目覚めたフィオナ

 どれくらいぶりに涙なんて流したのか。

 しかもその涙は悲しみや悔しさなどの負の感情からは来ていない。

 リリアに父と呼ばれた事が嬉しくて流した涙。


 その涙で滲んだ視界の向こうで、リビングにやってきたエメラが慌てている様子が見えて、リオネルは涙を拭った。


『大丈夫ですか?』


「ああごめん。驚かせちゃったね。いやあ、感無量って奴を初めて体験しちゃったよ」


 絵本を眺めているリリアを見やり、微笑みを浮かべるリオネル。

 そんなリオネルにエメラは首を傾げるが、リオネルに伝えなければならない事があったのを思い出して、二人が座るソファの前に片膝をつく。


『フィオナさまが目を覚まされました。最終処置のほうも終えてますので、もう問題はありません。お会いになれます』


「見えるようになったってこと?」


『魔眼の定着は確認しております。問題はないはずです』


「そう。分かった。ありがとうエメラさん。リリアちゃん、ああいや、リリア。俺は今からお姉ちゃんに会いに行くけど、一緒に行くかい?」


 リオネルは膝をつくエメラの前で立ち上がり、リリアの方に振り返ると、リリアは読んでいた絵本をソファの上に置いて立ち上がり、リオネルの手を握る。


 そして二人は二階へ。

 フィオナの寝室へと向かっていった。

 

「お姉ちゃん、目が治ったの?」


「みたいだね。ある意味今から初対面になるから、ちょっと緊張するね」


 フィオナの部屋の前。

 リリアとそんな話をしながら、リオネルはフィオナの寝室の扉の取手に手を掛ける。


「おっといけない。ちゃんとノックはしないとね」


 自宅とはいえ、同じ家に住んでいるとはいえ、フィオナとは恋人ではない。

 いや、友人だろうと恋人だろうと、夫婦だろうと、マナーは大事だ。


 親しき中にも礼儀あり。

 

 リオネルは二度ノックして「は、はい。開いてます」と言うフィオナの答えを聞いてから寝室の扉を開けて中に足を踏み入れた。


 しかし、ベッドの上に座っているフィオナは両手で顔を抑えて俯いている。


「まだ痛みます? エメラさんを呼びましょうか?」

 

「いえ。違うんです。ちょっと今、顔見せるのが恥ずかしくて」


 フィオナが顔を抑えたままそう言ったので「じゃあ後ろ向いてます」と言うと、リオネルはその場でフィオナに背を向ける。

 そんなリオネルの言葉に、フィオナは両手を顔から放すと、顔を上げてリオネルの背中を、見た。


「お姉ちゃん泣いてたの? お目々真っ赤だよ?」


 リオネルは背中を向けていたが、リリアはそんな事言ってなかったのでフィオナを見ていたわけで。

 フィオナの真っ赤に腫れた目元を見て言ったリリアに、再びフィオナは両手で顔を覆う。


「本当に嬉しくて。見えるんです。見えてるんですよ」


「お姉ちゃん。泣かないで」


 リリアの気遣いの言葉はフィオナにとっては逆効果だったか。

 数年ぶりに感じた光。

 数年ぶりに見た色。

 数年ぶりに目から入ってくる情報に、歓喜し、混乱して、フィオナは涙を流していた。


「ごめんなさいリオネルさん。リリアちゃん。せっかくお見舞いに来てくれたのに。私——」


「構いませんよ。落ち着くまで待ちますから」


「すみません。ごめんなさい」


 静かに泣いているフィオナを背中に感じ、流石に席を外した方がいいかと思い、リオネルは部屋を出て行こうとしたが「ま、待って下さい」とフィオナが呼び止めたので、思わずリオネルは振り向いてしまった。


 初めて見たフィオナの赤い眼。

 そこには小さく魔法陣が刻まれている。


 綺麗な赤い目だった。

 キラキラ光って、宝石みたいに輝いて。


 リオネルはその赤い眼に見惚れて、息を呑んだ。


 そんなリオネルを正気に戻したのは、赤い目のように顔を赤くしたフィオナの「は、はじめまして」という消え入りそうな声だった。


「そ、そうですね。リリアとも言ってたんですよ。これがある意味、はじめましてだねって」


「フィオナお姉ちゃん、はじめまして〜」


「ああ。見えます。本当に、お二人の顔が」


 出会って僅か数日。

 とはいえ数日は一緒に過ごしている。

 その数日を含めた数年ぶりに目に光を取り戻したフィオナからは我慢しようにも、感涙が溢れて止まらなくなっていた。


「フィオナお姉ちゃん。どこか痛いの?」


「いえ。大丈夫です。痛みはありません。ただやっぱりちょっと。久しぶりの世界は、私には眩しくて」


 言いながら、フィオナは涙を服の袖で拭うと、ベッドから立ち上がろうとした。

 しかし、足に力が入らず、体勢を崩してしまう。

 そんなフィオナをリオネルが抱き止めた。


「大丈夫ですか? 魔眼の施術で随分体力を使ったようですね」


 抱き止めたフィオナをベッドに座らせると、続いてリオネルはリリアをその横に座らせ、自分は立ったままで話掛ける。


「すみません。まさかこんなに疲労しているとは思いませんでした。確かに、アレはとんでもないものでした。目と頭が破裂しそうで」


「無事に終わって良かったですね。本当に」


 フィオナの話を聞いて、苦笑するリオネル。

 そんな彼を見て、フィオナは再び顔を赤くした。


「大丈夫ですか? まだお疲れでしょう。何か、エメラさんに飲み物でも用意してもらいます?」


「だ、大丈夫です。リオネルさんが。その、予想より素敵な方だったので」


「え?」


「すみませんすみません! 私、なんでこんなこと」


「やっぱりお疲れなんでしょう。あ、そうだ。お腹も減ってるんじゃないですか? 俺ちょっとエメラさんに何か用意するように言ってきますよ」


 そう言って、フィオナとリリアが座っているベッドに背を向けると、リオネルは顔を真っ赤にしたまま寝室をあとにした。

 

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