第9話


モールの中は地元よりも荒れ果てていた。床はひび割れ、商品棚はほとんど倒れ、その中身は無くなっていた。様々な店舗に入ったが、いい収穫は無かった。これだけ大きなショッピングモールなら多くの人が集まり、物資も奪われてしまうのだろうか。捨てられたポテトチップスの袋を踏み。滑りそうになる。

「いくら終わりが迫ってるからって、マナーがなって無さすぎでしょ……」

 ぶつくさと愚痴をこぼしながら広い店内を歩く。すると突然、館内放送のチャイムが鳴り始めた。

『本日は当店にお越しくださり、誠にありがとうございます。現在、一階の広場にてイベントを開催しております……』

 誰もいないはずだと思っていたが、急な館内放送にびっくりしつつ、人がいるかもしれないと期待が高鳴る。広場といえば今まさに野宮と鈴本がいる場所。当然ながらイベントなんてものはやっていない。パイプ椅子や折り畳みテーブルが無造作に散らかっている。二人は顔を見合わせ、急いで館内に人がいないか探す。サービスカウンターやレジ、スタッフしか入れない裏口まで入ってみたが、人は居なかった。ただ一つ、放送装置と思われる機械の電源が入っていた。放送は人によって行われるはずだ。しかし機械の周りに誰もいない。諦めてかき集めたなけなしの物資を持って店を出ようとする。ふと鈴本が見上げると、三階の吹き抜け部分に人影がいる。目が合った。女性だ。

「野宮!誰か居る」

 ビスを抱き上げて止まったエスカレーターを駆け上がり、女性の元へ向かう。逃げられてしまったらどうしようかと考えたが、彼女は待っていてくれた。夏らしい白のワンピースを身に纏った女性はこのあれたモールにはふさわしくないような気がした。優雅に近くのソファに座り、にこやかに微笑んだ。

「こんにちは、冒険ごっこでもしているの?」

「いや、ごっこではないんですが……。あぁ、私は鈴本。こっちは野宮。お姉さんは?」

 二人はおずおずと彼女の隣に座って名前を尋ねた。

「私は多賀谷。ここで働いていたんだけど、こんなことになってから暇になっちゃってね。久しぶりにここに来て遊んでいたの。あなた達は若いのに、移住はしなかったのね」

「乗り遅れちゃって……。多賀谷さんもですか?」

「足の悪い祖母がいたの。みんな祖母を置いて逃げようとするから、私がここに残って面倒を見ていたんだけど……。半年前に死んじゃった」

 寂しそうに笑い俯く多賀谷。鈴本の膝に乗せていたビスがにゃあんと鳴いた。

「猫ちゃんを連れているのね。可愛い」

 多賀谷に撫でられると気持ちよさそうに目を細めた。

「私はね、今この町で清掃活動をしながら暮らしてるの。いつかこのモールも綺麗にして、残った人が楽しく遊べるようにしたいの」

「素敵だと思います。時間があれば私たちも協力したいのですが……」

「あら、何か予定があるの?」

 多賀谷は少しだけ悲しそうな顔をした。確かにこれだけ荒れた店内を再生できたらどれだけの達成感があるだろう。しかし、今は時間が無い。

「ごめんなさい。今、私の両親を探すために桜花市まで移動しているんです。だから貴方の計画には参加できない」

 正直に話すと、多賀谷は目を丸くした。

「桜花市って……ここから三百キロ以上あるわよ!?まさか歩いて?」

「そうです、車の免許も無いので」

 口をあんぐりと開けてしばらく驚いている。そのうち意を決したようにソファから立ち上がると、「着いてきて」と二人を促した。やって来たのは立体駐車場。車やバイク、自転車などが無造作に置かれている。多賀谷はキーのボタンを押すと、ピッという音と共に一台の軽自動車のライトが光った。

「乗って。ガソリンタンクが空っぽだからガス欠で止まるまでだけど、乗せていってあげる」

 野宮と鈴本は顔を合わせて歓喜市、深く頭を下げてお礼を言った。中はうっすら芳香剤の香りがした。助手席に野宮が、後部座席にビスを抱いた鈴本が座り、ベビーカーはトランクに乗せてもらった。

