館に棲まうもの
新居の内見中、二階へやってきたリオネルたち。
その二階の一室。
リオネルたちは壁際のソファに座っていたダイニングにあった人形とまったく同じ物を見つけることになる。
その人形を見て、首を傾げたのはリオネルやリリアではなく、村長だった。
「おや? ここにこの人形は置いてなかったはずなんだけど」
「以前の入居希望者が移動させたんでしょうか」
「それはないと思うが。まあいいか。さて、ここ以外は普通の部屋だから、あとは好き見学してよ。気に入ったらお試しで住んでみるといい」
「じゃあちょっと、他の部屋も見せてもらいます」
そう言って、二階で一番広い部屋を出ると、リオネルはリリアとフィオナを連れて他の部屋を見てまわる。
どうやら他の部屋は寝室だったのか、泊まり客用の部屋だったのか、三部屋ともベッドが置かれていた。
「シーツも毛布も布団もちゃんと洗ってある。本当に使われなくなってから数年経ってますか?」
「不思議だろう? 状態保存の魔法のおかげというのもあるが、ちゃんとタネも仕掛けもあるよ」
三部屋全てを見てまわり、二階のリビングに再び足を踏み入れ、怪訝な面持ちでリオネルは村長に聞くが、村長はその優しそうな顔で優しく微笑みながら言うと、壁際のソファに座っている人形の前に立った。
「リオネルくんは精霊や妖精の存在を信じているかい?」
「未だその存在を視認してはいませんが。間違いなく存在していると信じています。戦場で何度かそういう存在を感じた事も、ありますから」
「そうか。実はこの館には昔から精霊が住み着いていてね」
「家屋に住み着く精霊というと【シルキー】ですか?」
「おや。詳しいね。そう、家憑き精霊シルキー。あの婆さんはエメラと呼んでいたよ。僕も会ったことはないがね。そのエメラという精霊がこの館を今も管理しているのさ」
「精霊は選ばれた人間にしか見えないと言いますが、凄い方だったんですね。その占い師さんは。でも、家憑き精霊が守ってるんなら、僕たちが勝手に住むのは違う気がしますね」
「とはいえ、主のいない館を守らせ続けるのも可哀想だと思わないかい?」
その村長の言葉に、リオネルは言い返せずに口を噤んでしまう。
「エメラに気に入られればこの館は好きにしてもいい。これは婆さんの遺言の一つでもある。まあ村の人間ではダメだったがね」
「分かりました。じゃあお試しってことで、しばらく世話になります」
「ほう。判断が早いね」
「一人ぼっちが寂しいってのは。僕もリリアも、知ってますから」
「そうかい。君は優しいね。まあ見て回った通り、館は直ぐに住める状態ではあるからね。入居は直ぐで構わないよ。なんなら今から荷物を取りに行くかい?」
「……そうですね。そうしましょう」
宿でしばらく寝泊まりしても良いが、生活基盤を安定させるに越したことはない。
何より、精霊の存在抜きに考えてもこの館はかなりの良物件だ。
精霊に認めてもらえるかどうかは分からないが、試してみないことには認めてももらえない。
というわけで、リオネルは一度荷物を取りに宿に戻ろうとして、階下へ向かって行った。
「あの、リオネルさん」
リオネルが目の見えないフィオナに手を貸して、階段を降り切った際にポツリと呟いたフィオナ。
そんな彼女にリオネルは「どうしました?」と優しく聞き返す。
「わ、私も一緒に、住んでもいいですか?」
「え?」
「あ、やっぱりダメ、ですよね」
「ああいや。すみません、もう一緒に暮らすつもりで考えてました」
「そう、なんですか?」
「いやあ、だってねえ。ここまで一緒に来て、フィオナさんの目の事も知ってるのに、村に着いたから『はい、さよなら』って知らんぷり出来ませんよ」
そう言って、リオネルはフィオナに向かって笑顔を向けた。
その笑顔は彼女には見えていないが、何故だろうか、フィオナにはリオネルが優しく笑い掛けてくれているように感じられて、嬉しくなってつられて微笑む。
この時から、フィオナの心にある願いが浮かぶ。
いつか、目の前にいる人の笑顔を見てみたいという願いが。
「じゃあ行こうか」
村長の言葉に頷き、玄関へと向かっていくリオネルたち。
すると、リリアが「あ」と、一声発すると、ダイニングの方へと歩いていった。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんに『またね』って言うの」
「それはいい。挨拶は大切だもんね」
そう言って、リリアに付き合いみんなでダイニングに向かうがそこに人形の姿は、無かった。
「お姉ちゃんいない」
寂しそうに呟いて、俯くリリア。
すると階段のほうから誰かが降りてくる足音が響いてきた。
人間の足音などより遥かに軽い足音だった。
その音に、リオネルと村長は廊下のほうを振り返る。
「なるほど。見えない俺たちにも分かるように人形を依り代にしたのか」
「なんだ。もう見せるのか」
振り返った二人の視線の先。
階段の手すりに手を掛けた給仕服を着た人形が、リオネルたちを眺めている。
どうやら村長はこのことを知ってはいたようだ。
困ったように苦笑していた。
「リリアちゃん。お姉ちゃんこっちにいたよ?」
ダイニングにいるリリアに声を掛け、リオネルは手を招く。
それにつられてリリアはダイニングから出ると、リオネルに抱えられて、階段の近くに立つ人形の姿を見る。
状況だけ見れば完全にホラーだ。
話を聞いていたとしても、霊的な物に耐性のない人間なら悲鳴をあげて逃げ出しただろう。
しかし、リオネルはもちろん、リリアも逃げ出しはしなかった。
むしろリリアはリオネルに視線を向けて暗に『近付いて』とお願いするのだった。
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