第8話


思っていたよりもトンネルの中は長く、ライトも消えているため先が見えない。それでも雨風を凌ぐのには十分だった。少し奥まで進んでみると非常用出口や消化器が等間隔に設置されており、それが使われている場所もいくつかあった。天井の大きなファンが外からの風で少しだけ回っていた。少し進んだところであまり汚れていない場所を本日の寝床に決め、早速火を起こした。古新聞紙にライターで火をつけ、木の枝や薪を焚べて焚き火にする。

「こんな暗いといつ夜になるのかわからないね」

 電気も通っていない暗いトンネルの中では焚き火の灯りだけが頼りだ。ベビーカーから下ろされたビスは最初火に怯えていたが、それが危害を加えないものだと知ると近づいて暖をとっていた。

「ちょっと早いけど、ご飯にしようか。そろそろ乾パンも飽きてきたでしょ」

 鈴本がリュックから取り出したのはアルファ米。水やお湯を入れて待つだけでほかほかのご飯が食べられる。小さな鍋で水を沸かし、袋の中に入れてしばらく待つ。開けてみると湯気とともに白米のいい香り。早速持ってきたふりかけや梅干しを乗せて食べる。あの日久しぶりにご飯を炊いて食べた日を思い出した。

「美味しいねぇ」

「もっと入れておけば良かった。数が少ないから大切に食べようね」

 あっという間に平げ、片付けて就寝することにした。

「さっきも言ったけどさ、暑くなるから早朝や深夜から出発しようと思って。今日は試しに目覚ましかけて日の昇らないうちから歩いてみようよ」

 随分と早い就寝には理由があった。鈴本が寝袋をセットしながらそう言って、さっさと眠ってしまった。野宮も夏用の寝袋を広げ、中に入る。キャンプ用品なんて初めて使った。インドア派の人間だった野宮が日夜歩いて野宿するなんて自分でも思わなかった。人生何が起こるかわからないものだと考えながら眠りについた。

 スマホのアラームが鳴ったのはそれから八時間後。午前四時を示している。二人はパチリと目を覚まし、同時に起き上がった。寝袋をしているとはいえコンクリートの上で眠ることに抵抗はあったが、意外と目を覚まさなかった。寝袋を畳むことに苦戦しつつなんとかリュックの中にしまい、ビタミン剤をごくり。まだ夢の中にいるビスの乗ったベビーカーを押して出発した。ひとつひとつの音が反響する。外が今どうなっているのか、明るいのか暗いのか、晴れているのか雨なのか全くわからない。体感で十五分は歩いただろうか。やっとそとが見えてきた。下りの道なので朝日が登るのが見えた。トンネルを抜けると景色は森の中。しかし遠くに住宅街だろうか、家のような建物が集合しているのが見える。

「見えた!もうすぐ山を降りれるね」

 思わず足が早まる。ビスも起きたようでニャーと小さく鳴き声が聞こえた。朝日に照らされた街がオレンジ色に光る。いやに眩しく思えた。アスファルトの下り坂を小走りで進む。湿った道から雨上がりの香りがした。

「まさか山に当たるなんて思わなかったけど、道が綺麗で良かった。思ったより早く乗り越えられたね」

 下りが終わるとそこは住宅街。比較的新しい家々が規則正しく並んでいる。一応調べてみたが、どこもしっかり施錠してあり、中に入ることはできなかった。

「泥棒になったみたい」

「ふふ、もう今更じゃない?」

 住宅街の真ん中に大きめの公園があった。『緊急時指定避難場所』と緑色の看板が立っている。テレビで見たことがある。かまどに変形するベンチ。ポンプ式の井戸、開けると簡易トイレになるマンホール。最近にできた公園などはこのような防災設備が整っているところが多い。ここもそうだったのだ。試しに井戸のレバーを押してみると水が出てきた。井戸水ならそのまま汲んでもよさそうな気がして、いくつかとっておいた空のペットボトルに水を入れた。念の為にあとで煮出せば安心して飲める。

