第7話


歴史的な建物が並ぶ、伝統的な街並みの中を歩いていく。まるで昔にタイムスリップしたようだ。その建物の大半が土産物店や食事処と書かれている。観光地のようだ。

「映画のセットみたいだね。ここはどの辺り?」

 鈴本が地図を持っている野宮に尋ねた。野宮は立ち止まり、地図帳をペラペラめくる。

「あった、ここは県の中でも有名な城下町だって。近くに城跡があるみたい」

 まっすぐ伸びる道の先には小高い丘があった。そこに昔小さな城があったらしい。石垣が少し残っているのが遠くから見えた。

「行ってみたいけれど、先を急がなくちゃ」

「お土産屋さんだけ見ていい?ちょっとだけ!」

 お願い!と両手を合わせて鈴本が頼みこむ。確かにこの風景を鵜通りするのも……と野宮も心のどこかで思っていた。

「わかった、好きなお店に行こう。選んで」

「やったぁ!思い出が欲しくてね」

 鈴本は目についた店を片っ端から外から眺める。その中で気に入った店の中に入った。野宮もビスを連れて入る。そこは荒らされた形跡も無く、まるでまだ営業しているかのように綺麗に商品が陳列されていた。お菓子、ご当地キャラクターのものと思いしきぬいぐるみ、Tシャツ……。鈴本はぐるりと店を一周し、その中から小さなキーホルダーを手に取った。透明なガラスの中に宝石が埋め込まれた、日に透かすと宝石の中で反射する。

「野宮の誕生日は何月だっけ?」

「七月だけど……」

「じゃあ、これだ!はい」

 鈴本に渡されたのは赤い宝石が埋め込まれたキーホルダー。タグにはルビーと書いてある。九月生まれの鈴本はサファイアを選んでいた。

「えへへ、お揃いだね」

 嬉しそうにはにかむ鈴本。それを見て野宮も嬉しくなった。店を出ると日が落ちかけていた。今日の宿を探さなければいけない。

「こんな雰囲気だし、旅館とか探せばありそうだよね」

「先に行ってみようか。どこかにあるかもしれない」

 店が連なる道を抜けると、一気に景色が現代に戻る。どうやらあの通りで終わったらしい。昔と現代の街並みが並んでいるのもなんとも不思議な光景だ。境目の頭上には『またおいで』と書かれたアーチが建てられている。

「お、終わっちゃった!?」

「小さな通りだったね。ガイドブックにもあまり大きくは載ってないし、知る人ぞ知る街だったのかも」

 仕方がないので宿を探しに再び歩き出した。幸い夏となった今は日が落ちるのが遅い。まだ明るいうちに安全を確保しなければならない。しばらく歩いて小さなビジネスホテルを見つけた。

「今日はここにしようか」

 入ると当然ながら明かりはついておらず、差し込む西日のおかげで明るい。階段で上がり、適当な部屋を見つけて中に入った。昨日泊まったホテルよりも部屋が狭いため、一人一部屋にした。

「ビスはこっちが預かるよ。動物の世話は慣れてるから」

 鈴本がビスを乗せたベビーカーを押して野宮の隣の部屋に入っていった。それを確認して野宮も部屋に入る。オートロック式の部屋なので鍵が必須だ。ロビーで必死に探した鍵と同じ番号の部屋。ベッドにテレビ、テーブルとシャワー室。一般的なビジネスホテル。一人になるのは久しぶりだ。ゴロンとベッドに寝転がり、しばらくぼうっとしているといつの間にか眠ってしまった。

 自分の咳で目が覚めた。起きて水を飲むが止まらない。持ってきた常備薬の中から咳止めを飲んでじっとしていたら落ち着いた。すると次は痰が絡むものとは違う、ゼエゼエとした呼吸になる。何か悪いものでも食べてしまったか、それともマスクを外したのがよくなかったのか。怖くなったので今夜はマスクをつけて過ごすことにした。食欲も無くなり、夕食も摂らないまま再び横になった。壁が薄いのか、隣の部屋から鈴本とビスの声がする。餌を食べてご機嫌そうだ。

「はぁ、急にどうしたんだろう」

 ビスケットや乾パンばかり食べていた生活がついに祟ったのか。いやでも、サプリでだけどビタミンも摂っていたし……。じゃあなんで急に変な咳が……。悪い方ばかりぐるぐる考えてしまう。勝手に落ち込んだまま眠りについた。気がつけば朝。目を覚ましたと同時にノック音がする。ドアを開けると鈴本。ビスも腕に抱かれている。

