1章6話:バッドエンドのルート
この街が嫌いだった。
このどうしようもなく息が詰まる街が嫌いだった。
僕を縛り付ける街が嫌いだった。
けれど今日は僕が生まれ変わる日。"僕"というただの"男の子"は消えて、"私"という新しい"女の子"が生まれる日。
ーー僕は今日から女の子として彼のお嫁さんとして生きるのだ。
「怖くない、怖くないよ。やっと1つになれるんだ、ほの囮(か)。俺、昔からお前のことが……大好きなんだ」
目の前の男ーー僕の親友、僕の旦那様が囁く。僕は思わず頬を染めてはにかんだ。精一杯、旦那様に可愛いと言ってもらえるように。
「うふふ、僕も。嬉しいなぁ。旦那様」
「て、照れるだろ。名前で呼んでくれよ」
「はいはい。海知(かいち)。ふふ、照れるね」
「だ、だな。……ほら。目、閉じて」
もう何度と交わされた口付け。最初は嫌だったけど、彼のことを好きになってからは幸せな行為に変わった。みんなの前でだって幾らでも出来る。ああ、幸せ。
近くから拍手が聞こえて来る。きっとこの音の主は、
「良かったね、良かったね! 感謝してね、ボクが君達の恋を成就させてあげたんだからっ! ぬふふふっ!」
彼女、村上ニコラだろう。彼女は、いや『神様』は全てが彼女のシナリオ通りに進んだことを喜んでいるのだろう。感涙だろう。
ーーそう、僕は彼女に完全敗北した。
彼女の思う通りに旦那様と結ばれ、そして今、これからの人生を女としてこの街に捧げることを誓うのだ。でもそれでいいのだ。
少し前まで心を殺そうと必死だったけど今はとても幸せだ。
夏葉に想いを抱いていた時期もあったけど海知とニコラがそれを全て塗り替えた。
息苦しい街だったけど、息苦しさを受け入れてしまえばどうってことない。海知と結ばれた瞬間、僕の中で何かが壊れた。そんな決定的な接吻もこれで何度目なのだろうか、数えるのもやめてしまうくらいだろう。
「これであの子も町の大人ね」
「お姉ちゃん綺麗〜。もう男とは思えないね!」
「ほの囮、可愛いわよ」
ぱちぱちぱち。
拍手の音。
「さぁ、誓いの交わりを」
ビクッと震える。
此処まで僕の貞操が保たれてきたのはこの時の為だ。この時、この瞬間に僕は処女を捨てて大人のオンナになることを求められる。そうして僕は町の人間として、『神様』の巫女として仲間入りを果たすのだ。
唇だけじゃない。これからはきっと僕の全てが、オトコとしての全てが奪われる。受け入れるようになってしまった体も、殺そうと努力してきた心も全て。
でも、でも、そんなの要らなかったんだ。だって今僕はこんなにも旦那様と繋がることを求めているんだから!
「えへへ、やっとだね」
「ああ。脱ぐの、手伝うぞ」
町の人たちは待ってましたとばかりに再び拍手した。動画の撮影までしている。これは花嫁が今後町から逃げ出さない為の保険らしい。そんなことしなくても逃げないってば。
何十、何百の人が見ている中で僕は今から……あぁ、ほんとに……。
「恥ずかしいけど、幸せ♡」
しゅるしゅると白い着物が脱がされていき、僕の真っ白な肌が露わになる。この身体を見て男のものだと思う人はいないだろう。
全体的に女性らしい丸みを帯びた身体。それでいてすらっとしている。真っ白な肌には海知の愛情表現の証も少し刻まれてて恥ずかしい。
「1つになろうな、ほの囮」
「うん、きて、海知」
ああ。
「メス堕ち、完了♡」
ニコニコ笑う『神様』。僕と旦那様とのキューピット。彼女に背中を押されて僕たちはくっついたと言っても過言じゃない。
「優しくしてやるから、な?」
目の前の旦那様。成長して更にカッコ良くなった。昔は親友だったけど今は大切な大切な恋人。えへへ、今日もかっこいいなぁ。
「ほの囮……女の子として幸せになってね」
初恋だった女の子、赤泊夏葉。
好きだったけど、今は海知が好き。もう夏葉を見ても同性の友達って気持ちしか湧いてこない。えへへ、自分が女の子って存在に近づけた気がして嬉しいな。
「お姉ちゃんのエッチなとこ見届けてあげるよ!」
弟。僕に沢山女装をさせてきた困った子。恥ずかしかったけど、今では着せ合いっこさせるのが癖になった。もうっ、えっちなこととか言わないでよぉ。
「これで私たちの家からまた花嫁を出せるのね」
「あぁ、喜ばしいことだ」
「アタシにまた妹が出来るのねぇ!」
家族。僕を無理やり女の子として学校に通わせたから最初は嫌いだったけど、今では感謝してるよ。えへへ、セーラー服可愛いんだもん!
