宿での夜
辿り着いた街道の終点にある宿場町。
そこで泊まることにした宿の一室で、リオネルは一つの問題に直面していた。
「リリアの湯浴み、どうするかなあ」
旅の疲れを癒すため。宿にある風呂に入る準備をしていたところ、ベッドに寝そべっていたリリアが座って自分の動きを目で追っている事に、リオネルは気が付いた。
騎士として働いていた頃はもちろん、それ以前にも子供と風呂に入ったことや、子供を風呂に入れた経験はない。
つまるところ、どう対応したらいいか分からず、リオネルは一人、自分の着替えを抱えたまま硬直していた。
ここは女性の従業員に頼むべきかと考え、一度リリアを連れて階下の風呂場に足を向け、受付でリリアの風呂の世話を頼んでみた。
しかし、従業員ではなく、リリア自身がリオネルの足にしがみついてそれを拒否。
リオネルは「こちら浴室の鍵です、ご自由にお使いください」と言って鍵をくれた従業員に申し訳なさそうに頭を下げ、一度客室に戻った。
「一緒に入るのが正解か? 確かに子供の頃、父さんや母さんと風呂に入ってた記憶はあるけど。いや、今は俺がそのお父さんなんだ。なら、風呂の入り方は俺が教えないと」
決意を固め、リオネルは自分とリリアの着替え、タオルを布袋に入れると再びリリアと階下に向かった。
「リリアちゃん、お風呂好き?」
「分かんない」
「そっかあ」
浴室の手前の脱衣所で服を脱ぎながら話しかけるが、相変わらずリリアの反応は薄い。
リリアを見つけ、助け出したのは倒壊した家屋の浴槽内。
事件当日のことを思い出すかと思ったが、記憶も失っているからか、脱衣所から見える浴室内の浴槽を見ても、リリアに反応は無かった。
「リリアちゃん、お風呂入るから服脱ごうね」
リオネルのその言葉に、リリアは嫌がる様子もなく「ん」と短く返事をすると着ている服を脱いでいった。
その服を回収し、リオネルは自分の着ていた服と一緒に置かれていた籠の中に放り込むと、リリアを連れて浴室へ向かう。
受付を尋ねた段階で、風呂に入ることは伝えていたからか、浴槽には温かいお湯が既にたんまりと張られていた。
「よし、じゃあまず頭を洗おう」
「はーい」
浴室に響くリリアの抑揚のない返事を聞き、リオネルはまず、リリアの頭を洗い始めた。
「大丈夫? 痛くない?」
「ん。大丈夫」
「目は閉じててくれよ?」
慣れない手つきでリリアの小さな頭を備え付けのシャンプーで洗い、浴槽内のお湯を少量、魔法で持ち上げてリリアに掛ける。
そのあと、リオネルはリリアに石鹸を付けたタオルを渡すと体の洗い方を教え始めた。
それに素直に従って、リリアは辿々しい手つきで体を洗っていく。
「偉いな。ちゃんと出来たじゃないか」
「出来た」
表情には出ていなかったが、褒められたことは嬉しかったのか、いつもより少し声に感情がこもっているような気がして、リオネルはそれが嬉しくて笑顔を向ける。
それが気のせいだとしても、こうして接していればいつかは子供らしい笑顔を見せてくれるようになるかもしれないという、希望を感じたのだ。
「じゃあ流すからね」
そう言って、リオネルは先程と同じように魔法でお湯をすくうと、リリアに付いている泡を流していく。
そして、先にリリアを浴槽に入れて今度は自分の頭と体を洗うと、浴槽のお湯に浸かった。
「リリアちゃん。熱くない?」
「ん。大丈夫」
「なら良かった」
リオネルが浴槽に座るまで、立って待っていたリリアがリオネルの真似をしたか、お湯の中に腰を下ろしていく。
どうやら心地良さは感じているようだ。
大人しく湯に浸かっていた。
とはいえ子供、熱くなればスッと立ち上がって浴槽に腰を掛ける。
それを見て、リオネルも立ち上がり、入浴を終えるとリリアを連れて脱衣所に向かった。
「はいタオル。自分で拭けるかな?」
「ん。頑張る」
渡されたタオルを手に取り、リリアは体を拭いていく。
それを見て、リオネルも体を拭くと寝間着のシャツとズボンに着替え始めた。
「はいこれ、リリアちゃんの着替えね」
「うん」
返事をして、リリアは着替えを受け取るが、脱ぐことは出来ても着るのはどうにも要領を得ない。
そんなリリアの着替えを手伝うと、リオネルは脱いだ籠から脱いだ服を取って袋に入れ、二人で部屋に戻っていった。
「子供とのお風呂ってあれで良かったんだろうか」
呟きながら、リオネルは着替えの入った袋を置くと、二つあるベッドの一つに腰を掛けた。
特にやることもないし、明日の朝には出発だ。
「そろそろ寝ようか」
しばらく湯上がり後の火照りを楽しんだあと、リオネルは既にベッドの上で横たわっているリリアに声を掛けた。
その声に頷いて、リリアは布団に潜り込む。
「じゃあ、お休み」
「おやすみ」
貯蔵した魔力で光る天井の魔力灯を消して、リオネルはリリアと別のベッドに寝転がる。
そして眠気に誘われるままに目を閉じた。
しかし、誰しもが寝静まった夜遅く。
リオネルはリリアの声で目を覚ます。
どうやらうなされているようだった。
「リリアちゃん、大丈夫かい?」
風邪をひき、熱でも出したかと思って額に触れるが、そういうわけではないようだ。
リオネルがリリアの額に触れると、リリアの様子は落ち着き、再び小さな寝息をたて始めた。
「夢を見てるのかな? 嫌な夢じゃなければいいけど」
呟いて、リオネルは再び自分のベッドに戻ると目を閉じる。
次に目を覚ました時には、空はすっかり明るくなっていた。
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