「この先を真っ直ぐ行ったら……あ!遊園地があるみたい」

 地図を見るとこの住宅街から数キロ先に大きめの遊園地が記してある。県境とも近い。

「早く行こう!どんなところか気になるもん」

 明らかに遊ぶ気満々の鈴本。目も輝いている。

「……少しだけだよ。ビスもいるし」

 ビスは朝食にカリカリのご飯を食べている。安い餌にも慣れさせておくためにいくつか種類を買っておいた。顔は不満そうだが、一応完食はしてくれた。ビスを放して遊ばせている間に今日の日程を決める。

「遊園地でちょっと遊んで……それから高速道路を横切ったら県越えか。目的地まで半分ってところだね」

「市街地も近いし、食料や日用品のストックも調達しようか」

 さてとベンチから立ち上がった時、野宮のスマホが震えた。画面を開くと母親のスマホから。丘木からだ。

「もしもし」

『あぁ、特段用事は無いのだが、生存確認のために定期的に連絡をしようと思ってね。調子はどうだい』

 知った声を聞くと、例え顔を知らなくても安心する。……そういえば、この通話アプリにはビデオ通話機能もあったことを思い出した。

「はい、私も友達も元気です。あの、もしよろしければビデオ通話に切り替えてそちらの様子を見せていただけませんか」

『それはいい提案だ。今切り替えるよ』

 画面を切り替えるボタンを押し、少し待つと画面が切り替わった。画面の先を見て二人は絶句した。ひっくり返った車、瓦礫だらけの道路、ちぎれた電線、壁の一部が剥がれて鉄骨が剥き出しになったビル。野宮たちが住んでいるところよりもはるかに荒れ果てた光景が目に入った。

「これは……」

『僕はこの辺りの出身なんだが、特に争いが激しくてね。一度避難した後に戻ってきたらこの有様だよ』

「りょ、両親は!誰か丘木さんの周りにはいるんですか!?」

『喜ぶべきか残念がるべきか、今のところ僕の周りには誰も居ない。数週間かけてくまなく探してみたが、少なくとも桜花市には人一人居ないようだ』

 内心ほっとしたのは良くなかったのだろうか。母親のカバンが転がっていたであろう桜花市に誰もいないとなると、両親は

 荷物を放って一体どこへ行ったのか、謎は残るが今はとにかく丘木との合流を目指そうと考えた。野宮は冷静さを取り戻し、情報ありがとうございますと締めて電話を切った。

「どこにいるんだろう、お父さん、お母さん」

「桜花市には居ないって聞こえたけど……大丈夫?このまま目的地変えなくてもいいの?」

「ひとまずは丘木さんと会ってみようよ。頼れる人が居た方が良いし」

 ベンチから立ち上がる。遊園地はやめにしてその先の大型モールを目指すことにした。ベビーカーを押して出発する。遠くに見える観覧車が朝日に照らされて光っている。

「遊園地はまた今度だね」

「修学旅行以来、皆で行ったことも無いもんね。いつかそんな日が来れば良いのに」

 じわじわと暑くなる。地図を見るとあと五つ県を越えれば桜花市だ。気の遠くなりそうな距離だが、確実に近づいてきている。後何日で到着するだろう。計算していると住宅街から段々と店やビルが多くなってきていることに気がついた。また一つ県を越えた。丘木に会えるまで、両親の手がかりを見つけるまでもう少し。大型モールまで後三キロを示す看板が出てきた。しかしながら、街の荒れようが少し激しくなった気がする。

「国の中心に向かうにつれて段々と建物が壊れていってるね」

「この辺り、ニュースで見たことがあるかも。爆撃を受けて多くの人が亡くなってた」

 民家もビルも関係なく壊れている。痛々しい光景に目を逸らして先を急いだ。蝉が鳴き始める頃、モールに到着した。窓は割れ、壁は剥がれ、商品棚がいくつも薙ぎ倒されている。

「まぁ、これだけ大きい建物だと標的になるよね……」

「安全に気をつけて入ろう。食品売り場にまっすぐ行って、必要なものだけ調達して」

 二人は足早にモールの中を駆け抜けた。

 

 

 

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