波乱の予感?

 フィオナの視力が回復し、それを祝う為にリオネルはエメラと何か、ささやかでも良いのでちょっとしたパーティーでもできないものかと相談していた。


 その結果、リオネルはリリアを連れて村の商店に肉を買いに行くことになった。


 エメラの『お祝いと言えば、お肉ですかねえ。体力も回復していただきたいですし』という言葉が決め手になったところがあるが、どのみち食材は買いに行く予定だったので、リオネルはエメラにフィオナの看護を任せるとリリアを連れて館を出る。


「どこ行くの?」


「お肉屋さん、と言えばいいのかな? 食べ物の材料を買いに行くんだよ。フィオナさんの回復祝いにね」


 リリアを抱えて村に向かって歩いていくリオネルの目に映る村の景色。

 空は快晴で、太陽からの光が空気中の魔力に干渉して時折青白く光っていた。


 空気中の不純物が少ない、無風の時にしか発現しないこの現象は、人が多い王都では早朝の限られた時間でしか見ることができないものだ。


「のどかで静かで、いい場所だね」


「うん」


 リオネルの言葉に答えて同じ方向を見るリリア。

 そんなリリアがリオネルからは微笑んでいるように見え、リオネルは嬉しくなって頬を緩ませた。


 二人で初めて出歩くことになった記念すべきこの日。

 

 リオネルたちが新たな生活を始めた土地から離れた王都の中心。

 王城の敷地内にある騎士団の詰め所。

 騎士団長が執務をしている団長室に「リオネルが騎士を辞めたってどういうことだあ!」と、一人の女騎士が扉を蹴破る勢いでやってきた。


「姫様。扉は静かにお開けください」


 騎士団長に姫様と呼ばれた女騎士。

 歳の頃は十代後半といったところ。

 背は低めで髪は肩までのウェーブが掛かったシルバーブロンド。

 そんな女騎士がギラギラ光る濃い青色をした目で、執務机に腰を掛けていた騎士団長と、報告書を提出しに来ていたリオネルの親友である騎士、ダリウスを睨んだ。


「オルディーネ殿下。遠征からお帰りになられていたのですね」

 

「今し方な。何が強力な魔物だ。全然大した事なかったわ。そんな事よりリオネルは⁉︎ 手合わせしようと思って寄ったのに! 辞めたって聞いたんだけど⁉︎」


 ダリウスからオルディーネと呼ばれた女騎士は、まごう事なきこの国の王の三番目の娘。

 正真正銘のお姫様である。

 しかし、このお転婆姫は子供の頃から剣に魅入られ、剣の道に生き、並の騎士以上の腕前を持つに至る。

 その腕前で数多の魔物を葬り、戦場においても活躍している天才なのだ。


 しかし、そんなお姫様でも勝てない騎士がこの国には三名存在していた。

 一人目は騎士団長、アッシュ・テイラー。

 歴代最強と目される現代最強の王国騎士団長。

 

 二人目はダリウス・レイヒルト。

 騎士団長アッシュが次期騎士団長の一人として候補に上げた実力者である。

 

 そして三人目が騎士を辞めたリオネル・ハーグレイブ。

 ダリウス同様、アッシュが次期騎士団長として候補に上げ、ダリウスらと数多の戦場で最前線を生き抜いてきた傑物。

 いや、剣と魔法を操る怪物だ。

 

 この三名の中で、オルディーネが一番懐いていたのがリオネルだった。

 というのも、アッシュやダリウスは真面目一辺倒で、姫という立場のオルディーネを姫としか扱わなかった。


 唯一、リオネルだけが、オルディーネの剣の腕を認め、正面から受けて立ち、へし折った。

 しかし、これがオルディーネの魂に火を付ける事になってしまっていた事を、リオネルは知らない。


 仕事の合間を見ては立会いを申し込んできたオルディーネに、リオネルは手を抜かなかった。


 いつかは諦めるだろう。

 そんな周りの思惑も遂には裏切り、見兼ねた国王が娘に遠征を言い渡し、魔物退治に向かわせてやっとリオネルは平穏な日常を取り戻したのだ。


 とはいえ、それから直ぐにあの事件が起こったわけだが。


 その事件の話と、リオネルが騎士を辞めた話を、騎士団長アッシュはオルディーネに包み隠さず聞かせる。


「私がいない間に決壊現象が起こった話は聞いていた。遠征先で血の気が引いたわ。それで、リオネルはその街から一人だけ助けられた子供を引き取ったわけね」


「戦争と此度の決壊、立て続けでしたからね。リオネルは優しい男ですから、今回の件で疲れてしまったんでしょう」


「優しいのは知ってるわ。まったく何故私が帰ってくるのを待てなかったのだ。まあいい、で? リオネルはどこに行った? どこに引っ越したのだ?」


 執務机に両手を乗せて、アッシュに迫るオルディーネ。

 そんな彼女にアッシュは「それを聞いて、如何するおつもりですかな?」と、椅子に深く腰を掛け直して聞き返す。


「連れ戻すのだ! リオネルは私の師匠みたいなものだからな! 勝手に辞めるなど許さん!」


「おやめください殿下。アイツはそんな事望んでいません」


 オルディーネの剣幕に、困った様子で嘆願したのはダリウスだった。

 しかし、オルディーネが泣きそうな顔をしていたものだから、ダリウスは口をつぐんでしまう。


「リオネルが嫌がったら、姫様はどうするおつもりですかな?」


「うぐ。それは——」


 ダリウスは気まずくて黙ってしまったが、団長殿はお構いなし。

 我儘を言う姫様に諭すように言うが「私は、別れの挨拶をしていないのだ」と、オルディーネが呟いた本音に、ため息を吐き、深く肩を落とす。


 そして、おもむろに立ち上がると、壁際の棚から地図を取り出して執務机の上に広げた。


「ここ。この辺境の村にリオネルはいるはずです」


「そうか。感謝するぞ団長」


「ちゃんと陛下に許可を得てから向かってくださいね。昔みたいに飛び出してはいけませんぞ?」


「分かってるわ! じゃあ、行ってくる!」


 リオネルの所在地を聞くや、オルディーネは来た時と同じような勢いで団長室を出ると廊下を駆けていった。

 それを見て、アッシュとダリウスは二人して肩をすくめる。


「すまんダリウス」


「だろうと思いましたよ。了解致しました。尾行して、トラブルがないように努めます」

 

 そう言って、ダリウスはアッシュに敬礼すると、駆けて行ったオルディーネの後を追うように団長室をあとにしたのだった。

 

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