週末、君と私と、終わった世界で

@chashiro_kon

第1話


「暇だなぁ……」

 ゴロンとベッドの上で寝返りを打つ。外からはカラスの声がけたたましく響く。一羽が鳴くと、それに連鎖するように何羽も続けて鳴く。あぁうるさい、石でも投げて殺してしまうおうか。ちょうど今晩の夕食を考えなければいけない所だし……。そこまで思って、やめた。何を食べているかわからないカラスを食べるほど、まだ生活には困窮していない。しかし夕飯のメニューに困っているのは確かだ。野宮はベッドに横たわっていた体を起こし、伸びをした。ノイズだけのラジオを切って、マスクをして、外に出る。ほんの一年前まで、世界中は戦火に飲まれていた。それに加え、戦争の兵器で開発された新種の病原菌が世界中で蔓延った。そのおかげで、地球の人口は大幅に減った。戦争に備えて政府が用意したロケットに乗って逃げた人が七割。新種の病原菌が原因で亡くなった人が二割。野宮を含めた残りの一割は、ロケットにも乗り遅れ、奇跡的に病気にもならなかった、この星でサバイブしていく者たちだ。安易に動物に触れてはいけない。外に出る時はマスクをする。まだ家族がいた頃のルールを、一人になった今でも律儀に守っている。野宮は実家暮らしだが、家族は居ない。居たが、居なくなってしまった。どこかで生きていることを信じて、食器や衣服もそのままにしてある。道を無心で歩いて歩いて、誰もいなくなったスーパーについた。割れた窓から侵入し、辺りを見回して店内を物色する。さながら泥棒だ。基本的に生鮮食品は全て腐っている。野宮が選ぶのは、乾パンだとか、ビスケット、缶詰などの保存が効く食品とペットボトルの水。レジに通すこともなく、持ってきたマイバッグに入れて持ち帰る。そのうちここのスーパーが誰かに見つかったり、食品全ての期限が切れたらどうしよう、家庭菜園でも始めようか。帰りはあれこれ考えながら歩く。家に着いたらもう辺りは暗い。ドアを閉めて鍵をかける。乾パンの封を開けて、手を合わせたところで、発電機に繋いだ充電中のスマホから着信音が響く。親友の鈴本からだ。すぐに電話に出る。

「もしもし?」

『野宮?私私。今暇?』

「今からご飯だけど。どうしたの?」

『いやね、今はお互い一人で暮らしてるじゃん。寂しくなっちゃって。話さない?』

「いいよ、私も一人でご飯もなぁって最近思っていたから」

 鈴本は野宮よりも少し都会に住んでいる。元々他の星に移住する予定だったが、最後の最後、飼っていたペットを運ぼうとしていたらロケットが発射してしまったと笑って話すが、定かではない。物資は野宮よりも困っていないはずだ。

「随分会ってないね。いつぶりくらい?」

『こんなになっちゃってからは会ってないよね。友達みんな、地球を飛び出しちゃったし』

こちらは乾パンを、向こうはクッキーを食べながら延々と喋る。このご時世のこと、平和だった頃の思い出話、どうでもいいこと……。夜もふけるころ、お開きになろうとしていた。

「あぁ楽しかった……。また話そうね」

『あ、それなんだけど。提案したいこともあって電話したんだよね』

「提案?」

「週末さ、遊ばない?どこかで落ち合って」

 カレンダーを見たが、おそらく数ヶ月前で捲るのをやめている。日付の概念すら忘れていた。

「ごめん、今日が何月の何日か忘れちゃった」

「六月十二日。そろそろ暑くなって来る頃でしょ。街の方はまだいっぱい食べ物もあるからさ、遊ぶついでにいくつか持ち帰ればいいじゃない。週末だから、えーっと。三日後!」

