第11話
ゆっくりと目が覚める。漫画やアニメでよく見る、『見知らぬ天井』をまさか自分が経験することになるとは。まだ熱っぽいが、倒れる前のフラフラとした感覚は無くなった。しかしどれほど寝ていたのだろう。どこかのホテルと思わしき建物のようだが。窓の外は暗い。確か倒れたのが朝だったから、一日無駄にしてしまったのだろうか。ぼうっとしていると、バタバタ足音が聞こえる。どうも一人分ではない。ビスにしては足音も大きすぎるが、他の誰かもこのホテルに居たのだろうか。ドアが開き、鈴本が入ってくる。野宮が目を覚ましたことに気がつくと一目散に駆け寄ってきた。
「野宮!やっと目を覚ましたんだね!」
「ごめんね、一日潰しちゃった」
「言いにくいんだけれど、一日どころか一週間は眠っていたよ。水分は口に入れたら飲み込んでくれたけど、お腹も減っているでしょう」
野宮は驚愕した。まさか一週間も目を覚まさなかったなんて。とんでもないタイムロスになってしまった。それ以上に、自分の体が心配だ。何が起こっているのだろう。
「ごめんね、心配かけて……。一人で看病も大変だったでしょう」
「ううん、実はね」
そのタイミングでドアが開く音がした。入ってきたのは二十〜三十代の男性。はて、知り合いにこのような男は居ただろうか。
「会うのは初めましてだね、野宮さん」
声を聞いてピンときた。
「お、丘木さん!?」
「君たちを迎えに行こうと数日前に出発したんだ。ここの街に入ったところで電話をかけてみたら、鈴本さんから君の状況を聞いてね。このホテルに運び込んだんだ」
枕のそばには様々な薬や水、湿った布巾が置いてある。看病の苦労が伺えた。
「運がいいよ。僕は医者をやっていたんだ。たいそうな病院には居なかったけどね」
「本当にありがとうございます……。なんとお礼を言ったら良いのか」
野宮は深々とお礼をした。いやいや、と丘木は野宮に一箱の薬を差し出した。
「今の所この薬が君に合っていると思う。今は元気になったと思っていても、油断はできない」
「あの、私の体って一体どうなっているんですか」
恐る恐る尋ねてみると、これは僕の憶測だが、と前置きをつけて丘木は話し始めた。
「野宮さん、一年前に流行り始めた新型ウイルスにかかったことはあるかい」
「はい、高熱とだるさのような……症状はそれくらいだった気がします」
「これはただの病原菌じゃないんだ。他国が開発した兵器と言っても過言ではない。このウイルスの怖いところは、症状が治っても体に留まり続けること。そして……」
水を持ってきた鈴本が少し気まずそうに俯いている。
「二度目にかなり重い症状を出すこと。致死率は……言いたくないんだが、ほぼ百パーセントに近い」
「野宮、本当に時間の問題になってきちゃった」
あぁ、そうなんだ。野宮は案外すんなりと受け入れることができた。先に聞いていたのであろう鈴本はぎゅっと目を瞑って涙を見せないようにしている。もらった水を飲み、ふうと一息。
「時間がないのは十分分かりました。夜が明け次第出発しましょう」
野宮は立ち上がり、着せてくれたパジャマから服へ着替える。
「野宮、体は大丈夫なの」
「元気って言ったら嘘になるけど……このまま諦めるよりも行けるところまで行った方が良いもの。苦しくなったらちゃんと伝えるから。……ごめんね、心配かけて。寝られてる?」
「ううん、私は大丈夫。……でも、やっぱり怖いよ」
ぎゅうと抱きしめる。野宮もそれに応えるようにしっかりと鈴本を抱擁した。丘木は野宮の言葉に納得すると、部屋を出ていく。
「明日朝四時。このホテルのロビーで落ち合おう。それまで仮眠をとるよ」
それだけ言ってドアを閉めた。鈴本は今日は心配だから野宮と寝ると荷物を持ってきた。ビスも一緒だ。スマホを見ると午後八時。今から寝ても十分睡眠が取れそうだ。
「おやすみ、鈴本」
「うん、おやすみ」
