買い物から帰宅しました

 この国の第三王女オルディーネが、リオネルたちが引っ越した村に向かうため、城を飛び出した頃。

 

 リオネルは食材を買い終えてフィオナとエメラが待つ館への帰路についていた。

 紙袋に肉やら調味料をたんまり入れて、片手で抱え、娘のリリアと手を繋いで、リオネルは川沿いの道を歩いている。


「いっぱいおまけして貰っちゃったなあ」


 当初の買う予定だった量より、店員の年配女性から随分とおまけで多めに貰った、小さな羽の生えた、肉牛【ウィングリー】の肉が入った袋に視線を落として、苦笑すると、リオネルは自分の横に流れている川に視線を向けた。


 流れは穏やかで、澄みきった水に太陽の光が反射してキラキラ輝いている。


「あ、見てリリア。魚がいるよ?」


「どこ〜?」


 リオネルの言葉に、リリアはリオネルの手をギュッと握ったまま川の方を眺める。

 それを見てリオネルは立ち止まり「ほら、あの岩のところ」と、リリアに教えて微笑んだ。


 思えば両親の死後、騎士になるために体を鍛え、叔父に剣を教えてもらい、騎士なってからも魔法の取得や鍛練、仕事にとのんびり過ごしたことなんてなかったなと、リオネルは考えながら、のどかな風景を眺める。


 時折空気中にチラつく魔力の光や、川に反射する太陽の光。

 そしてそれらを眺めている娘の姿。

 全てがリオネルには尊く、輝いて見えていた。


「リリア。歩くの疲れてない?」


「うん。大丈夫」


「疲れたら言うんだよ?」


「は〜い」


 一休みしながら、歩いて帰る二人が館にたどり着いた頃には、すっかり太陽は頭上を通り過ぎていた。


 二人が川に掛かる石橋を渡り、館の敷地に足を踏み入れると、視線の先で館の扉が開く。


 リオネルとリリアの魔力と気配を感じてエメラが出迎えてくれたのだ。


『お帰りなさいませリオネルさま。お嬢さま』


「ただいまエメラさん」


「ただいま〜」


『申し訳ありません。お買い物を任せてしまって』


「家憑きだから仕方ないよ。気にしないで」


『ありがとうございます』


「お肉はどこに置けばいい?」


『キッチンにお願いします。保冷のために主が作った保冷棚がありますのでそちらに』


「へえ。そんなのも作ってたんだ」


 エメラの先導でダイニングに向かおうとするリオネルが廊下を突き当たると、リリアが階段の方に進み始めた。

 それを見て「フィオナさんのところに行くのかい?」と、リオネルは声を掛ける。


 すると、リリアは頷いて「ただいまって言ってくるの」と階段の一段目に足を乗せた。


「俺もあとで行くよ。階段気を付けてね」


「はーい」


 リリアのいつもと調子の変わらない返事に微笑み、再びリオネルはエメラとダイニングへ向かい、そしてダイニングからキッチンへと足を踏み入れた。


『こちらが保冷棚となります。お肉など生物はこちらに入れて頂けるとありがたいです』


 エメラがリオネルに向き直り、文字を投影すると、シンクがある壁際とは逆側の壁に設置された、上下に二つ並んでいる木のうち、下の扉を開いた。


 すると、中から冷気が漏れ出し、リオネルの足元をひんやりとした空気が撫でる。


「へえ。中に火の魔法陣を反転して買いてるんだ。でも発動しきる前にそれを中断、繰り返し発動するようにして冷気だけを出すようにしてるんだね」


『リオネルさまは魔法陣学にも長けておられるのですか? よく理解出来ますね』


「魔法の勉強は嫌いじゃなくてね。でもこれ、書いただけでは発動しないよね? 原動力は魔石だろ?」


『ご明察でございます。中に火の魔石を組み込む場所がありまして、定期的に交換すればいいようになっております』


「あ、この隠し小窓か。へえ〜、面白いこと考える人だったんだなあ」


 買い物袋を調理棚の上に置き、肉を片付けるのも忘れて壁の保冷棚に首を突っ込み、中を弄るリオネルを見て、エメラは苦笑しながら、昔この棚を作っていた主の話を思い出していた。


「冷蔵庫、ですか?」


「私がいた世界ではそう呼んでたのよ。まあ、これだと見た目は棚だからコレは保冷棚って感じかしらねえ」


 今のリオネルと同じように体半分棚に突っ込んだままそう言って、主は大きなくしゃみをして頭を棚の天板にぶつけていた。


「へっくし。あいた」


 そして今日、同じようにリオネルが頭をぶつけたのを見て、エメラは笑う。


「これ。上の棚はどういう棚なのかな」


 保冷棚の中の小窓に魔石を嵌め直し、リオネルは立ち上がると、目線くらいの位置にある上の棚の扉をコンコンとノックしながらエメラに聞いた。


『上の棚は更に強力な保冷棚となっております。入れた物が凍るほどなのですが、氷魔法が使用できるなら、あまり使用はしないかもしれませんね。主も作ってからあんまり使わないことに気付いておられました』


「なるほどね。分かった、じゃあとりあえずお肉は下の棚に入れておくか」


『今から夕食の準備を始めますので、こちらを持ってフィオナさまやお嬢さまとお食べ下さい。ご昼食、まだですよね?』


「おお。サンドイッチだ」


『館の前の川で釣れた魚を捌いて揚げたものを挟んでいます。骨は取り除けているはずですが、お気をつけてお召し上がりくださいね』


「ありがとう。頂くよ」


 エメラが保冷棚の隣の棚からバスケットを取り出して、差し出してきたので、それをリオネルは笑顔で受け取る。

 そして、リオネルは片付けや夕食の準備を任せ、バスケットを手にリリアとフィオナがいる二階へ向かっていくのだった。

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