エメラとの対話
結果として、エメラが作った夕食の味は薄味だったが不味くはなく、野菜も傷んでいる様子はなかった。
「料理ができる精霊なんているんだね」
食べ終えた夕食が入っていた陶器の食器を前にして、リオネルは呟くと用意されていたナプキンで口元を拭うと、目の前で黙々とスープの中に入っている野菜を食べているリリアを見た。
横ではフィオナもエメラの手を借りて食事を口に運んでいる。
「美味しいお野菜ですねえ。この村で採れた物ですか?」
出された食事の感想と、それを話題にしようとしたのか、フィオナはエメラに聞くが。
目の見えないフィオナは一つ間違いを犯す。
犯すというほど、重苦しいことではないのだが、単純に、あまりにも人間のように接してくるエメラが人形を依り代にしている精霊だということをフィオナは忘れてしまっていたのだ。
話せないエメラには、目の見えないフィオナに考えていることを伝える手段がない。
だからだろうか。
聞かれたエメラは困った様子で眉をひそめ、あたふたして、すがるようにリオネルに視線を向けた。
とはいえ、リオネルも精霊の言葉は聞こえない。
「あ。筆談なら出来るんじゃない?」
困ったリオネルが、パッと思いついたことを口に出してエメラに言うと、エメラはその手があったかと思って手をポンと叩く。
「まあ結局フィオナさんには見えないから俺が伝えるよ」
そう言って、リオネルが苦笑したところ、エメラは紙とペンでも探すのかと思ったら、魔力を放出。
自分の頭の上に大陸共通語で『読めますか?』と文字を出力して、リオネルに見せると首を傾げた。
「お〜。凄い器用なことするねえ。魔力で文字を投影するなんて、流石精霊。魔力の扱いは人間なんて目じゃないね」
『ありがとうございます』
「確かにこれなら話す感じで意思疎通できるか。じゃあ早速、フィオナさんの疑問に答えてあげてくれるかい?」
『夕食に使った野菜は、裏庭でエメラが育てました』
「へえ〜。君が育てたのか」
『主がいなくなって、暇だったので』
「そう。ごめん、辛いことを思い出させちゃったね」
『大丈夫です。主の事を私が覚えている限り、主は私の中で生きてますから』
リオネルの言葉に答え、頭の上に文字を浮かべては決してを繰り返していくエメラ。
そんなエメラが少し寂しそうに笑ったのを見て、リオネルは「そうだね。ああ、確かにそうだ」と、エメラの言葉に共感して頷いた。
『生前、主から教えてもらったことです』
「俺も、そういう死生観は嫌いじゃないよ」
家憑き精霊シルキー。
エメラとの対話を楽しむリオネル。
そんな二人の様子、特にエメラが空中に投影する文字を、リリアはシャボン玉でも眺めるように目で追っている。
「私もエメラさんとお話、してみたいです」
「文字を書けるからね。話せるよ。エメラさん、フィオナさんの手のひらに指でこう文字を書いてあげてよ」
ジェスチャーを交え、リオネルがエメラに言うと、エメラは頷いてフィオナの手を取り、その手のひらに『分かりますか?』と、ゆっくり指でなぞって書いていく。
「あ、分かります! えへへ、なんだか嬉しいですね」
本来なら出来ない対話が出来たことで、笑顔を浮かべて喜ぶフィオナ。
そんな彼女の様子に、リオネルも安心したか、テーブルに肘をついて二人の様子を眺めていた。
「ああ。やっぱり目は治したいなあ。皆さんの顔を見て、お話がしたいです」
そう言って、フィオナがエメラの手に自分の手を重ねて呟いた。
新しい環境、新しい友人、新しい生活。
その全てが闇に包まれていてフィオナには見えない。
リオネルにしても、どうにかしてあげたいとは思うが、怪我の治療ならまだしも呪いを解けるような技術は持ち合わせていない。
それ故に何も言えなくなってしまったリオネルを見て、エメラが空中に『なぜ目が見えないのですか?』と文字を投影した。
「フィオナさん。エメラさんが目が見えない理由を聞いてる」
「あ、分かりました。お話しますね」
そう言って、フィオナは特に気にする様子もなく、行きの馬車の荷台でリオネルに話したようにエメラにも目が見えなくなった経緯を話して聞かせた。
「もう随分前の話ですけどね」
話の最後に、フィオナは口元に微笑みを浮かべたが、眉はハの字を描いている。
当時の仲間を救えた喜びと、迂闊に敵の攻撃を受けてしまった自分の行動を嘆いているようだった。
そんなフィオナを見て、エメラは再び空中に文字を投影してリオネルに読ませる。
『生前、主は様々な魔法を研究していました。その研究書が工房に多量にあるので、もしかしたら、呪いを解くヒントが見つかるかも』
「ああ、そういえば解呪薬を作るのに何か特別な材料が必要だって言ってけど。その材料抜きで解呪できるかも? ってこと?」
そのリオネルの言葉に、エメラは頷く。
このエメラの動作が手を伝ってフィオナにも届いていたのだろう。
フィオナは期待を込めるように静かにエメラの手を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます