第4話
三袋分の米を担いで帰るのは流石に骨の折れる作業だ。またもやカートを拝借して乗せて帰った。途中に長い坂道があり、カートを押すのも一苦労だ。前方で鈴本が引き、後方で野宮が押す。
「はぁ、はぁ……つ、疲れた……」
「ごめん、鈴本。調子に乗って詰め込み過ぎた」
よく考えれば女性二人に十キロの米三袋はどう考えても多過ぎた。反省して次は食べられる分だけ貰おう。どうにか根性で押して帰る。米袋を玄関に置いて、炊飯の準備をする。野宮の家はほとんどが電化製品に頼って暮らしていたが、半年以上前に電気が止まってからは使い物にならなくなった。いざという時に鍋で炊く知識は頭の中に入っているが、実際に炊いたことはない。
「スマホの充電はどうやってるの?」
「これ、使ってる」
野宮が指をさしたのは小型のバッテリー。世界中が別の星に移住しようと計画を立て始めた頃、多くの会社から新型のバッテリーがたくさん発売され始めた。野宮が持っているのはソーラー、ガソリン、手回しの三種類の発電機能付きバッテリー。全ての家電を動かすことはできないが、これでスマホの充電くらいは賄えていた。
「流石に炊飯器は無理だったなぁ」
「じゃあ火を起こして炊こう!」
早速鍋に米と水を入れ、一時間ほど浸水したのち、外に出て火をつけた薪の上に乗せる。しばらく待っていると、中の水が沸騰して泡が出てきた。そのまま十五分ほど待ってから、火から下ろして蒸らす。鍋の蓋を開けると……。
「「わぁ!」」
艶々の白米。今すぐにでも箸を突っ込んで食べたい。が、今日は豪勢に缶詰まである。紙皿にご飯を盛り、缶の蓋を開けて、準備は完了。
「食べよっか」
「うん、いただきます」
手を合わせて食べる。温かい食事。ほかほかの白米を食べたのはいつぶりだろう。居なくなった家族に気を遣って米なんて炊けなかった。それが今、気を許せる親友と机を囲んでご飯を食べている。
「こんなにも美味しかったんだね」
「それな!ありがたみを知ったよ」
一合分の米は二人で食べればあっという間に無くなった。その夜、いつもより二人はぐっすりと眠れた。
朝になって、今度は野宮が先に起きた。近くの用水路から水を汲み、濾過装置と繋いでおく。朝食がわりに乾パンを齧りつつ、今日の予定を考える。食料は補充できたし、畑の野菜に水をやれば、他にやることもない。あちこち行くのも大変だし、昨日一昨日と歩き疲れて足が筋肉痛だ。今日はゆっくりしよう。本屋から持ってきた小説やら漫画やら、まだたくさん積読として残っている。でも、
「お父さん、お母さん……」
頭の片隅にあるのは、やはり家族のこと。すぐにでも探しに出かけたい。
「ふわぁ、おはよう」
「あ、あぁ。おはよう、鈴本」
起きてきた鈴本に乾パンと水を渡す。そういえば、と水を一口飲んだ鈴本は何かを思い出し野宮に尋ねた。
「ご家族のこと、聞いてもいい?なんで居ないのか……とか」
「あー、……うん。そうだね。話すよ」
ソファに腰を下ろして、野宮は話し始めた。
「この辺りにも戦闘機が来始めたくらいかな。食料も無くなって、自治体から外に出るなって言われるようになって。でも家の周りの大人たちは皆、街の方に物資を探しに行っちゃった。うちもそう」
「家にいた方が良いのに……」
「そうなんだよ。でも、都会の方はもうすでに他の国に占領されてて、そっちの物資がたくさんあるって話が流れてね。すぐに戻ってくるって言ったけど、もう期待はしてないよ」
窓の外を見た。もう二年前のように戦闘機は飛んでいない。銃の音はしない。野宮には、今の暮らしの方が随分と楽になった。期待はしないと言ったが、今からでも探しに行けば家族に会えるのではないかと、頭のどこかで諦めきれないでいる。
「電話はしてみた?」
「何度かしてみたよ。でも、繋がらない」
スマホを取り出して母親の番号に繋ぐ。しばらくコール音が続く。今度もダメかと諦めて切ろうとした、その時。
『……もしもし』
繋がらないと思っていた電話の向こうから、人の声がした。いや、地球には誰かしらいてもおかしくない。ただ一年以上音信不通だった家族と話せるかもしれないという希望が見えてきた。
「お、お母さん!?私だよ。元気?どこにいるの?」
「えっ、繋がった!?やったじゃん野宮!!」
電話の向こうを差し置いて二人で盛り上がっていると、相手が気まずそうに話し始めた。
『盛り上がっているところ、申し訳ない。実は僕はこの端末の持ち主ではないんだ』
母親でも父親でもない、男性の声。野宮から笑顔が消えた。何故知らない人が、母親のスマホを?
