リリアと西へ

 引っ越し当日。

 旅に出るには良い晴れた空の下、リオネルは騎士団が手配してくれた商業ギルドの幌馬車に荷物を積み込んでいた。

 とはいえ、基本的には着替えやらの衣類が主で、家具などはなく、幌馬車の荷台には大きめのトランクケース二つと全財産を入れた鞄が一つ乗っているだけだ。


「荷物はそれだけなんで?」


「はい。家具は備え付けの物だったので」


「分かりました。では次は病院でしたね、出発しますよ?」


「お願いします」


 商業ギルドに所属している御者の言葉に返答すると、リオネルは幌馬車の荷台から数年世話になった騎士団の宿舎を見上げた。


 出発した馬車が、年若い冒険者の少年少女たちが道の掃除をしている横を通り過ぎ、綺麗な石畳の道をガラガラと音を鳴らしながら進んでいく。


 しばらく馬車に揺られていると、馬車はリリアが入院している病院に到着。

 リオネルは馬車を降りて院内へと向かっていった。


「おはようございますリオネル様。今日で面会名簿を書くのも最後ですね」


「ですね。何かとご迷惑をお掛けしました」


「いえ迷惑なんてありませんでした。どうかリリアさんをよろしくお願いします」


 すっかり顔馴染みになってしまった受付の事務員の言葉に頷き、リオネルは病室へ向かうために階段を上がっていく。

 その先で、リオネルをリリアの担当医が待っていた。


「旅立ちの日に晴れてよかったな」


「まったくその通りですね。しばらく晴れてくれるとありがたいんですけど」


「そうだな。雨は嫌いだ、洗濯物が乾かんからな」


 軽口を叩きながら二人はリリアの病室へ。

 担当医が先に病室に入るのを待って、リオネルも病室に足を踏み入れる。


「リリアちゃん。お迎えが来たぞ〜」


 担当医の言葉に、ベッドの縁に俯いて座っていたリリアが顔を上げた。

 そのリリアが立ち上がり、ゆっくりと歩いて二人の元に歩いていく。


 担当医の元へと向かうと思っていたが、リリアが足を向けたのは担当医の後ろにいたリオネルのところだった。


「あれ、どうしたの?」


「毎日見舞いに来てくれてたんだ。何か思うところがあるんだろ」


 まさかのリリアの行動に、驚いて目を丸くしたリオネルに、振り返ってニヤッと笑う担当医。

 リリアも表情こそ変わらなかったが、やはり担当医が言うように嬉しかったのか、その小さな手でリオネルのズボンをちょこっと摘んでいた。


「はいこれ、言ってたお下がりね。今着せてるのもそうだけど。まあ、頑張んなよ新パパ」


「シン、なんです?」


「新人パパってことだよ。おっとそうだそうだ、これを旦那から預かってたんだったわ」


 そう言って、担当医は白衣の内ポケットから一枚の封書を取り出してリオネルに差し出す。


 それを受け取り、首を傾げるリオネルに「引越し先の村長への紹介状だってさ」と担当医は言って、床に置いていたリリアの着替えが入った鞄を持ち上げた。


「紹介状?」


「なんでも知り合いらしいわよ? 私は知らないんだがね」


「そうですか。分かりました、団長にはありがとうございますとお伝え下さい」


「分かった。さあ下まで送ろう」


 差し出された鞄を受け取り、リオネルはリリアと出入り口に振り返る。

 その時、開かれた窓から吹き込む風が、リオネルとリリアの背中を押した。

 まるで誰かが「いってらっしゃい」とでも言うように。


「いい風だ。これなら今日は涼しく過ごせそうだな」


 担当医が呟いて、歩き始めた二人の後を歩き始め、病室の扉をゆっくり閉める。

 そして三人で外に出る前に、担当医は受付の事務員から一枚の紙を受け取ると、それをそのままリオネルに渡した。


「最新の診断書だ。もし何かあったらこれを持って村の診療院へ行くんだぞ?」


「わかりました」


 渡された診断書に視線を落とし、返事を返すリオネルは、その診断書の名前の欄にリリア・ハーグレイブと書かれているのを見つける。


「リリアちゃんの名前に、俺の家名が」


「昨日の鑑定診察でもたらされた結果だ。魔法の効果としてその名を知らせたということは、神がアンタをリリアちゃんの親として認めた証拠。しっかりやんなよ? じゃないと死んだ時は冥界行きだぞ?」


 外に出ながら、そう言って、担当医はリオネルの後ろで苦笑する。

 そんな担当医に振り返ると、リオネルは「俺はどのみち、冥界行きですよ」と苦笑した。


「リリアちゃんと仲良くな」


「全力は尽くします」

 

「リリアちゃん、元気でね。新しいお父さんと幸せになってね」


 しばらく面倒をみてくれた担当医の言葉に、意味が分かっているか怪しかったが、リリアは声を出さず、小さく頷いた。

 その様子に少し恥ずかしくなり、リオネルは人差し指で鼻先を掻く。


 そして、リオネルは鞄を荷台に放り込んだあと、リリアの入院費を払おうとしてリリアを抱えて荷台に乗り込んだ。


「先生。入院費、これで足りますか?」


「金はいいよ。騎士団から支払われてる」


「え? そうなんですか?」


「嘘じゃないよ。さあお行き、元気でな」


「……はい。ありがとうございました」


 頭を下げるリオネル。

 そのリオネルの真似をしたのか、リリアも頷くように頭を下げる。


 こうして二人は担当医に別れを告げ、馬車は出発。

 二人を乗せて新天地に向かって進み始めるのだった。

 

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