村への道
宿場町から村に向け、草が生えていない踏み固められただけの土の道を進んでいた。
街道の石畳の道の縁石に埋め込まれた魔物避けの魔石もないため、ここからはリオネルは御者席に座って辺りを警戒することになる。
その横にはリリアもちょこんと腰掛けていた。
「あれなあに?」
リリアがそう言って、リオネルの服の裾を引っ張った。
リリアが指差した背の低い草原の方向。
そこには人の頭二つ分くらいの水の玉のような物が三つほど集まり、不規則にピョンピョンと跳ね回っていた。
「スライムだね。あれも立派な魔物だから、近付いてはダメだよ?」
「うん」
「スライムは厄介ですもんねえ」
リオネルの言葉に返事をしたリリアのあとに、暇を持て余しているフィオナも同意する。
それに対してリオネルはフィオナに「フィオナさんも何か思い当たる感じですか?」と、辺りを見渡しながら話のネタにと話題を振った。
「スライムって一目では力量が測り辛くて、昔ダンジョンで仲間がスライムに覆い被さられて死にかけたんです。魔法も使う個体も見たことがあります」
「魔物の中でも戦闘力の振れ幅が激しいのがスライムですからねえ。あそこにいる弱いことで有名なプラントスライムなんかは緑色でわかりやすいけど。進化した個体は人に化たりするし、一個体で大きな街一つ滅ぼしたりするらしいですからねえ」
「昔読んだ絵本にありましたねえ、そんなお話が」
「俺もそこまで強力な個体は見たことないですね。軍の中隊がスライム数匹に全滅させられて、それの討伐には行きましたけど」
「騎士も大変なんですねえ」
「冒険者もね」
のどかな草原地帯を抜け、緑が映える山間を進み、森の中を進んでいく。
魔物の気配はするが、魔物にとって人間が乗る馬車は決して安全に襲える獲物ではない。
荷台から現れるかもしれない様々な武器を持った、やたらと好戦的な人間を警戒して、魔物たちは様子だけは見ている状態だ。
しかも今日の狩候補の馬車には、草影になって見えていないこちらに尋常ならざる殺気まで向けてきている人間までいる。
竜に睨まれたゴブリンのように、森に潜んでいる魔物たちは恐怖に怯えていた。
「順調ですねえ。魔物は姿を現しませんし、追い風のおかげもあって夜には到着できるかも知れません」
「御者さんは村に行ったことがあるんですか?」
「ええ何度か。とはいえ最後に来たのは随分前ですけどね」
リリアが昼寝を始めてしまったので、抱えたまま辺りを警戒しつつ、御者の男と話していると、馬車が上り坂に差し掛かる。
その影響でリリアの体重がずっしりとリオネルにのしかかり、体にその子供特有の熱が伝わってきた。
「子供って体温高いんですねえ」
「そうでしょう。覚えがあるなあ。うちも息子が小さい時は一緒に寝たりしてましたが。寒期はともかく暑期は暑くてねえ。朝起きたらどっちも汗びっしょりで」
「なるほど。一緒に寝るって考えもあるんですねえ」
「家によるんでしょうけどねえ。息子は幼少期は寂しがり屋でしたから」
などなど。これだけでなく、御者の男から育児の話を聞いてそれをリオネルは脳に叩き込んでいく。
些細な情報でも、覚えていれば何かの助けになる可能性があるというのは騎士団時代にいやというほど経験している。
辿々しくも、なんとかリリアと接することができているのは、そのおかげなのかもしれない。
そんな事を考えながら、リオネルは指先に魔力を集めると、それをデコピンの要領で森に放った。
ちょうどその時、後ろの荷台から普段は寝かせている耳をピンと立たせて「リオネルさん」と、フィオナが声を掛けてきた。
「森の方から足音です。大きめの重そうな」
「おお。流石は兎人族。耳が良いですね。でも安心してください。もう……えっ〜と、追い払いました」
リオネルに言われ、フィオナは耳をすませるが、聞こえてきていた足音は確かに聞こえなくなっていた。
リオネルが放った魔力弾は迫りつつあった熊型の魔物であるフォレストベアの眉間に命中。
頭部の内で魔力の塊を炸裂させると、その頭を破壊して仕留め、他の魔物たちの餌とした。
「すみませんなんのお役にも立てず」
「いやいや。一緒にいてくれるだけで十分ですよ」
このリオネルの発言で、フィオナは顔を赤くする。しかし「旅の間の話し相手は多いにこしたことはないですから」と続いた発言で、フィオナは少し落ち込んで耳を頭の上で寝かせる。
こうして特に異常も事件もなく。
夕陽が傾く頃にはリオネルたちを乗せた馬車はいくつか丘を越えた先で、目的地を視認。
夜の月が完全に姿を表す前には目的地である村に分類されてはいるが田舎町に辿り着いた。
「このまま村長宅に向かいます。そのあと宿にお連れして、そこでリオネルさまやお嬢さま、フィオナさんとはお別れです。私は明日の朝、護衛を雇って王都に戻ります」
「ここまでありがとうございました。帰路、お気をつけて」
「問題はそこなんですよ。リオネルさまほどの腕の立つ者はそういませんからねえ」
笑いながら、御者の男は村の中央、住宅が密集している場所へと向かっていく。
見慣れない馬車ではあるだろうが、幌の部分に刺繍されている商業ギルドのマークのおかげで、すれ違った人たちを驚かせたり、警戒させたりすることはなかった。
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