「ど……どうして?あなたは一体……誰」
『申し遅れた。僕は丘木と言う者だ。この星に残ってあちこち探索をしていたところ、道端に落ちていたバッグから着信音が響いていて、この電話をとった次第だ』
どっと冷や汗が出た。何故道端に母親のバッグが転がっているのだろう。嫌な予感がしたが、今は話を続けないとと我に帰り、なるべく動揺が向こうにバレないように話を続けた。
「初めまして、私は野宮と申します。その端末の持ち主の娘で、今は離れて暮らしています。丘木さんはどこでそのスマホを拾ったのか、そして今どこにおられるのかを教えて欲しいです」
『あぁ、もちろん。場所は――――』
電話を切ったあと、野宮の落ち込みは凄まじかった。知らない男性が自分の母親のスマホを持っている状況。それは決して良い背景はあり得ないからだ。
「野宮……」
鈴本はどうしていいか分からず、涙をこぼす野宮の背中をたださすることしか出来なかった。夕方になって、二人は黙って夕食のビスケットを齧る。ご飯を炊く元気も出なかった。野宮は食べ終わってすぐにベッドに入ってしまった。
「ごめん、明かりだけ頼むね」
鼻を啜りながらタオルケットを被り、それから何も言わなくなってしまった。残った鈴本はガイドブックを片手に庭先に出る。ペンキの禿げたウッドデッキに座った。ランタンで本を照らし、丘木が示した場所を探す。この家からはるか五百キロ離れた、桜花市というところ。県をいくつも跨がなくてはいけない。畑を見ると、まだ芽は出ていない。
「……」
本を閉じて明かりのランタンを消す。鈴本はある決心をして寝床に入った。
あくる朝、野宮が目を覚ますとまた鈴本がいない。リビングルームに降りると、リュックサックに荷物を詰める鈴本がいた。
「ど、どうしたの。もしかして帰る?」
「んーん、違うよ」
はい、と野宮のリュックサックを差し出し、荷造りを促される。わけがわからないまま受け取るが、状況を理解していない。
「これは?」
「荷物を詰めて。行こう。丘木さんのところに」
飲み屋が目を見開いた。リュックをを強く抱きしめる。
「で、でも。せっかく畑も作っちゃったし、そもそも遠いし……」
「この機会を逃したら、ご家族さんに会えないかも知れないんだよ。遠い旅になるのはわかってる。でも行こう」
鈴本が野宮の手を握り、説得をする。野宮はしばらく悩んだ。
「私のわがままだと思ってさ。一緒に来てよ」
鈴本が野宮の手を引っ張った。学生の時からいつも引っ張ってもらっていた。今度もそうだ。全く、彼女には到底敵わない。
「うん、行こう。家族を探しに」
「やったぁ!そうと決まれば荷造りを進めなきゃ」
鈴本はリュックいっぱいに物を詰めてパンパンだ。野宮も物を吟味しながら詰めていく。一時間程して終わり、二人は外に出た。日が刺し、夏本番を思わせるような暑さだ。
「畑、ちょっと勿体無いね」
「なんとか自分たちで育って欲しいよ」
ドアの鍵をかけ、いよいよ出発。重いリュックを背負い、二人は道に出て歩き始めた。
「五百キロかぁ、どれくらいで着くんだろう」
「歩きなんて果てしないよね。丘木さんは待ってくれているかな」
夏の日差しを浴びながら、二人の最初で最後の旅が始まった。
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