新居に入居します

 リオネルに抱きかかえられまま、階段の前に立つメイド服を着た人形に近付いたリリアは、こちらを見上げる綺麗な翡翠のような瞳を見つめていた。


 無言で見つめ合う精霊入りの人形エメラとリリア。

 そんな二人に代わって、リオネルが「初めまして」と、優しく微笑みながら声を掛ける。


「昨日村に引っ越して来ました。リオネルです。こっちは娘のリリア、よろしく。えっとたしかエメラさんだったかな?」


 そのリオネルの言葉に、精霊エメラは長いスカートの裾をつまんで会釈をしてきた。

 人形だからか、それともエメラの性格か、どうやら話は出来ないようだ。


「降りる」


「ん。いいよ」


 リオネルに抱きかかえられていたリリアが、廊下に降ろしてもらって目の前に立つエメラを見上げる。

 すると、エメラはスカートを広げて廊下に膝をついてリリアに視線を合わせてくれた。

 

 再び始まる無言のにらめっこ。


 その様子がおかしいやら微笑ましいやら、リオネルはこの状況をどうしようかと思って苦笑する。


 そんなリオネルに「あの、今何が」と、後ろにいたフィオナが心配そうに聞いてきた。


「人形を依り代にしてこの館に住む精霊が会いに来てくれたみたいなんですけど、今階段の前でリリアちゃんとにらめっこしてまして」


「え? 喧嘩ですか?」


「そういう雰囲気ではないんですけど。二人とも喋らなくて」


 という状況説明をしていると、リリアが不意にエメラに向かって手を伸ばした。

 握手を求めるというよりは、手をかざす感じだ。

 その手に、エメラも手を伸ばしてリリアの手と自分の手を合わせる。

 

 そして二人して硬直してしまった。


「リリアちゃん?」


「お人形のお姉ちゃん、動いてるの」


「精霊さんが中にいるんだよ。これから一緒に住むことになるからね。よろしくってしようね」

 

「よろしく? どうするの?」


 リリアに聞かれ、リオネルは娘の横で廊下に片膝をつくと、握手を求めるために手を伸ばした。

 先住者の形見で、館の様子からとても大事にされていたことが伺える。

 礼を失すれば恐らく、いや、確実に追い払われるだろう。

 

 相手は精霊、人智を越える存在だが、意思疎通は可能だ。

 ならば良き隣人ではなく。新しい家族として認めてもらえるようにしなければこの子を残した占い師にも失礼になる。


「君の前の主のことは分からないから、気にくわないところもあると思うけど、ここに住まわせてくれるなら今日から俺たちは家族だ。まあ家族ごっこって言われそうだけど。それでもいいなら、これからよろしく。エメラさん」


 そう言ってニコッと笑ったリオネルに、エメラは目を見開いた。

 これまでこの館に住もうとした人間は誰もが綺麗に館を使ってくれたが、この人形が動く姿を見るや逃げ出し、多少耐えてもやはり不気味なのか避けられ、いつの間にかいなくなっていた。


 しかし今日、館を訪れた青年たちは自分を恐れるそぶりすら見せず、あまつさえ自分をただの地縛霊から精霊へと昇華させてくれた、今は亡き愛した主人と同じ言葉をくれた。


『今日から私たちは家族だ』


 エメラの内に思い出される昔の記憶。

 もし借り物の体に涙を流す機能が備わっていれば、ポロポロと泣いていたかも知れない。


 それが出来ない代わりに、エメラは微笑みを浮かべると、リリアと合わせている手はそのままに、リオネルの手を取って握手をした。


「へえ。柔らかい。陶器や木じゃないんだね。なにで出来てるんだろ」


「リオネルさん、女の子に向かって失礼ですよ?」


「え⁉︎ 今の発言まずい⁉︎ ごめんねエメラさん、失言だった」

 

 廊下の壁に手をつき、リオネルに近づいてくるフィオナ。

 その意図を汲み取り、リオネルはエメラから手を離すとフィオナの手を取り「もう少しこっちに、そこで屈んでください」と、フィオナをエメラの前に座らせた。


 そのままリオネルはフィオナの手を誘導して、エメラと握手をさせる。


「優しい手。初めまして、フィオナと言います。この通り目が見えないので、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 フィオナの言葉に、エメラは握手を離すとその手でフィオナの目、瞼を親指で優しくなぞった。

 突然の事に驚くが、困惑したままフィオナはなされるがまま。

 その隣りで、リリアはエメラの指を握ったりして遊んでいた。


「君たちはこの子を気味悪がらないんだね」


「気味悪がる理由がないですからね」


「流石に騎士さまは肝が据わってるってことかな?」


「まあ戦場にも出てましたからね。でもそれを言うなら村長さんだって怖がったりはしてませんよね? なんでここに住まなかったんです?」


「ああそれは。まあほら、思い出しちゃうからね。好きだった人のことを。それがちょっと、つらくてね」


 そう言って、村長はエメラをまるで娘か孫でも見るかのように眺めると、鼻を啜って悲しそうに笑った。


「君たちなら安心して館とエメラを任せられそうだ。大切にしてやってくれ」


「もちろんです。誰かが大切にしてきた物を、蔑ろにしたりはしません」


「ありがとう」


 こうしてリオネルたちはこの館に住むことになった。

 今日から本格的に、新たな生活が始まるのだ。

 

 

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