呪いには呪いを

 一息ついて、再び本に手を伸ばそうとしたリオネル。

 しかし、そんなリオネルをリリアが服の裾を引っ張りながら「おしっこ」と言って止めた。

 

 そんなリリアに向かってリオネルは微笑むと「少し待っててください」と、フィオナを机の前に置かれていた木の椅子に座らせ、いったん工房を出た。


「トイレは確か一階だったっけ」


 リリアを抱き上げ、工房から出たリオネルは、二階の寝室から廊下に出て階段へと向かう。


 そして一階の廊下に降りると、少し早歩きでダイニングの向かいにあるトイレの扉を開いた。


「一人で大丈夫?」


「うん。大丈夫」


「使い終わったら、横に付いてる魔石に触れば水が流れるからね」  


「はーい」


 抑揚はないが、ちゃんと返事をしたリリアがトイレに入ったので、リオネルはトイレの扉を閉めるとダイニングに入って椅子に腰を掛けてしばらく待つ。


 そこでリオネルは、水の魔法で作り出した小さな水球を口に含んで喉の渇きを潤し癒した。


 そうしているとトイレの扉が開き「終わったー」と、水が流れる音と共にリリアが姿を表し、リオネルがいるダイニングにやってくる。


「(担当医の先生は出来るだけ褒めてあげるように言ってたっけ)一人で出来て偉いね」


「うん」


 褒められて喜んでいるのか、その表情からは分からなかったが、代わりにリオネルが微笑みを浮かべると、リリアを抱き上げ二人は再び工房を目指す。


「おうち広いね」


「そうだね。立派な館だ。気に入ったかい?」


「わかんない。でも、嫌じゃない」


「それは良かった。今日からはここが俺たちの家だからね。みんなと仲良くできるかな?」


「うん」


 こんな話をしながら、リオネルは二階に上がり、寝室に向かうと、再び姿見のフレームをくぐって工房に足を踏み入れた。


 そしてそのままフィオナが待っている机のほうへと向かっていく。


「お待たせしました」


「いえそんな。リリアちゃん、大丈夫でしたか?」


「大丈夫でしたよ。ちゃんと一人で出来ました」


 言いながら、リオネルはリリアを床に下ろし小さな頭を撫でると、机の上の本に手を伸ばす。

 そこにはリオネルやフィオナの事を占った経緯も書かれていた。


「どうやら占い師さんは最初に村の事を占ったんじゃなくて、自分が死んだあと、エメラさんがどうなるかを見たみたいですね」


「そうなんですか?」


「エメラさんが知らない人間たちと暮らしている姿を見て。それが誰なのかを見たら俺たちで。コイツらはいったいどんな奴らなのか気になって占いをしたみたいです」


「わ、私たちのこと、どこまで書いてますか?」


「ここまでですね。エメラを頼むよ。と、書いてます」


「あ、じゃあ目のこととかは……」


「ああいえ。未来を決めるのは君らの自由だから、これ以上未来のことは書かないと書いてます。目のこと書いてますよ。ただ、これは治し方、呪いの解き方では、なさそうですね」


 そう言って、リオネルは占い師から自分たちに宛てたページを更にめくると、フィオナの目についてと書かれた見出しのページに目を通す。


「呪いの解呪に必要な素材、竜の稀血まれちはどう占っても手に入るのは数十年後だった。それでも良いなら待つことだ。それが嫌なら、騎士殿に次のページを読んでもらえ。そう書いてますが……どうします?」


「お願いします」


「分かりました」


 リオネルの問い掛けに、フィオナは間髪入れずに頷き答えた。

 その答えを聞いて、リオネルはまた一枚、ページをめくって占い師が自分たちに宛てた言葉を読む。


「視力を奪った呪いを上書きして、視力を取り戻す方法があるみたいですね。ただ、これは……」


 本に落とした視線を流してページに書き込まれた文字を読んでいくリオネル。

 そこに書かれていたのは一種の魔眼の製造法と施術法だった。

 ただ製造法が書かれているだけなら貴重な資料だが。

 リオネルは注釈として書かれていた『魔眼の適応には激痛が伴う』という一文を見て顔をしかめることになる。


「なんと、書かれているんですか?」


「呪いの上から呪いを上書きして、魔眼を手に入れ、視力を取り戻した上で新たな力を手に入れることが出来る。ただ、それをする際に、とんでもない激痛を伴うそうです」


「激痛ですか? 私は構いません。この呪いを受けた時の痛みや、目が見えないことのほうが私には痛くて、辛いですから」


 閉じられた瞼をなぞりながら言ったフィオナの言葉に、リオネルは眉をひそめ、本を机に置くと、ため息を吐いて辺りを見渡す。


 そして、部屋の真ん中に鎮座した台座を挟んで対面にある、魔眼製造のために必要な材料が入った瓶が並べられている棚に目をやった。


「どんな魔眼が発現するかは、フィオナさんの潜在能力次第だそうです。完全に博打ですよ? それでも、やるんですか?」


「この目が見えるようになるのなら」


「わかりました。施術はエメラさんが行えるそうなので。ここからはエメラさんに任せる事になります。俺たちは邪魔にならないように部屋から出ますけど。大丈夫ですか?」


「はい。問題ありません。むしろ痛みで泣いちゃったら恥ずかしいので、席を外していただけると、ありがたいです」


 そう言って、フィオナは口元に笑みを浮かべるが、やはり内心は不安なのだろう。

 その肩がリオネルには少し震えているように見えた。

 

 励ますべきか。

 励ますとしてどうするべきか。


 そんな事を悩んでいると、リリアがフィオナの服の裾を摘んだ。


「兎のお姉ちゃん。寒いの?」


「いえ、そんなことはないんですけど。やっぱりちょっと緊張しちゃって」


「きんちょーってなあに?」


「緊張は、えっと……緊張ってなんなんですかね」


 リリアに聞かれ、改めて自分が発した言葉の意味を考え、子供にわかりやすく伝えるにはなんと言えばいいか分からず考え込むフィオナ。


 そんなフィオナに苦笑すると、リオネルは「緊張ってのは心が次に進むために準備をする状態のことだよ」とリリアを抱き上げながら伝え、工房の出入り口に向かっていく。


 そして最後に本に書かれていた「魔眼を手に入れるなら、エメラを信じて身を任せてくれ」という一文をフィオナに伝え、リオネルはリリアと共に、二階の寝室に戻るのだった。

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