「おはよう!あれ、マスクしたんだ」 

「なんか喉の調子が悪くてね。風邪かな」

 咳以外は特に調子も悪くないため、軽い朝食をとった後すぐに出発した。雨がシトシト降っている。傘をさして歩く。どんよりしているが気温も下がって動きやすい。ひとまず咳もゼエゼエとした呼吸も落ち着いたが、念の為、マスクは外さないでおく。ビスはベビーカーの透明な屋根越しに雨に興味津々だ。梅雨の時期に入ったのだろう。これから雨が続くかもしれない。すると今までおとなしく降っていた雨がだんだんと強く、本降りになっていく。傘だけだと心許なくなってきた。

「わ、ちょっと急ごうか」

 雨雲から逃れるためにひたすら走る。ついには雷まで鳴り出し、突風も吹いて大嵐に。これはいけないと近くの屋根があるところを探すが、なかなか見つからない。というのも、ホテルを出てすぐに何も無い田舎道になってしまった。両脇は田んぼや畑。ガタガタのコンクリートの一本道を進んでいたところだった。雨は止まず、むしろ勢いは増していく。段々と足が重くなり、スピードも落ちていく。また喉がゼエゼエ、音を立てる。息が苦しい。ついに野宮は雨の打ち付ける地面に座り込み、大きく咳き込んだ。

「野宮!大丈夫!?」

 先を走っていた鈴本が気付き、野宮のもとに駆け寄った。傘をしゃがみ込んだ野宮にさし、雨の寒さから身を守る。

「ご、めん、先、行ってて」

「そんなことできないって!落ち着くまでここにいるよ」

 土砂降りの雨音のせいでお互いの声もあまり聞こえない。鈴本はひたすら背中を摩ったり、薬を飲ませたりした。少しして、ようやく野宮の容体が落ち着いた。立ち上がるほどに回復したので、再び、今度はゆっくり歩くことにした。

「大丈夫?またおかしくなったら教えてね」

「うん、ありがとう」

 少しずつ雨も弱くなり、遠くに雨雲の切れ目が見えた。ピークは超えたらしい。びしょびしょになったズボンを疎ましく感じながら野宮はしばらく鈴本について行った。ビスは呑気にベビーカーの中からニャーニャー鳴いている。太陽の光が差し込み、眩しさを感じる。歩きながらカロリーバーを頬張り、ビタミン剤を水で流し込む。

「梅雨が過ぎたら、もっと暑くなる。移動する時間を変えた方がいいかもしれないね」

「安全面も少し気になるけど、暑い中ビスを連れていくのもかわいそうだもんね。夜なら少し涼しいだろうし」

 雨あがりの湿気も混ざって、今でもムシムシ、暑苦しい。今の時期でこれなら、夏真っ盛りだと一体どうなってしまうのだろう。本格的な暑さの前に目的地についておきたいものだ。この暑さに加え、道がだんだん急勾配になってくる。地図を見ると、どうやら山道に入ったらしい。景色も両脇が田んぼから森に変わっただけだ。ところどころにキャンプ場だとか簡易宿泊施設だとかを知らせる看板を見かけるが、それ以外は何もない。この間みたいにクマも出なければいいのだが。

「このままこんな景色だったら、泊まるところも苦労するなぁ。最悪、野宿になるかも」

 二人とも念の為にテントや寝袋などのキャンプギアは一式揃えたものの、いざ野宿に対応できるかと思うと不安だ。それから数時間歩くが、一向に山道は終わらない。やっと平坦な道になったのは時計が午後三時をさしたところだ。峠に差し掛かったところだろうか。山小屋の一つでもあればいいのに何も無い。雨は降ったり止んだり、曖昧な天気だ。道は下りになる。上りでこんなに時間を使ったのだから、下りもそれなりの時間になることを覚悟しなければならない。すると目の前にどんと立派なトンネルが掘られている。日が落ちてきた。今日は野宿で確定だ。

「雨も怪しいし、今日はトンネルの中に泊まろうか」

「初めて外で泊まるなぁ。楽しみ!」

 内心がっかりの野宮に対し鈴本はわくわくしている。二人と一匹は真っ暗なトンネルの中に入った。 

 

 

 

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