「すみません、お世話になります」

「良いのよ、年上だもの。カッコつけさせて」

 膝下のボタンを押すと、ブルルンとエンジンがかかった。駐車場を出るとそのまま桜花市方面に進んでいく。当たり前だが、やはり徒歩よりも早い。瓦礫を器用にかわし、どんどん進んでいく。遠くのビル群が過ぎ去っていく。なんだかこのまま桜花市まで行けそうな気がした。

「二人はどこから来たの?」

「私は青代町から」

「私は紅花市から!この猫ちゃんは旅の途中で拾った子なんです」

「そんな遠くから!?尚更ここで出会って良かったわ」

 車はどんどんスピードを出す。高速道路に乗ってくれたのは嬉しいが、途中で止まってしまったらどうしようと考えた。その瞬間、ガタガタと車体が揺れた。地震かと思ったが、運転席のパネルを見るとどうやらガス欠らしい。

「ここまでみたい。ごめんなさいね、もっと遠くまで乗せたかったけど」

「いえ、本当にありがとうございます。多賀谷さんはこれからどうやって……」

「いいの、時間はあるし、ゆっくり帰ってまた日常を始めるから。気をつけてね」

 高速道路のど真ん中で多賀谷とはお別れ。幸いこの先にサービスエリアと一般道に出られる道があるのでそこまで進む。緑色の看板が見え、サービスエリアの入り口に入った。中はこれまた荒れている。むしろいつかに寄った土産物店のように綺麗に残っている方が珍しい。ビスにおやつを与えながら店内を見て回る。大きめのサービスエリアなので土産物コーナーはもちろん、フードコートや足湯まである。持ち帰りの温泉水自動販売機があるところを察するに、この近くは温泉街だ。トイレと食事を済ませたら、高速道路の出入り口まで進み、坂を降りる。予想通り、少し先に『橙山温泉 入り口』という看板を見つけた。ゆっくり浸かりたいところだが、生憎そのような時間は無い。探索をして旅館に泊まれれば万々歳だ。昼間はとても暑かったから、今日も早めに涼しいところで就寝し、また次の朝早く出発する方向で決まった。温泉街に入ると古びた老舗旅館から最新の大きなホテルまで多くの宿泊施設が連なっている。一つ一つ見て回りたいくらいだ。

「どこに泊まろうねぇ」

「なるべく綺麗な状態のところが良いんだけど……ここはどう?」

 野宮が見つけたのは一際目を引く大きな旅館。野宮は昔ながらの伝統的な建物に興味があり、以前寄った城下町でも密かにワクワクしていたほどだ。

「おー!高級そうだし、なんか良いとろ見つけちゃったんじゃないの?入ってみようよ」

 鈴本も興味を示し、早速中に入ってみる。今どき珍しい、回転式のガラス扉。本来ならば中居さんがすぐそばに居て、「いらっしゃいませ」と声をかけられるのだろう。綺麗な状態を保っていた館内は広いロビーに大きな螺旋階段、大理石のカウンターが目を引く。

「すごいね、こんなところ泊まってみたかったんだ」

「珍しいね、野宮がここを選ぶなんて」

 鈴本には言っていなかった。階段を登ると大広間。テーブルや椅子がいくつも並べられ、食事の会場になっていたらしい。柱に貼られた館内図を見ながらエレベーターを探す。見つけた乗り場のボタンを押してみるが、そこで電気が通っていなかったことに気がついた。仕方なく非常階段を登って最上階の客室に向かう。どうせなら景色の良いところで寝てみたいという二人の思いが一致したから。ダブルベッドの部屋を見つけ、ベッドにダイブ。埃は立ったが、ふかふかだ。

「あぁ、今日はラッキーだったね。車に乗せてもらえて、こんなに良いホテルも見つけて」

「本当に!明日からもまた頑張れそうだよ……ん、ゴホッ、ゲホ」

 また咳が出た。鈴本が水を渡してくれたが、止まりそうにない。そのうち咳き込みすぎてゲホッと吐き出してしまった。

「え……?」

 鈴本の顔が青ざめたのは、野宮のつけていたマスクが吐瀉物で赤く染まったから。野宮が思わず息をのむと、ゴロゴロと痰混じりの音がした。

 

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