退団の日

 騎士団長に退団を申し出てから数日。

 リオネルはその日、最後の仕事を終えて鎧と剣、制服を返還するために詰所を片付けていた。

 その背中に、同僚たちが「本当に辞めちまうんだな」と、残念そうに声を掛けてくる。


「出兵とこの間の事件、立て続けだったもんな。ごめんな、お前にばっかり任せちまってた」


「謝らないでくれ。皆んなは何も悪くない。これは俺が決めたことなんだから」


「次の団長はリオだと思ってたんだけどなあ。まあ仕方ないか」


「俺に人を率いる才能はないよ。そういうのはダリウスの方が向いてる。そういえば、そのダリウスは?」


「お前の顔を見たくないっつってどっか行っちまった」


「そうか。まあ、そうだよな」


 同僚の言葉を聞いて、騎士団に同期入団した友人が姿を見せないことに、リオネルは寂しそうに苦笑した。

 リオネルと同じく、次期騎士団長候補の一人として目され、リオネル同様に戦や魔物の討伐で多大な戦果を挙げてきた友であり、好敵手。


 そんな彼をリオネルが見たのは、城から出るために城門に差し掛かった時だった。

 城門で待ち構えていたのだ。


「リオネル! リオネル・ハーグレイブ!」


「ダリウス! 良かった、会えないかと思った」


「本当に、騎士を辞めるのか。たった一人の少女のために」


「少し違うかな。俺は、あの子と自分の未来のために騎士を辞めるんだ」


「なぜだ。騎士のままあの子と暮らすことだって出来るだろ」


「出来ないことはないと思う。でも、出来るだけ側にいてやりたいんだ。今のあの子には、そういう存在が必要だと、思うから」


 真っ直ぐ自分の目を見て話すリオネルに、ダリウスは眉をひそめる。

 しかし、長年の付き合いであることから、その目にこもった意志が鋼より硬いと悟り、ダリウスはやれやれと言いたげに首を横に振ると、ため息を吐いて腰から剣を鞘ごと抜く。


「お前とは、まだ剣を交えていたかったんだがな。受け取れ、餞別だ」


「この剣は」


「私物だ。気にするな」


「私物は私物だろうが、お前これ絶対高価だろ」


「昔手に入れた物だ。騎士になるまで愛用していた。だが今は専用に製造されたコイツがある。だから、受け取ってくれ」


 腰に携えているもう一本のやや幅広な剣に目をやり、ダリウスは持参した私物の剣をリオネルに向かって突き出す。

 その剣を、リオネルは苦笑しながら手に取った。


「ありがとうダリウス。大切に使わせてもらうよ」


「剣を飾るつもりか? せいぜいこき使ってやってくれ。リオネル、我が友よ。騎士を辞めても、お前は私の無二の友人だ。元気でな」


「ああ。また会おうぜ、親友」


 受け取った剣を仮で腰のベルトの間に差し、リオネルはダリウスに手を伸ばす。

 その手を、ダリウスは手甲を外して握り返すと、それを別れの挨拶と、友人の新たな門出の祝福と変えた。


 ダリウスと別れ、病院に向かっていくリオネル。

 彼はその途中で剣をベルトから抜くと、柄を握り、ほんの少し、鞘から剣を抜いて刃を見る。


「ダリウスは本当に嘘が下手だなあ。新品じゃないかコレ」


 気を遣わせないために嘘をつき、鞘はわざわざ汚したのか、長年使っていたと言っていた割には癖のついていない柄の握り心地や、傷や錆のない均一な刃。

 持った時の重心にも偏りがないことから、リオネルはその剣を新品だと感じていた。


 その剣を腰に携え、リオネルは少しだけ寄り道をして病院へ。


 院内に足を踏み入れると、いつものように面会のための書類と、剣の持ち込み許可の申請を書いて、いつもの病室へと向かって階段を上っていった。


「ただいまはちょっと違うか。こんばんはかな? 今日もいい子にしてたかい?」


 少女が入院している病室に、ノックをして足を踏み入れると、ベッドの上に座って窓の外を眺めている少女に声を掛け、側の椅子に腰を下ろす。


「こんばんは」


「うん。こんばんは。今日は君に、ああいや、リリアちゃんにお土産があるんだ。食べる?」


 担当医に少女を引き取ると伝え、診断書を受け取る際に聞いた少女の名前。

 その名前を呼びながら、リオネルは寄り道した先で買ったビスケットを差し出した。


「ありがとう」


 無感情に、抑揚なく、それでも感謝の言葉をくれたリリアに、リオネルは微笑むとビスケットの入った包みを渡す。

 しかし、いつまで待ってもリリアはビスケットを食べないどころか、包みを開けることもしなかった。


 そんなリリアに代わって、リオネルは包みを開け、中のビスケットを手に取ると、リリアの口元に近付ける。

 すると、リリアは小さな口で、ビスケットをかじった。


「美味しい?」


 リオネルに聞かれ、頷くリリア。

 それが本心なのか、聞かれた言葉への反射行動なのかは無表情なリリアからは伝わらなかったが、それでも食べてくれたことがリオネルは嬉しかった。

 

 数日前、目を覚ましたばかりの彼女は食べ物や飲み水を口にしなかったからだ。 


「こらこら、夕食前に菓子を食わせる奴があるか」


 病室の出入り口から聞こえてきたのは聞き慣れた担当医の声。

 その声に、リオネルは振り返ってペコッと頭を下げる。


「明日、王都を出ます」


「西に行くんだったね。分かった、退院の手続きをしておくよ。あと、お古だがうちの娘の着替えを持ってくる。しばらくは保つだろう」


「ありがとうございます」


「どうせすぐ着れなくなるからね。新しいのも買ってやるんだよ?」


「そんなにすぐ成長しますか?」


「ああ。ビックリする事になるぞ?」


 そう言って、担当医の年配女性こと、騎士団長の奥方さまは笑みを浮かべるとヒラヒラと手を振って病室をあとにしたのだった。

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