旅路の途中で
リオネルがリリアを連れて王都を旅立ったその日、二人を乗せた馬車は街道沿いの宿場町を目指してパッカパッカとゆっくり進んでいた。
晴れた空に浮かぶ光り輝く太陽と、西の地平線近くに見える昼の月。
その月目指して進む幌馬車の荷台に吹き込んでくる涼風が草原に咲く花の香りを運んでくる。
「ちょうちょ」
「あ、本当だね。蝶々好きかい?」
「わかんない」
風と一緒に迷い込んだ青い羽を持つ蝶が、リオネルの鞄で一休みしているのを見つけ、リリアが消え入るような声で呟いた。
そんなリリアになんと答えていいか分からず、リオネルは「そっか」と、苦笑しながら答えて荷台の後ろから見える景色を眺めていた。
御者席側の衝立を背もたれ代わりに、クッションを敷いて座っているリオネルとリリア。
目的地に到着するまで約二日。
行き先の村で、どんな生活を送ることになるか分からず、リオネルは不安にかられるも、少し高揚もしていた。
ふと、ガタンと揺れる馬車。
その揺れで、リリアが体勢を崩してリオネルの腕に頭を預ける。
「大丈夫?」
「うん」
短く答えたリリアの表情に照れや焦りはない。
無表情で、やはり何も感じていないように見えたが、リオネルにはリリアが安心しているように感じられていた。
そうしてしばらく馬車に揺られ、草原を望む街道を進んでいくと宿場町から来たのだろうか、他の馬車とすれ違う。
どうやら商人の馬車のようで、荷台には大小様々な木箱が並び、その馬車を武装した冒険者らしき若者の男女が護衛していた。
「冒険者か。楽しいのかな?」
「元とはいえ、騎士さまなら楽しくやれると思いますよ? あの界隈は力、強さが全てですからね」
「聞く話だと割と難しい職だと聞きますよ? ダンジョン攻略だけじゃない、討伐依頼の中には我々、ああいや、もう違うんだった。騎士さまたちが相手するような強力な魔物もいるとか」
「だからですよ。強ければ成り上がれる。それ故に冒険者たちは危険を侵して強さを求めるのです。ロマンですよね。私も才能さえあれば一度は冒険者として働いてみたかったですよ」
「ロマン、か」
自分たち二人のために御者をかって出てくれた中年の男性と会話をして時間を潰していると、リリアが昼寝を始めたのでリオネルはリリアに自分のコートを毛布の代わりに掛ける。
「大人しい娘さんですねえ。うちのはお転婆で」
「娘さんがいるんですか?」
「ええ。元気な子でね、今日も出る前にね——」
リリアが昼寝をしているので、小声で話す二人だったが、しばらく進んだ先、丘を登っている最中に御者が手綱を引いて馬車をゆっくり止めた。
「あ、着きましたか?」
「ああいえ。ちょっと道の真ん中に人がいて」
御者の言葉に、姿勢を変えて御者席の方を向くとリオネルの目に、杖をついてゆっくり歩いている人物が目に入った。
どうやら進行方向は同じようだが、馬車の音に気が付いていないのか、避ける様子は見られない。
「お年寄りかな? 一人で街道を歩いているなんて、物騒ですね、魔物や野盗も出ないわけじゃないってのに」
その御者の言葉に「ちょっと声掛けてきます」と、リオネルは荷台から飛び降りて、前を歩いている人物の方へ向かう。
「すみません。馬車通りますよ?」
「あ、申しわけ、ありません」
件の人物の前に回り込んで、リオネルはなぜその人物が馬車の接近に気付かずに道を歩き続けていたのかを理解した。
「私、目が見えなくて。すぐ避けますので」
そう言って、手に持った杖で地面を突く、そのローブを羽織った人物の頭には兎の耳が生えていた。
閉じられている目は本当に何も見えていないようで、杖を頼りに歩いている姿は辿々しく、弱々しい。
歳の頃はリオネルと同じくらいか、土埃で汚れた薄い紫色の髪の兎人族の女性の姿を見かねたか、リオネルは「少し、待ってもらえますか?」と、声を掛けると馬車に近寄り御者を見上げた。
「あの」
「構いませんよ。困っている人は助けないと」
「ありがとうございます」
御者はリオネルの言いたいことを察して、先んじて返答すると頷いた。
そんな御者にリオネルも頷き返し、再び兎人族の女性に近寄ると「不躾で申し訳ありません」と前置きして声を掛ける。
「俺たちこの先の宿場町まで行くんですけど、乗っていきますか?」
「よろしいのですか? 私、あなたに何も差し上げることが出来ないのですが」
「困った時はお互いさま。いくら街道とはいえ危険がないわけでもありませんので」
「ありがとうございます。では、少しだけお願いしてもよろしいですか?」
そう言って、兎人族の女性はポーチを持っていた手に杖も持ち、声がしたリオネルの方に向かって手を伸ばした。
その手を取り、リオネルはゆっくり馬車に向かうと「少し、抱えても大丈夫ですか?」と、聞いて了解を得たうえで女性と馬車の荷台に飛び乗った。
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