第2話


「……遊ぶ?そんな楽観的な……」

「あぁ、遊ぶっていうと語弊があるよね。言い換えると、二人で一緒に暮らしてあちこち旅したりするってこと!」

 鈴本は休憩スペースのソファにどかりと座り、人差し指を立てて簡潔に説明する。状況が追いついていない野宮はただただぽかんと口を開ける。

「せっかく無二の親友が生き残ってるのに、一緒に暮らさないなんてもったいなくない?こんな世界じゃ一人で生きていく方がリスクが高いよ」

「まぁ、それはそうだけど……。で、その後の『あちこち旅をする』っていうのは?」

「これは後々になる。言ったままのことだよ。終わりゆく世界を旅して、その目に焼き付けたい」

 鈴本はソファから立ち上がり、吹き抜けの先の大窓を見つめた。太陽の光が入って明るく照らされ、植物の緑が映えた。しばらく野宮は考えた。残った家の管理、ある日消えた家族……。手放しでは賛成できない理由はいくらでもある。それに、田舎町にある自宅に居れば、安全に今後の人生を過ごせるかもしれない。しかし。

「どう?一緒に来ない?」

 太陽の光の逆光になり、鈴本に後光が差した。野宮には彼女がどうしようもなく輝いているように見えた。いつだって、鈴本は野宮の光だったのだ。それを今になって思い出した。気がつけば自然とYESを口に出していた。

「うん、面白そうじゃない。付き合うよ」

「やったー!一人だと味気ないと思ってたんだよね」

 鈴本は喜びのあまり小踊りした。いつも彼女の提案には自然と乗ってしまう。そしてそれはいつも大成功で終わるの。今回もまた、野宮は鈴本を信頼したのだ。

「でも、今すぐには出られないかな。準備もいるし」

「それはそうだよ、急に呼んで決めさせて、さあ出発は都合を考えて無さすぎるからね。準備期間として、シェアハウスみたいなことしようよ」

 鈴本は駐車場に向かうと、停めてある野宮の原付に跨った。

「えっ、何して……」

「しばらく野宮のお家にお世話になろうかなって。うちは正真正銘私一人だけど、野宮ん家は家族の人が帰ってくるかもしれないじゃん。そっちの家にいた方が都合が良いんじゃ無いかな」

「まぁ確かに……。って、それは一人乗りだから!」

「大丈夫大丈夫!いけるって!」






 一悶着あった後、原付には荷物を乗せ、二人は歩いて帰ることになった。流石に原付二人乗りは窮屈だし、燃費も悪くなる。ショッピングモールから野宮の家までは果てしなく遠い。少なくとも、歩いて帰る距離ではない。ゴロゴロと原付を押してひたすら歩く。まだここか、まだ着かない。気がつけば二人はほとんど喋らなくなっていた。

「車でもあればなぁ……」

「あっても、こんな瓦礫だらけの道路じゃ、運転は難しいよ」

 道路には伐採されずに伸び放題になった挙句、自重で折れた木の枝。戦闘で崩れた家々。乗り捨てられた車が散乱している。とてもではないが、車で進めるような道ではない。

「野宮ん家まで後どれくらい?」

「うーん……。このまま順調に行けば、日が落ちる頃には」

「そんな遠いの!?そんな遠くから来てくれたなんて、ちょっと申し訳ないな」

「そんなこと思わないでよ。私も鈴本が来てくれて本当に嬉しいんだからさ」

 ゴロゴロ、原付のタイヤが転がる音だけ響く。ようやく半分きたところか、道路脇の自動販売機で一度止まった。ボコボコに殴られた後がついており、強引にこじ開けられたのがわかる。飲み物はもう入っていなかった。

「あー、残念!からっぽだよ」

「あったとしても、もう消費期限が切れちゃってるだろうね。せめて水があれば良かったんだけど」

 再び原付を押して野宮の家に向かう。日が高くのぼり、じわじわと暑くなってきた。ずっと着けているマスクのせいで息苦しい。ダラダラ汗を流しながら歩く野宮に反して、鈴本は涼しい顔をしてのんびり歩いている。   