「美しい花嫁じゃ。さぞお慶びになるじゃろう」
「そうねぇ」
「違いない」
「ちぇっ、ちょっと狙ってたのによぉ」
「俺もだわ〜」
街のみんなやクラスメイト。みんなにも沢山弄られて、弄られて、時にはセクハラもされたけど諦めてからは少しずつそういうのも嫌じゃなくなった。むしろ……えへへ、恥ずかしいからいわなーい。
うん、みんなみんな、本当の本当に……だーいすきだ!
「みんなありがとう。私(・)、幸せになるね。……あっ♡」
この日、私は身も心も完全に女の子になった。
私ーー犀潟ほの囮は息苦しかった北湊で、海知のお嫁さんとして生きていく。
北湊だーいすき!
◇◆◇
「あーあ、このエンド生で見たかったなぁ。なんで上手く行かなかったんだろう? この一枚絵(スチル)とかやばくない!? ほの囮のメス顔、完全にオンナの悦び知っちゃった顔じゃん!」
パソコンのキーボードをダンダンと叩く。
そこには一糸まとわぬ姿のまま恍惚とした表情で海知に抱きしめられているほの囮の姿があった。
うーん可愛い! ていうかエッチ! これまだちん○んついてるんだよ? お得!
などと言ってる場合じゃない。この『ルート』は今のままじゃ見られないのだ。今はバッドエンド回収で映像は見れたが、これを生で体感する為にボクーー村上ニコラはこのゲーム盤で遊んでいるのだから。
『ルート』っていうのは『あり得たかも知れない世界』のこと。分岐した先の確定した世界がさっきのそれだ。あの時ほの囮が逃げださずに諦めていれば今頃ああやって2人は幸せなキスをして終了していた筈だったのだ。
なのに、なのに、
「ねえ、ボクなんか間違ったかな?」
隣の席に座り画面を眺めていた『彼女』に尋ねる。
少し癖毛気味な茶髪のミディアムカット。それに赤い縁の眼鏡をかけた女の子ーーボクが隣の席に座っている。けどその『彼女』はボクではない。
『彼女』は画面を見ていたけど暫くして「ふぅ」と息を吐いた。結構お気に召したらしい。
「現状、特に問題はなかったわねぇ。ま、このエンディングは幾らでも生み出せるエンディング、このまま彼の心をべきべきにへし折っていけばいずれはこのルートに至るわよぉ。我、断言ス」
「それならいいや! ぬへへ、待ってろよぉほの囮あ。絶対逃がさないからねえ! その為にボクは、『巫女』になったんだから!」
そう、ボクはその為に『彼女』もとい『色恋の神 (通称:ラブコメ様)』の『巫女』になった。
目の前の男色の神はボクと姿形が瓜二つだ。けれど彼女は神様で、ボクはその巫女という差がある。
巫女であるボクはこうしてラブコメ様の作り出す小さな小部屋の小さなパソコンの前でゲーム盤の進捗状況が見れるのだ。
ここは現世から隔離された言わば精神世界のようなもので、ゲームで言うロード前のメニュー画面みたいなものである。
「ラブコメ様はさぁ」
「我は『色恋の神』、そんな名前じゃないわぁ」
「えーまだ認めてなかったのぉ。呼びやすいんだからいいじゃーん。それとも本名教えてくれるのー?」
「そうねぇ。ニコラがこのゲーム盤を完成させたら教えてあげようかしらぁ。我、約束ス」
「へぇ楽しみだなあ。ってそうじゃなくてさ、ラブコメ様は時を戻せたりとかできないの? ゲームの世界ならセーブ&ロードは基本じゃない?」
ここは不満点だ。メニュー画面が開けるのにゲーム盤においてゲームは不可逆。色々とイベントに細工をすることは出来るけど、選択肢をやり直して物語を進行させることは出来ない。だからこうしてパソコン画面で、確定した世界を見ることしか出来ない。
ルートーー透明なUSBみたいな物体をパソコンから抜き出す。そこには【犀潟ほの囮・エンド1】と書かれていた。
