館の隠し部屋

 フィオナの目が治せるかもしれない。

 そんな期待を抱き、リオネルは夕食の片付けをエメラと行うと、エメラの案内でリリアとフィオナを連れてダイニングを出た。

 

 しかし、昼間一通り館を歩いてまわった時は、研究資料や魔導書などは見受けられなかった。

 一階と二階のリビングの本棚にあったのは小説や、日常生活に役立ちそうな植物図鑑など。


 単純に考えれば、占い師をしていた魔法使いのお婆さんは研究を自分の工房で行っていたはず。


 別の場所にあるのか。

 だとすれば、この館からそれほど離れることができないエメラが知っているという事実には矛盾が生じる。


「隠し通路がどこかにある?」


 考えながらエメラの後ろを歩いていたリオネルが呟いた。

 そんなリオネルに振り向かず、エメラは頭の上に『そうです』と文字を投影しながら二階へ続く階段を上がっていく。


「いいのかい? 秘密の工房に俺たちを連れていって。悪用するかもしれないよ?」


『目の見えない奥様を治そうとしているアナタが悪人なら、この世界に住む全ての人類は悪人です』


「ああいや、フィオナさんは俺の奥さんではないんだけど」


「え⁉︎ あの! なんの話してるんですか⁉︎」


 階段の手摺とリオネルの手に捕まって、ゆっくり階段を上っていたフィオナが突然の言葉に、普段寝かせている長い兎耳をピンと伸ばして狼狽える。

 そんなフィオナに「エメラさんが勘違いで」と端的に言ってはぐらかし、リオネルは苦笑した。


「工房は二階にあるのかな? 昼間上に行った時はそれらしい部屋はなかったけど」


『位置的には地下にあるんですが、地下に行く階段はありません。別に通路があるんです』


「魔法的な隠し通路があるんだね」


『こっちです』


 そう言って、階段を上り終えると、エメラは二階のリビングとは逆にある大きなベッドが置かれている寝室へと向かう。

 そして、寝室の扉を開けたエメラは壁際に置かれている布が掛けられている全身鏡、姿見の前で立ち止まり、その布を取っ払うとその手に魔力を集めて鏡に触れた。


 すると、それまでエメラやリオネルたちの姿を映し出していた鏡が消え、姿見のフレームだけが残る。

 そのフレームの中には鏡ではなく、寝室とは別の部屋が映し出されていた、いや、別の部屋と繋がったのだ。


『今はエメラの魔力でしか開きません。工房をご利用の際はエメラに声を掛けてください』


「分かった。じゃあ早速見せてもらうね」


『ご自由にどうぞ』


 エメラが頭上に文字を投影して、姿見のフレームから隠し部屋に入っていった後を、リオネルはリリアとフィオナを連れてついていく。


 そして足を踏み入れた隠し部屋。

 占い師を名乗っていた魔法使いのお婆さんの工房、研究室は綺麗に片付いていた。

 部屋の真ん中にドンと鎮座している魔法陣が描かれた石造りの作業台。

 その作業台を挟むように本棚が壁一面に埋め込まれていて、そこには夥しい量の書物が並べられている。


「うわ〜。凄いな、騎士団の資料室より本あるよこれ」


 冷や汗を浮かべながら部屋を眺めるリオネルは、壁際にある執筆用の机の上に一冊の本が置かれている事に気がつく。

 その本の表紙部分に『この部屋を訪れた騎士と冒険者へ』と、遠目に見てもそう書かれていることが分かる本を見つけたものだから、リオネルはその本が置かれた机に向かって歩き出した。


「何かあったんですか?」


「村長さんに俺たちがこの村にくる事を教えた占い師さんは、俺たちがこの部屋に来ることも分かっていたみたいです。机に『騎士と冒険者へ』と書かれた本、日記かな? それが置かれています」


「騎士と、冒険者。偶然ではない気がしますね。別の人に宛てたにしては、不自然なような気がします」


「ですね。俺たちの事を占いで見た人が書いてるなら、多分、俺たち宛てでしょう」


 放置されているにしては埃も被っていないのは、他の部屋と一緒でエメラが掃除をしているからだろう。

 リオネルは逡巡するが、自分たち宛に書かれたであろう本に手を伸ばして表紙をめくった。


「『エメラに気に入られた騎士リオネルへ。見知らぬ婆さんからの変な本を手に取ってくれてありがとう』……占い? こんなの未来予知じゃないか。『エメラの野菜スープは口に合ったかい?』とか、今日の俺たちの行動が書いてる」


「そういう魔法があるんでしょうか」


「そんな神様じみた魔法が使えるのは、異世界からの転生者か、転移者ぐらいですよ」


 そう言いながら、リオネルがページをめくると、そこには『ご明察。私はこことは別の世界で死んで、この世界に生まれ変わった転生者だ』と、書かれていたので、リオネルは怖くなって本を放り出したい衝動に駆られる。

 しかし、本と会話しているようにも感じ、リオネルは我慢していったん本を机に置いた。


「転生者だったのか。噂やおとぎ話は本当だったんだ。この世界には異世界人もいるって」


 絵本や演劇、おとぎ話に語られる異世界人。

 遺物とはいえ、その一端に触れたリオネルは、久しく忘れていた子供心に高揚する。


 しかし、リオネルは深呼吸して気持ちを落ち着かせると「ここに来ることが分かっていたなら、ここに来た理由も知っていたはず。なら、もしかしたらフィオナの目の呪いをどうにかできるかもしれない」そう思って、再び本に手を伸ばすのだった。

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