旅は道連れ

 本日の宿泊先である宿場町への道中で、リオネルたちは盲目の兎人族と出会う。

 リオネルは目が見えない彼女を助けるために馬車に同乗させ、再び宿場町への道を進み始めた。


 そんな時、眠っていたリリアが馬車が発進した揺れで目を覚ます。


「……ん〜」


 体を起こし座ったリリアの目に映る、目を閉じて俯く頭の上の兎耳を寝かせた女性。

 

「女の子の声。妹さんですか?」


 知らない兎人族の女性の声に、リリアは警戒して隣に座っているリオネルの服の裾をちょんと摘んだ。


「養子です。色々ありましてね」

 

「そうですか。色々、そうですね。色々、ありますよね」


 丘を上り切った馬車が、緩やかな下り坂に差し掛かり、荷台が少し傾いた。

 そんな馬車の荷台で兎人族の女性に、リオネルは「失礼ですが、なぜ一人旅を?」と、目が見えないことには触れずに聞く。


「退屈で、面白くない話ですよ?」


「こうして出会ったのも何かの縁。俺で良ければ聞かせてください。理由があるのでしょう?」


「そうですね。暇つぶしくらいにはなると良いのですが」


 そう言って、兎人族の女性は手の内に魔法で水の球を作り出すと、それを口に含んで喉を潤し、盲目ながらに旅をしている理由を語るために口を開いた。


「私。今はこうして目が見えず、旅をしていますが、ほんの数年前までは冒険者を生業にしていました」


「え? そうなんですか?」


「見えないでしょう? 目は見えませんが、今自分がどんな格好をしているかは分かりますから」


「ああいや申し訳ない。そんなつもりで言ったわけでは」


「お優しいのですね。まあ冒険者として仲間たち……仲間だった人たちとダンジョンに挑んだり、していたんです。それである日、新しいダンジョンに挑んだのですが、最奥のヌシの間での戦闘中に仲間を庇って目に呪毒を受けてしまいまして」


「それで目を」


「最初は火傷のように爛れ、それでも傷は魔法で回復したのですが、徐々に呪いに視力を奪われ、今は完全に見えなくなりました。こうなっては足手纏いですので冒険者パーティを離脱しまして」


「解呪は出来なかったのですか? 教会なら」


 そのリオネルの言葉に、兎人族の女性は首を横に振る。

 

「目を治せると聞き、様々な医者や教会を訪ねましたが、特別な材料が必要らしく。それが今の私では購入できないほど高価だったのです。所持金も、もうすぐ尽きますので目のことは諦めて、どこか静かな場所で余生を過ごそうと思っていたところ、西にある村の話を聞いたので、それで旅を。街での生活は私には少し、騒がしくて」


 そう言って、兎人族の女性は頭の上で寝かせていた耳を片耳持ち上げ、立たせた。

 兎人族最大の特徴であるその大きな兎耳は、動物の兎と同じく集音性に優れる。

 それ故に、街中の雑踏や店の中の声や音は兎人族にはかなりけど騒がしく聞こえるのだ。

 

「ああ。さっき馬車の音が聞こえなかったのって」


「はい。先程すれ違った馬車の音に、驚いてしまいまして」


 そう言った女性の声が、リオネルにはどこか寂しそうに聞こえていた。

 先程すれ違った馬車というのは、もちろんリオネルたちがすれ違った商人の馬車だろう。

 護衛していた冒険者たちは皆若くて、安全な街道を笑いながら進んでいた。


 その話し声、笑い声に冒険者時代を思い出し、辛くなってしまったのではないか。


 そう思って励まそうとするリオネルだったが、なんと言っていいか分からず、その代わりにリオネルの口から「この先の村って宿場町から更に西にある村ですよね?」という疑問がでる。


「ええ。宿場町で私は降りますので」


「ああいや。俺たちも行き先はその村なんで、一緒に行きませんか?」


「そんな、悪いです。今の私では大したお礼も出来ませんし」


「お礼が欲しいわけじゃないですよ。俺がそうしたいから申し出たんです。まあ格好付けの偽善ってやつですよ。ね、リリアちゃん」


「ん〜。分かんない」


「本当にお優しいのですね。申し遅れました、私、フィオナ・ベルと申します。もしよろしければお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「俺はリオネル。リオネル・ハーグレイブ。で、横に引き取った娘のリリアちゃんが座ってる」


「リオネルさん? どこかで聞いたことがあるような」


「まあ、珍しい名前でもないですから。たぶん」


 言いながら、リオネルが苦笑すると、返答する前にフィオナのお腹からキュウ〜と可愛らしい音が鳴った。

 その腹の虫の鳴き声に恥ずかしくなり、フィオナは恥ずかしさで顔を真っ赤にして両手で顔を抑える。


 それを見て「あ、そうだ」と、リオネルは手元に鞄を引き寄せ、中から小腹が減った時用にと買っていたサンドイッチの包みを取り出した。


 その中身を「手を出してくれますか?」と、言ってリオネルはフィオナに手渡す。


「これは? パン、ですか?」


「サンドイッチです。リリアと食べるのに買ってあったので」


「そんな! 駄目ですよ! 私なんかが貰って良いものでは」


「構いませんよ。俺たちの分もありますから」


「うう。ありがとうございます。ここ数日、草しか食べてなくて」


「割と逞しいな。流石は元冒険者、いや、兎人族だからか」


 フィオナの言葉に苦笑していると、リオネルの服を、リリアがちょいちょいと引っ張った。


 どうやらリリアもお腹が減ったらしい。


 そんなリリアの要望に答え、リオネルは鞄からもう一つサンドイッチを取り出すと、小さく千切ってリリアに渡す。

 

「慌てて飲み込まないようにね」


「う、ごふ! ごっふ!」


「ああ、なるから」


「ん」


 苦笑するリオネルの頬に冷や汗が浮かぶ。

 そんなリオネルに、リリアは返事をすると小さく千切ってもらったサンドイッチを更に千切って口に入れ、咀嚼し始めた。


 こうして目的地を同じくするフィオナを乗せて、リオネルとリリアは馬車で進んでいく。


 旅程は順調。


 三人が宿場町に辿り着いた頃には町を夕陽が照らし、東の地平線から夜の月が顔を出していた。

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