リオネルの決意
災禍の中で助け出した少女と面会するために病院を訪れたリオネル。
意識不明で数日、目を覚まさなかった少女だったが、その日、遂に少女は目を覚ました。
しかし、少女は医師の言葉に反応はするも、返答することはなく、
「先生、この子」
「心を閉ざしてしまったか。無理もないな、声は時間が経てば出るようになるだろうが、鑑定魔法の結果に【
「失感情症」
「具体的には自分の感情を認知したり、感情を言葉で表現したりすることに対して障害を抱えている状態のことを指す」
「そんな」
「もう一つ問題がある」
「これ以上の問題なんて、何があるって言うんですか」
「記憶障害だ。恐らく、いや、恐らくもなにも、両親の死に直面して」
「どうにか、出来ないんですか先生」
少女が座るベッドから離れ、出入り口付近で小声で話す二人。
リオネルは無表情なまま視線を伏せている少女に目を向けたあと、すがるように担当医の目を見る。
しかし、担当医は首を振ることなく「さっきも言ったが、魔法は万能ではない」と呟いて唇を噛んだ。
「回復魔法は体の傷を治すことに特化してきた技術だからね。基本的に精神疾患には効果がない。薬があるわけでもなし。回復するかどうかはあの子次第だよ。私たちが出来るのはカウンセリングや生活のサポートくらいだ」
「じゃあ、あの子はずっと病院暮らしなんですか?」
「面倒は見ることが出来る。だが、それでは心の傷は癒されない。一番良いのは誰かが愛情を込めて接することだ。あの子の親としてね。教会や孤児院に預けても良いが、そこだってあの子に付きっきりではいられない」
「養子縁組なら」
「確かにその方法もあるが、そもそも里親が見つかる保証がない」
その言葉に、リオネルは目を伏せる。
そんなリオネルの肩に担当医はポンと手を乗せる。
「助けたのはアンタだ。どうするかは自分で決めな。まあ、個人的な意見としては、アンタみたいな若くて逞しくて誠実な騎士殿に引き取ってもらうのがありがたいんだがねえ。里親を申し出てくる奴が、まともな奴とも限らんからな」
里子として引き取った子供を虐待したり、人身売買に使う。
そんな現実があると、担当医は暗に言ったわけだ。
「俺があの子を」
「とはいえ、アンタは次期騎士団長候補の一人でもある。子供にかかりっきりも難しいだろう。よく考えることだね。さて、アンタは明日も仕事だろ? そろそろ帰ったほうが良いんじゃないかい? 騎士さま」
そう言って、担当医はリオネルの肩から手をどけると再び少女が座っているベッドのほうへと歩き出した。
その後ろ姿を見て、リオネルは「すみません、また明日来ます」と頭を下げると、後ろ髪を引かれる思いで宿舎へと向かうためにコートを手に取ると歩き出した。
リオネルは迷っていた。
彼女を助けたのは自分だ。
助けたい、誰か一人でも。
そう思って。自分の自己満足の為に。
その結果、彼女の命は助かったが、代償だとでも言わんばかりに幼い少女は感情と記憶を失った。
自分のせいで。
災禍の中、自己満足のために小さな命を救い出した結果が現状なら、責任も自分にある。
なら、あの担当医が言っていたことは正しい。
自分があの子を引き取るべきなのかも知れない。
親として彼女を育て、一緒に生きるのが責任を果たすことになるかも知れない。
そしてそれが、あの子の両親への弔いになるかもしれない。
「浅ましい。また、誰かのためになんて考えている。結局は……自己満足じゃないか」
自分の思考に嫌気がさし、自嘲するために呟くとリオネルは往来が少なくなった道の真ん中で立ち止まり、王都上空に広がる星の海を眺める。
(それでも……俺が助けた命だ。ならやっぱり、俺があの子と生きよう。あとさき考えず、無責任に助けた、あの子のために)
リオネルは一つの決意を胸に、その日は宿舎に帰宅。
そして翌日の仕事終わりに、リオネルは城の敷地内にある騎士団の砦の騎士団長の元を訪ねた。
「随分と神妙な面持ちだな。どうした」
「単刀直入に申し上げます。私、リオネル・ハーグレイブは騎士団を退団し、騎士を辞めたく思います」
「あの子のためか」
「はい」
「そうか。今が戦時でなくて良かったな。お前の退団は残念だが、お前があの子を助けてから、なんとなくこうなるとは思っていたよ」
「申し訳、ありません」
「騎士団を退団するのも、騎士を辞めるのも許可しよう。ただしちゃんと業務の引き継ぎをしてからだ」
「は。それはもちろん」
「それともう一つ、これは頼みごとなんだが」
そう言いながら、団長は本棚から畳んだこの国の地図を取り出すと執務机の上に広げる。
「王都から西に三日ほど馬車を走らせたところに村がある。まだ開拓途中の村だ。その村を守る防衛力が足りなくてな。そこに行って欲しい」
「村、ですか」
「村と言っても住人は数百人規模。王国規定で町に認定されておらんだけで住むには悪くないはずだ。各ギルドもある。職にも困らんだろ。自然も豊かで子供と暮らすには良いはずだぞ?」
「あ、あの団長。こちらから言っておいてなんですが、手回しが良すぎませんか?」
「ふっふっふ。あの子の担当医をしている医者は、私の妻でな」
ニヤッと笑う団長の顔に、リオネルは驚いて目を丸くする。
そんな部下に団長は「さあ、どうする?」と優しく低い声で聞いてきた。
「ありがとうございます」
「あの子だけじゃない。お前にも今は休息が必要だ。ゆっくり休んで、いつか、国に危機が迫ったらその時は頼むぞ」
「はい。その時は必ず」
こうして、団長の後押しもあって、リオネルは少女を引き取ることを決意。
共に生きることをその胸に誓うのだった。
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