短い会話ですぐに寝た。一週間も眠っていたので寝られるか心配だったが、眠気はすぐに来た。次は明日起きられるように、祈りながら目を瞑った。
目覚ましの音で目が覚めた。午前三時三十分。カーテンの外を覗くと流石にまだ暗い。さっと準備を済ませてロビーに向かうとすでに丘木が居た。
「あぁ、良かった。ちゃんと起きることができたんだね」
「おはようございます」
念の為に持っていくと折りたたんだ車椅子を傍に、ホテルを出発した。暗くて街並みはよく見えないが、駅の大きさ的におそらくまぁまぁな都会にはなるのだろう。沈黙が続く。
「丘木さんは何故私たちを迎えに?」
「正直に言うと、まさか歩いてくるとは思わなかったんだ。君たちはもう高校を卒業しているのに、車の一つもあって良いだろう。田舎町に住んでいるのなら尚更だ」
「あぁ……瓦礫が酷かったのと、車に頼っていたら故障などで止まった時に大変だなって」
実際、野宮の家の周りも鈴本の家の周りも瓦礫や倒木で車なんて通れたものではなかった。車はこの道中でいくらでも見かけた。中には乗ることができるものもあったが、あえて乗らなかったのもこの考えが元にある。それでも早く両親の元へ行きたいので、朝早くから出発していた。
「そうだったのか。考えての行動だったんだな。それは失礼」
「ところで、野宮の両親含めて桜花市には誰もいなかったというのは……?」
鈴本がひょこりと顔を覗かせた。あぁ、と丘木はバッグからスマホを取り出し、アルバムアプリを開いて二人に写真を見せた。
「以前も言ったが、僕は桜花市の出身なんだ。医者になって、地元に診療所を開いてね。戦争が始まった時も新型病原体が蔓延った時もなんとか治療を続けていたんだが……」
最初に見せられた写真は、綺麗な住宅街。その一角に『おかき診療所』と書かれた看板と小さな建物が写っていた。丘木が写真をスライドすると、今度は平和な街並みから一変、崩れた家だらけの荒れた景色に。診療所も上半分が崩れている。遠くには火事なのか、煙がいくつも上っているのが確認できた。
「戦況が激化し、いよいよ桜花市にも火の手が迫るとなり、住民は一斉に避難をするように言われた。張り巡らされた地下道を通り、県を跨いで山の近くに移動したんだ。おそらく野宮さんのご両親もその時に桜花市に居たんだろうね」
「つまり、今の状況が変わらなければ、野宮のご両親も避難先に居る……かもしれない!?」
「実は……」
丘木は一枚の紙を取り出し、野宮に渡した。四つに折られた紙を開くと、ノートの一ページを破ったものだった。土汚れが付いている。
『私たちは無事です。来てくれてありがとう。場所は――』
殴り書きだが、それでも母親の字だとはっきり分かった。
「こ、これって」
「一度桜花市から戻った後、カウンセリングも兼ねて避難した人々一人一人に話を聞いていたんだ。その時に、わざわざ五百キロも離れた場所から来られているご夫婦が居たものだから、気になって話を聞いてみたんだ。そうしたら君たちのことを話してね」
開いた紙に涙が溢れる。無事で良かった。それだけでここまできたかいがあったと思わせてくれた。
「私たちと両親を繋いでくれて、ありがとうございます……!」
「桜花市にしばらく滞在していた時、君のお母さんのスマホを見つけた。本当はすぐに返すべきなんだろうが、連絡用に預からせてもらったよ」
済まなかった、と母親のスマホを野宮に返した。少し汚れているが、充電もされてしっかり起動する。野宮はスマホをぎゅ、と少し抱きしめた後、リュックの中にしまおうとすると、その母親のスマホが振動した。電話だ。画面を見ると父親の名前が表示されている。一年ぶりの親との会話。野宮は深呼吸をして画面をスライドした。
「も、もしもし、お父さん」
久しぶりに聞く父親の声、第一声は何を話すのだろうか。
週末、君と私と、終わった世界で @chashiro_kon
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