「ゲーム盤とは言え時の流れは不可逆よぉ。けどこうして盤上の駒である各キャラクターの結末を見れるだけでもヒトの域を超えているわぁ。充分じゃなぁい?」
「うー! ボクも見たいけどさぁ。でも神様なんでしょ? 望んだ結末を作ることくらい」
「そう、望んだ結末を作るために今こうしてゲーム盤を作って遊んでるんじゃなぁい」
「……? ドユコト?」
「ニコラはただ我の巫女としてゲーム盤を進めてくれればいいのよぉ。ま、彼にばっかかまけてて貰っても困るけどねぇ」
自分と同じ顔で凄い邪悪な笑みを浮かべられると気味悪いなぁ。
「それじゃあこのエンディング目指して当分は頑張ろうかなあ」
「うっふふふ、我を楽しませてくれるっていう目的、ちゃんと忘れてないようねぇ」
目的。
そうだ。
ボクはラブコメ様の巫女として、極上の物語を提供することを求められている。それも極上のBLを。
色恋の神といいつつ、彼女の求めるものはBLだったりする。異性愛もいいけど、同性愛はもっと滾るものがあるんだとか。
「極上の恋バナ、ちゃんと提供するからさー。ほの囮以外にもたくさん美味しい要素を作ってあるしねぇ」
「女の子ヒロインがいる中でこそ男同士ってのが際立つ、だったかしらぁ? 一理あると思うの。ノンケだった人達が、異性の存在がある中で同性を選び堕ちていくってのが滾るものねぇ! あぁん! ほんとに滾ってくるわぁぁ!」
「わかってるぅ! 折角面白いゲーム盤を作って貰ったんだから、最高に面白い舞台と物語を作り上げないとね! ぬふふふふ、忙しくなるぞー!」
ボク自身、ラブコメ様のことはよく知らない。
けど彼女にも目的がある。だからラブコメ様に協力してこの世界を作り上げた。こんな息苦しい、狭苦しい街の中じゃ実現できなかったことを、今の街なら実現できる。そう信じて。
「待っててね、夏葉。絶対ボクのモノにしてみせるんだから」
この最高の街でボクは神様なのだから、望んだものは全部全部ぜーんぶ手に入れて見せる。
海知がほの囮と、ボクは夏葉と。これで4人ずっとこの街で、この最高の世界で一緒に居られるんだ!
「ぬふふ。それが君に許された唯一の幸せなんだよ、ほの囮」
精神世界から帰ってくると、教室ではみんな呆然としていた。
そりゃそっか。大人しいほの囮があんな風に叫んで逃げちゃったんだから。
取り敢えず海知のフォローくらいはしておこうかな。
柏崎海知。ボクの幼馴染。贔屓目なしにイケメンだと思うけど、ボクの夏葉を取られたくないな。絶対引き離して、海知にはほの囮とくっついて貰うんだからっ!
「大丈夫だよ、海知。きっとほの囮は恥ずかしいだけなんだよ。ぬふふ、ちょっとずつ説得していこ?」
「あ、ああ、そうだな」
「誰だって自分らしく生きたいだろうしね。ほの囮も女の子として生きた方が幸せだよ、絶対」
「ああ、ニコラの言う通りだな。だからこそ俺があいつを……」
海知はほの囮に好意を持っている。ほの囮は夏葉に、夏葉は海知に、そしてボクは夏葉に。本当に上手く行かないもんだなと思う。海知がヘタレすぎてほの囮に手を出せないってのもあるが。
でも、それ故にボクは海知の背を押すよ。あのエンディングはみんな幸せだった。それならあのエンディングでみんな一緒に幸せになるべきなんだ。なら、海知にはほの囮とイチャラブして貰わないとね!
「みんなで幸せになるんだから」
「ん? なんか言ったか、ニコラ?」
「なんでもない! ほら、ほの囮追いかけなくていいの?」
「あ、ああ! 行ってくる!」
頑張ってよね、ボクの駒として、ね。ぬふふふふっ!
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