「ごめん、押すの変わってもらっていいかな」

「もちろん!そろそろ交代しようか言おうと思ってたんだよね」

 鈴本に原付を預け、汗を拭く。北の方を見やると、青く穏やかな海が真っ直ぐ伸びている。この海の向こうの国には、もう人はいないのだろうか。知る術はない。道路を挟んで反対側には一本の線路がこれまたまっすぐ伸びている。もう、電車は通っていない。

「懐かしいね、高校の時は電車に揺られて学校に行ってたね」

ずっと線路を見つめていた野宮に気づいた鈴本が懐かしそうに目を細めた。ガラガラだった席に座り、毎朝海を眺めて通学する時間が、野宮は一番好きだった。

「そうだね、まだ二年しか経ってないのに、懐かしく感じるよ」

 この会話を皮切りに、二人の間で再び話に花が咲いた。同じ話を二度しても初めてのように笑うし、愚痴には顔を顰めた。そうして日が落ちる頃、ようやく二人は野宮の家に帰ってきた。

「付き合いも長いけどさ、私、野宮の家に来るの初めてなんだよね」

「そうだよね。まぁ、ゆっくりしてよ。綺麗にしてるつもりだし」

 鍵を開けて中に入る。荷物を下ろし、生活スペースに鈴本を招く。座布団をすすめ、水の入った未開封のペットボトルを渡した。

「ありがと!……ぷはっ、生き返る〜」

「長い間お疲れ様。で、今日から二人で暮らしていく訳だけど。これからのこと、決めなくちゃね」

 一息ついたところで作戦会議を始める。参考になるかと昔買った旅行雑誌を持ち出してきた。

「でも、こんな田舎よりも鈴本の住んでいる紅花市の方が都会だよね。私の家族を待つためとはいえ、こっちに来て本当に大丈夫だった?」

「あっちは物資はほとんど無くてね。まだ生き残っている人が根こそぎ盗っていったんだと思うよ。だから案外、野宮の住んでいる適度な田舎の方が、楽に暮らせると思って来たんだ」

 鈴本はガイドブックをペラペラめくりながら語る。他人に田舎と言われると少し来るものがあるが、事実なので仕方がない。

「まずは入念な下準備から!さて、何から始めよう?」

「行く場所を決めるのはまだ早いかな……。食料が安定して得られれば良いんだけれど。自給自足とか……?」

「それだ!」

 鈴本がパチンと指を鳴らし、立ち上がった。

「ホームセンター行こう」

「どうして急に?」

いいから、と野宮の背中を押し、再び外に出る。言われるがままにホームセンターまで案内した。広大な敷地内にある巨大な建物の中には、青代町民全員が買っても余るほどの商品が陳列されている。

「着いたよ、田舎特有のクソデカホームセンター」

「すっご!ここなら必要なものが何でも手に入りそう」

 早速大型カートを転がし、鈴本のお目当ての品を探しにあちこちうろつく。プランター、土、ジョウロ、野菜の種……。

「もしかして、家庭菜園?」

「そう!」

 短い返事をして、再び鈴本は買い物に夢中になる。他にも薪の束、ナタ、マッチ、様々なものを次々にカートに入れていく。大型のカートが、すぐにいっぱいになった。鈴本は、本気で生きていくつもりだ。

「こんなところかな。このままカートごと押して帰ろう」

 無理やりこじ開けた自動ドアから出る。カートのおかげで重い荷物を持たなくて良いのは幸いだ。

「結構買ったね」

「そうね、しばらく家に留まることも考えて、二人が十分に暮らしていけるように買ってみた」

 家について、簡単に食事を済ませる。片付けをして自室に入ると、すでに鈴本が寝る準備をしていた。

「今日はたくさん歩いて足が折れそうだよ。家庭菜園の準備は明日にしよっと」

 ベッドの横に並べた布団に寝転がり、鈴本は目を瞑った。それからしばらく声が聞こえないと思ったら、すでに寝息を立てていた。野宮は苦笑しながらも、自分もかなりくたびれている。ベッドに入り、ラジオをつけた。相変わらずノイズばかりが走り、人の声は聞こえてこない。音量を少し下げ、ランタンを消す。

「おやすみ」

 二人だけの日常が、始まった。

  

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