再出発

 一夜明け、リオネルはリリアを着替えさせると、宿の従業員が持ってきた朝食を二人で食べ始めた。


 バターが塗られたトーストにハムと目玉焼きが乗った物が二枚ずつ。

 そこにサラダとスープが付いてきた。


「シンプルに美味しいね」


 豪華というわけではないが、満足いくボリュームの朝食に舌鼓を打ちつつ、リオネルはリリアの口元に付着した半熟卵の黄身を手で拭う。


 そして朝食を終えると、二人は荷物をまとめて部屋を出た。


 階下のロビーに向かって、御者の男とフィオナを待つつもりだったのだ。


 しかし、御者の男は商売人。

 お客を待たせるはずもなく、既に馬車を宿の前につけてロビーでリオネルたちを待っていた。


「おはようございますリオネルさま、お嬢さま。よく眠れましたか?」


「快適でしたよ。そちらは?」


「こちらも快適に過ごすことができました。良い宿でしたね。帰ったらギルドに報告しておきます」


 二人の会話が聞こえていたか。


 受付にいた従業員が小さくガッツポーズをしたのがリオネルから見え、苦笑していると、一階の角部屋から従業員に連れられてフィオナが姿を現した。


 昨日とは違い、従業員が購入し、コーディネートしてくれたのだろうロングスカートにブラウス、その上にベストを重ねて着用している。

 髪も洗って艶やかな綺麗な薄紫色になっていて、それを見たリオネルは一瞬見惚れてしまっていた。


「おはようございます、フィオナさん」


「リオネルさん? あ、おはようございます。あの、服、これ」


「とても良く似合ってますよ。ねえ、リリアちゃん」


「ん。綺麗、だと思う」


 目が見えないので着慣れていない服を着ている自分の姿は想像するしかない。

 それにしたって、今の自分の姿は最後に鏡を見てから数年経っていることから、思い浮かべることができないのだ。


 果たして今の自分はどんな姿をしているのか。


 見ることは出来ないが、それでも自分を助けてくれた男性やその男性の養子である娘さんが嘘は言っていないと思えて、フィオナは顔を赤くした。


「こちらに着てこられた古着と、予算内で新しく購入してきた衣類がございますので。奥さまと確認してくださいませ」


 フィオナに手を貸してきた従業員が、そう言ってリオネルに四角い旅行鞄を一つ渡してきた。

 どうやら鞄はオマケでくれるらしい。

 しかし、そんな事よりも、リオネルとフィオナは従業員が口走った「奥さま」という単語に慌てて訂正を加える。


「ああいや、彼女は妻ではないんですよ」


「そそそ、そうですよ! 私はそんな……私なんて」

 

「そうでしたか。申し訳ありません、思い込みで発言してしまいました」


「謝る必要はありません。彼女の服、ありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました。また機会がありましたら、是非当店にお越しくださいね」


 この会話を最後にリオネルたちは宿を出ると、再び馬車での旅を再開する。

 昨日と同じく青い空が頭上に広がり、旅にはうってつけ。

 荷台の後ろから見える、遠ざかっていく宿の従業員たちに向かって会釈をするリオネルの横で、リリアが小さく手を振っていた。


「ここからは道が整備されておりません未舗装なので、揺れますからお気を付けくださいね」


「わかりました」


 積み込んでいたロープで増えた鞄を固定して、それを隅に追いやり、リオネル、リリア、フィオナの順番で荷台に座って馬車の揺れに身を任せる。

 

 そんなガタガタ揺れる馬車の中で、ほんのりと香水の香りがリオネルの鼻をくすぐった。


「良い香りですね」


「宿で着替えた時につけてくれたんですけど。キツくないですか?」


「これくらいなら丁度いいですよ。パーティーの時に会った人たちは、もうほんと……凄かったですからねえ」


 いつかの戦勝祝いや、貴族の誕生日、王城で行われた王子や姫殿下の生誕祭などのパーティーに招待された時のことを思い出し、リオネルはそこで迫ってきた貴族のご令嬢たちの香水の匂いを思い出しながら肩をすくめた。


「パーティー。もしかしてリオネルさんって貴族の方なんですか⁉︎ そうですよね⁉︎ 宿の件やこの服だって平民がポンと払えるようなお金じゃ」


「違います違います。俺は平民ですよ。確かに城勤めでしたが」


「城勤めの平民? え?」


「騎士だったんですよ」


 目を閉じたまま、フィオナはリオネルの声がした方に顔を向けた。

 その目が見えていたなら、今見えている昼の月のように丸くして、リオネルの目を見ていただろう。


「騎士リオネル! 思い出しました! リオネル・ハーグレイブさんって確か次期騎士団長だって言われてた人ですよね! 何年か前に戦争で活躍なさったって聞いたことがあります!」


「あ〜、はい。本人です」


 改めて自分のことを言われ、リオネルは気恥ずかしくなり冷や汗を浮かべながら鼻っ面を人差し指で掻く。

 すると、どうしたことか。フィオナが拳を握ってガッツポーズさながらに手を上げたまま硬直してしまった。


 そんなフィオナを、リリアが不思議がって指先で突く。


「フィオナさん?」


「兎のお姉ちゃん固まっちゃった」


 しばらく動きを止めていたフィオナだったが、馬車が揺れたことで正気に戻ったようだ。


 目が閉じられているから本気で気絶したんじゃないかとリオネルが心配しだしたところで、フィオナが「すみません、ちょっと思考が停止してました」と、握った拳を解いて下ろした。


「平民の星。リオネル・ハーグレイブさんの噂は我々冒険者にも届いていました。一騎当千、万夫不当。彼のように強くなりたいと願って鍛練していた方も多くいましたよ。私も、その一人でした」


「嬉しいやら恥ずかしいやらですね。俺は俺で、出来ることを精一杯やってただけなんで」


 その出来ることの末に、壊滅した町から助け出した、隣に座る命をリオネルは優しく撫でる。

 そんなリオネルの手に、リリアは成されるがまま、気持ち良さげに身を任せていた。

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