンと手を叩いた。
「共鳴石が使えないでしょうか」
「通信魔法が確立するまで使われていたアレですか? でもアレは同一人物の魔力を込めた石を二つ用意して、一方的に声を伝えるだけの物ですよ? 確かに四つ石を用意すれば、擬似的に遠距離での会話は可能でしたけど。あ、そうか」
同じ物をちゃんと想像しているかの確認も兼ねて、リオネルはフィオナに説明くさい口調で返すが、その言葉の途中でリオネルはある可能性を見出す。
「共鳴石にエメラさんが魔力を込めれば、その共鳴石からエメラさんの声が聞こえるかもしれない」
「ですです。もしかしたら契約を上書きしなくても、話せるかもしれません」
「お話、してみたいの」
フィオナの思い付きに、リオネルは一時的に抱えている不安を頭の片隅に追いやり、エメラとの会話の可能性を考える。
「共鳴石自体はそう珍しい鉱物でもない。今は魔法を遠隔操作するために使われているし、もしかしたら村の商店や魔道具屋にもあるかもしれない。また明日、村に行って探してみるよ」
「私も行く」
リオネルの提案に乗り気なのか、ただリオネルと離れたくないだけなのかは分からないが、リリアはそう言って手を上げた。
そんなリリアを見て、リオネルとフィオナは笑顔を浮かべる。
そして、自分と主の絆、思い出を尊重してくれる二人の話をキッチンで聞いていたエメラは、皿を洗いながら嬉し涙を流していた。
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