美しい少女と醜い少年の物語

柚月なぎ

始、美しい少女と醜い少年



 ひらり。

 ひらひらり。


 ────知っている?


 黒い蝶々は、夜を照らすあのほんのり明るいまん丸の月を喰らうんですって。


 だからお月様は、毎日あんな風に少しずつカタチを変えるのよ。でも最後の細いところまで喰いつくすと、蝶々ははらりと死んでしまうんですって。そうするとお月様はまた元の形に少しずつ戻っていくのだそうよ。


 なんだかとても、美しいと思わない?


 あなたって本当に醜いわね。

 汚いわね。

 美しくないわね。


 でもとてもとても永遠を感じるわ。あまりにも空虚で。空疎で。厭世的えんせいてきな、あなたのその性格さえも。煩わしいくらいのその外罰的な態度も。

 

 愛してる。

 きらい。

 愛おしいわ。



****



 あなたの言葉はいつも難しくてよく解らない。


 頭の悪い私は。

 焼け爛れたかのような、赤くかさかさの醜い顔の右半分。

 腫れた唇の私は。

 右足が悪い私は。

 右眼が大きな私は。

 男なのにやせ細った私は。


 あなたのいう言葉の意味は解らないけれども、とても、とても惹かれる。心を揺さぶられる。その言葉に溺れる。突き落とされる。


 天上ほどの光の渦に。

 常闇の深い深い底に。


 私はあなたに拾われたその時からあなたの物だけれど、あなたは私のことなど夜の闇に住む小鬼のように思っているだろう。いや、もっとどうでもいいものかもしれないが、(例えば道端の石だったり、塵だったり)私はあなたを愛おしいと、思う。憎いと、思う。


 愛と憎は重なり合っているのだと思う。


 あなたが壊した、あの、黒い蝶々。夏の日に。その美しく細い指先が。眼に焼きついている。離れない。離さない。


 あの黒い蝶々の、翅を引き千切るあなたの指が黒い粉で穢れる様も。悲鳴が聞こえてきそうなほどに羽音を鳴らす蝶々が終息していく様も。


 あなたはいつも美しいものを集めては壊す。醜いものを集めては自分の傍に置きたがる。


 それはなによりも誰よりも、美しいあなたを引き立てるけれども、あなたはすぐに厭きてしまうから、足元に転がる切り刻まれた単衣や重ねや唐衣たちはとても無残だと、思う。


 あなたと私の共通点がひとつだけある。


 それは私もあなたも親から疎まれ捨てられたということ。あなたは捨てられたというより、隔離された存在だけれども。それは異端な少女を隠すための手段。けれどもあなたの親は、ここに一度も顔を出さない。

 

 この無駄に広く豪華な邸は、都から随分と離れた竹林の奥に在るせいか、周りに民家はない。私があなたに拾われたのは五年前の、あの、春の夜。私が十歳の時。


 今とまったく変わらない容姿で背で長く美しい黒髪で声だったのを記憶している。


 ああ────。

 あなたは本当にずっと変わらない。出遭った時と同じ鋭いまでの美しさを纏っている。

 

 それはまるで永遠のような一瞬のような。氷の華のような。結晶のような。椿のような。そう、あの、黒い蝶のような。儚い。自然の理から乖離かいりしたあなたのそのすべてを愛し憎む私は、醜い人間。


 あの、薄紅色の花吹雪の舞う季節が、また、やってきた。


 春。

 あなたに拾われた季節。

 私が初めてこの手で狩りをした、最初の季節。

 あなたをおいていった終の季節。


 あの季節が、ふいと舞い降りる。



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