到着した宿で

 到着した宿場町は閑散としていた。

 それというのも、この先にはリオネルたちが向かう予定の村があるだけで、その先はまだまだ人跡未踏の地。

 実質的にこの宿場町は街道の終点で、石畳が敷かれた道もここまでだった。


 しかし、閑散としているというのは王都と比べてというだけで、ここから南北にはまだまだ道が伸びているので、人通りがないわけではない。


 酒場からは魔石灯の光と景気の良い笑い声が、民家の煙突からは煙が出て、夕食時を知らせていた。


「話をつけて参りました、四人の宿泊三部屋で大丈夫だそうです」


 街道沿いに建つ宿の前に馬車を止め、宿泊状況を調べるために中に向かった御者が、宿から出てきて荷台のリオネルに話しかけた。

 

「ありがとうございます。じゃあ今日はこの宿にしましょうか」


「私は先に馬車を預けて参りますので、リオネルさまとお嬢さまは先にお休みください」


「分かりました。ではまた明日」


「はい。お休みなさいませ」


 そう言って、荷台から荷物を下ろしてくれた御者の男は深々とリオネルに頭を下げる。

 それを見てリオネルも会釈をすると、リリアを抱えて荷台から降り、地面にリリアを下ろしたあとはフィオナに手を貸し、地面に降りる手伝いをする。


 そうしていると、宿から従業員らしき男が姿を現し、リオネルたちに頭を下げた。


「いらっしゃいませ。王都からようこそおいで下さいました。長旅お疲れでしょう。どうぞこちらでお休み下さい」


「丁寧にありがとうございます。御者から話は聞いていると思いますが、四人お世話になります」


 そう言って、リオネルが会釈をすると、従業員の男が「お荷物預かりますね」と、リオネルの鞄に手を伸ばした。

 そして鞄を二つ両手で持つと、そのまま宿に向かう。


「リリアちゃん、おいで、行くよ? あ、フィオナさん、俺の肩に掴まってくれていいよ? 足元気をつけて」


 そう言って、リオネルはリリアに向かって手を伸ばすが、リリアはリオネルの手を取らず、服の裾を摘んだ。

 そんなリリアの行動に苦笑していると、目の見えないフィオナの手がリオネルの背中にちょんと触れる。


「あ、すみません」


「大丈夫、そのまま伝ってください」


 リオネルの言葉に従い、フィオナが指先でリオネルの背中をなぞり、肩に手を乗せた。

 そのままリオネルたちはゆっくり歩き出すと、従業員が扉を開けて待っている宿に足を踏み入れる。


 そして、女性従業員が待つ受付カウンターに向かうと、リオネルは御者の宿泊費も含めて料金を支払うために鞄の中の貨幣の入った袋から金貨を取り出してカウンターの上に置いた。


「あの、これですと貰い過ぎなのですが」


「連れは目が見えないので、誰か従業員の方にお世話をお願いしたいんです。流石に男の俺が身の回りの世話をするわけにはいかないので」


「それでも少し貰い過ぎだと」


「あ、じゃあ服も新調してやってくれますか? 旅でローブもボロボロになってしまっているので」


「畏まりました。着替えも数着ご用意いたします」


「ありがとうございます」


「いやいやリオネルさん! 何してるんですか⁉︎ 何したんですか⁉︎」


 すぐ後ろでリオネルと受付の会話を聞いていたフィオナが声を上げた。

 出会って一日経っていない、身元不明の怪しい目の見えない女に食事を与えるどころか、宿泊費を払ったり、あまつさえ服まで新調しようとしてくれているのだ、驚くなという方が無理な話だった。


「同じ村に住むことになるかもしれないですからねえ。まあ、お近づきの印ってことで」


「お近づきの印って消耗品とかでは?」


「予定だと明日の夜、遅くなってもその翌日には村に着きます。村長や村の人に会うんですから、身なりは良いに越したことはないでしょう?」


 理路整然と正論を述べられて、ぐうの音も出なくなってしまったフィオナ。

 そんなフィオナの横に、受付が呼んできたフィオナと同じ兎人族の女性従業員が立ってリオネルに頭を下げた。


「お連れさまのお世話は私が担当いたします」


「同種族なら安心ですね。よろしくお願いします。じゃあフィオナさんまた明日。お休みなさい」


「うう。はい、おやすみなさい」


 こうしてリオネルとリリアは一旦フィオナと別れ、鞄を持ってくれていた従業員の男性の案内で客室へと向かう。

 案内されたのは二階の角部屋。

 綺麗に掃除が行き届いた小さなテラスがある小ぢんまりとしながらも高級感のある一室だった。


「へえ。宿舎より断然良いなあ」


「良いお客様には良いお部屋を、それがこの宿のモットーです」


「フィオナの部屋もかな?」


「もちろんでございます。目が不自由とのことでしたので、一階ではありますが、この部屋の下に入って頂きます」


「ありがとうございます。これ、チップです」


「警護もお付けしますか?」


「それは大丈夫。何かあったら、俺が行きます」


 チップの銀貨を渡しながら、リオネルはニコッと笑う。

 その笑みに、従業員の男も笑って返すと頭を下げて、客室をあとにした。


「こうして任務の事を考えず、ゆっくり旅するって、思ったより良いな」


 呟きながら、リオネルはベッドに向かって歩いていくリリアの後ろ姿を目で追った。

 するとリリアは可愛らしい小さな靴を脱いでベッドによじ登る。

 そして、ふかふかのベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。


「ふかふか」


「はっはっは。それは良かった。そういえばリリアちゃんお腹減ってない? 大丈夫?」


「ん。大丈夫」


「そっか、水欲しくなったら言ってね?」


「うん。分かった」


 布団に顔を埋めたまま、返事をするリリアに苦笑するリオネルは、窓際に置かれた一人掛けのソファに腰を下ろす。

 そして空中に水の球を作り出し、それを口に運んで喉を潤した。

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