村長宅で
村の中央。住宅密集地の中で他の家屋より大きな平屋の前で、馬車はその動きを止めた。
「私はここでお待ちしております」
「わかりました。荷物をお願いします」
「もちろんです」
眠ったままのリリアを抱えたまま、御者席から荷台に移動したリオネルは、フィオナに手を差し出して、自分の手を握らせるとゆっくり荷台から降りて、優しい灯が窓から漏れている村長宅へと向かっていく。
すると、あと数歩で玄関の扉の前に辿り着くというところでその扉が開いた。
「お〜。予定通りだね。初めましてリオネルくん、フィオナさん。待っていたよ、随分と前からね」
まだ名乗ってもいないのに、こちらの名前を呼んでペコッと頭を下げてきた白髪白髭で、杖をついた細身の老人は優しそうな笑顔を浮かべると、困惑している二人を手招いた。
「フィオナさん、知り合い?」
「いえ。知らない声です」
「まあまあ。理由は中で話すよ」
そう言って、村長であろう老人は自宅にリリアを抱え、フィオナと手を繋いでいるリオネルを招き入れた。
村長の後ろについて、廊下を歩くリオネルたちに言葉はない。
ただ、村長のつく杖の音が響いていた。
(あの杖。ただの杖にしては音が重い。仕込み杖か)
そう考えて、リオネルは最悪の場合を想像して、戦闘になった場合どうするかと考えるが、その考えを見透かすように、前を歩いている老人は「ああすまないね。コレは防犯用なんだ」と、振り向きもせずに言うと笑った。
そんな老人の案内で、リオネルたちはソファが置かれている一室に案内される。
そのソファの前にはローテーブルが置かれ、更にはその上に淹れたての紅茶が三つ置かれていた。
まるで、リオネルたちがこの日、この時間に訪れてくる事が分かっていたみたいに。
「どうぞ座って」
「……はい。ありがとうございます」
老人に言われ、一瞬逡巡するが、リオネルはフィオナがローテーブルに足をぶつけないように注意を促しながら、ソファに腰を下ろす。
「よく来たね。私はこの村を任されているロデリック・ストリード。よろしく」
「リオネル・ハーグレイブです。こっちは娘のリリア」
「私はフィオナ・ベルと申します。よろしくお願いします」
「うんうん。よろしくね、二人とも」
「あの。コレ、団長から預かってきました。村長に渡せと」
「ありがとう。あとで読ませてもらうよ」
そう言って、この村の村長、ロデリックはリオネルが上着のコートの内ポケットから取り出した封書を受け取ると、その封書を自分が座っているソファに置く。
「さて、まずは君たちが気になっていることから話そうか」
「お願いします」
「時に君たち、占いって信じてるかい?」
「俺はあまり」
「私は、信じてます」
「この村に、占い師が住んでいたんだけどね。その占い師が『私の死後、四年と百八日後の日没直後にリオネルという青年が、娘とフィオナという兎人族の女性を連れてやってくる。快く迎えてやることだ。村に安寧をもたらしたければな』と遺言を残したんだ。そして今日がその日。やたらと当たる占い師だったからね。信じてはいたが、流石だとしか言えないなあ」
その占い師と、ロデリックの関係は分からなかったが、どこか寂しそうに目を伏せて笑った姿を見て、リオネルは何も言えなくなっていた。
「君たちが村に滞在することが、この村の安寧に繋がるなら私は占い通り君たちを歓迎するよ。これからよろしくね。二人とも」
「当たると言っても占いですよ? 信じるんですか?」
「占いだから信じるのさ。当たれば役得。当たらなくても占いだしで話は終わるからね」
「身元の知れない他所者でも、ですか?」
「これでも領主さまから一つの土地を預かっている身だ。情報は入ってきているよ元騎士さま」
そう言ってニコッと笑ったロデリックの顔は先程と違って優しげだった。
そんなロデリックの言葉の裏を探るが、快く受け入れてくれるというなら、それはそれでありがたい話である。
「こちらは移住をお願いしに来た身。受け入れて頂けるというなら、ありがたい話です。娘共々よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくね。ああ、そうだ。住む場所なんだけどまた明日の昼間にここに来てくれるかい? 案内したい場所があるんだ」
「え? 住居を提供してくれるってことですか?」
「うーむ。それは君たち次第かなあ? まあ詳細は明日ってことで」
「……分かりました。では今夜は宿でお世話になります」
「うん。また明日ね。すまんね、君たちが来るのが分かっていながら、もてなしの準備も出来なくて。流石に夕食を食べているかどうかは占いで出なかったみたいでね」
「いえそんな。こうしてすんなり移住許可をいただけただけでもありがたいですから」
リオネルはそう言って、ロデリックに微笑んで見せた。
そんなリオネルに、ロデリックも孫に向けるような優しい笑顔を向ける。
こうして異常にすんなり移住の許可をもらえたリオネルたちは村長宅をあとにすると、近くにあるこの村唯一の宿屋へと向かっていった。
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