村の宿
村長宅を離れ、表に待たせていた馬車に乗ったリオネルたちは村長宅からほど近い、この村唯一の宿の前で馬車を降りると、宿場町でそうしたように御者が馬車を止めに行っている間に、リオネルたちは先に宿に入った。
「いらっしゃい。見ない顔だね。こんな辺境に家族で旅行かい」
宿に足を踏み入れたリオネルたちを迎えた恰幅の良い、おばさまがそう言ってニコッと笑った。
そんな宿屋のおばさまに、リオネルは深々と頭を下げる。
「本日この村に引っ越して参りました。リオネル・ハーグレイブと申します。これからお世話になります」
「あ〜! アンタが村長が言ってた人かい。そうかいそうかい。あたしはこの宿の主人のエレナってんだ。よろしくね」
「よろしくお願いします。それで、今日はこちらの宿で一泊したいのですが、三部屋お願いできますか? 僕たち親子と、こちらのフィオナさん、ここまで乗せてきてくれた馬車の御者さんがあとで来るんで」
「三部屋かあ。今ちょっと冒険者ギルドの宿泊室からあぶれた出稼ぎに来てる冒険者たちで部屋が埋まっててねえ。一部屋しか空いてないんだよ」
リオネルの言葉に、困ったように眉をひそめ、部屋が並ぶ廊下の方に目をやるエレナ。
すると、あとからやってきた御者の男が事情を聞くと「それなら毛布を二枚貸して頂けませんか? 私は馬の近く、馬車で寝ますよ」と、笑顔で言ってきた。
「いやいや。御者さんは明日からまた王都に行かれるんですから、部屋で寝たほうがいいですよ」
「構いません。野宿するよりは遥かにマシです。それに私は商業ギルドの一員ですからね。お客さまが最優先。これは譲れません」
この言葉に、リオネルは反論出来なくなり渋々了承すると、御者は宿屋の女主人から毛布を受け取ると宿を出ていった。
そして、宿のロビーにリオネルとリリア、フィオナの三人が残される。
「あの。リオネルさん」
「一部屋。でしたね。俺たち今からもう一回村長さんの家に行ってみます」
泊めてもらえるだろうか。
そう考えていると、受付カウンターに部屋の鍵を置きながら「夫婦なのに一緒の部屋で寝ないのかい?」と、エレナが不思議そうな顔でリオネルに聞いてきた。
そのエレナの言葉にフィオナは顔を赤くして「ふ、夫婦⁉︎」と焦って声を上げ、リオネルは動じる様子もなく「フィオナさんとは出会ったばかりで」と、ことの経緯をエレナに話して聞かせた。
「目が見えないのか……分かった! あたしに任せな! 今夜はあたしが兎の嬢ちゃんの面倒を見てやるよ」
リオネルとフィオナから話を聞いたエレナがそう言って、厚い胸板を叩くと受付から回り込んでフィオナの横に立つ。
そしてフィオナの腕を掴むと、受付の方へと一緒に向かっていった。
「え、あの」
「まあ不慣れだからね。不便を掛けるのは許しておくれよ」
「そんな。お手数かけます。申し訳ありません」
「何言ってんだい。こういう時はありがとうって言うんだよ」
そう言って笑ったエレナの様子に、リオネルも笑顔を浮かべると「じゃあ、フィオナさんをお願いします」と言って、受付に置かれた部屋の鍵に手を伸ばした。
「それじゃあフィオナさん。また明日、昼頃に」
「え?」
「え?」
「いえ、私も、連れて行ってくれるんですか?」
「そういう話だったと思ったんですけど。あれ? 違うかった?」
「どうなんでしょう」
「まあ、それも明日、村長さんに聞けばいいですかね。では、お休みなさい」
「あ、はい。おやすみなさいリオネルさん」
こうして受付で一旦鞄を預けると、フィオナと別れ、リオネルは受け取った鍵にぶら下がっていた札に書かれていた番号の部屋へと向かっていく。
そして、部屋の鍵を開けて中に入ると、リリアをベッドに寝かせ、受付に鞄を受け取りに行った。
フィオナは受付の奥から続くエレナの自宅に行ったらしい。
受付にはエレナではなく、別の従業員の細身で気弱そうな男性が立っていた。
「すみません。鞄を預けていたのを受け取りに来たんですが」
「ああ、はいはいはい。家内から聞いてますよ。エレナの旦那のラルフといいます。よろしく」
「こちらこそ。これからよろしくお願いします」
優しげな笑顔で対応してくれたラルフから鞄を三つ受け取り、リオネルは部屋に戻る。
すると、ベッドの上で寝かせていたはずのリリアが目を覚まし、ボーッと虚空を眺めていた。
「あ。起きちゃった? おはよう……おはよう? まあいいや。村についたよリリアちゃん」
「兎のお姉ちゃん、いないの」
「ああ、お姉ちゃんは別の部屋だよ。どうしたの? 寂しい?」
「寂しい? ……分かんない」
部屋の隅に鞄を置いて、リリアが座るベッドに腰を下ろしたリオネルは、リリアの頭に手を伸ばし、慣れない手つきで撫でてみた。
なんとなく、そうしたほうが良いと思ったのだ。
「リリアちゃん。お腹減ってないかい?」
「減ってない。喉渇いた」
「分かった」
そう言って、リオネルは水の魔法で作り出した水の玉をリリアの目の前に作り出す。
その水の玉を両手ですくうように近づけ、リリアは水を口に運んだ。
冒険者が宿泊しているらしいが、疲れて眠ってしまっているのか、部屋の柱に刻まれた防音魔法の魔法陣がよく効いているのか、リオネルたちが泊まっている部屋に、他の部屋からの音は聞こえてこなかった。
静かに過ぎていく夜。
二人はこの夜、初めて同じベッドで眠ることになったのだが、リリアと一緒に眠ることに、リオネルは違和感を抱かなかった。
御者の話を聞いたからだろうか、親ならこうすることが自然なんだと思ったのだ。
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