「三日後ね。わかった。それまでお互い無事でいようね」

 それから詳細な時刻や落ち合う場所を決め、電話を切った。久しぶりに人に会うことができる。その日は興奮でなかなか寝付けなかった。あくる朝、外の物置を物色する。

「あー重い。しばらく乗って無かったもんなぁ」

 ゴロゴロ取り出したのは水色の原付。高校を卒業してまず免許を取得した。以前はどこに行くにもこれに乗っていたが、あちこちに瓦礫が散らばり、乗るには適さない環境になってしまった。またガソリンを節約するためにも徒歩移動に変えたのだ。原付内ののガソリンは少ない。ストック分も確保したいので、早速原付に乗って最寄りのガソリンスタンドに向かう。鍵を数回回して、やっとエンジンがかかった。最初はバランスを崩しかけたが、なんとか昔の感覚を思い出した。瓦礫や倒木を避けて進む。マスク越しでも湿った初夏の風を感じる。雲行きが怪しくなってきた。雨が降らないうちに帰ることが出来たらいいなと願いながらセルフ式ガソリンスタンドの敷地内に入る。原付を給油所に止め、事務所の中に入る。『ご自由にお入れください』から始まる給油機の操作の仕方を丁寧に説明した手書きの貼り紙を見ながら、給油許可画面を操作する。画面が変わったのを確認して、小走りで給油所に戻り、ノズルを出して原付と持ってきた携行缶にガソリンを入れる。太陽光発電で営業しているこの店の従業員は全員地球から出て行ってしまったようだが、厚意で店を開放してくれている。ノズルを戻し、事務所のドアを閉めて原付にまたがる。ガソリンが惜しいので寄り道は一切しない。帰っても昨日調達した食料があるから今日は外出しなくてよさそうだ。するとぽつ、ぽつと顔や原付に水滴が落ちる。それはやがて激しさを増し、あっという間に土砂降りになった。

「うわーっ、最悪だ!」

 アクセルを強め、急いで家に帰る。びしょびしょの状態で玄関のドアを開ける。家に戻ってすぐ服を脱ぎ、洗濯機に入れそうになった。

「……水が出ないんだった」

 川の水を濾過した生活用水。手作りの濾過装置には期待していないが、気休めにはなるだろうと使っている。洗剤と水を入れてタライで手洗い。初めこそ骨の折れる作業だったが、今はすっかり慣れてしまった。室内に張った物干しロープに衣服をかけ、しばらく干しておく。なんだか疲れてしまったので、早めに夕飯を取ってこの日は寝てしまった。

 それから二日経った。いよいよ鈴本と会う日。少しの緊張と大きな期待を胸に、野宮は原付に跨る。背中に背負ったリュックには武器がわりのナイフとエコバッグ以外入れていない。エンジンをかけると問題なく動く。アクセルを握り、出発。この荒廃した世界には法定速度も関係ない。どんどん飛ばす。野宮が住んでいる青代町から街を二つ越えて、鈴本の住んでいる紅花市に着いた。集合場所にしているショッピングセンターの駐車場に原付を停めて、中に入る。人が多く利用をする分、中の荒れ様も凄まじい。指定された映画館の前に向かう。

「野宮ー」

 映画館の入り口からひょこっと顔を覗かせ、鈴本が居場所を知らせる。

「スナック類の場所を見たけど、全部無くなっているか腐ってた。やっぱり日もちしないね」

「ちょっと期待したけど、やっぱりだめだよね。っていうか、対面で合うなんていつぶり?」

 暗い映画館を離れ、センター内を歩き回りながら顔を見合わせて話す。三日前、電話で話したばかりなのに、話題は尽きない。蔦の蔓延るフードコート。音ひとつしないゲームセンター。ハンガーから落ちた衣類で床が埋まった婦人服コーナー。あちこち歩き、気に入ったものがあればその都度リュックサックに入れる。

「本当に人が居ないね」

「何回か行ったけど、いつも人ひとり居なかった。もうこのショッピングセンターは死んだも同然なんだよ」

 鈴本が暗い顔をして言った。照明は元の場所から垂れ下がり、植物が至る所に侵食し、大きくなったネズミに似た何かが駆け回る。本当に、世界が一度終わってしまったみたいだ。吹き抜けの天井を見ながら、野宮は鈴本に尋ねた。

「そういえば、急に電話してきてどうしたの?寂しいとはいえ、一年以上音沙汰も無かったところから急に電話が来たから」

「そうそう、呼び出したのもそれと繋がるんだよねぇ」

 鈴本は改めて野宮の前に出ると、提案がある、と笑った。

「一緒にこの終わった世界で遊ばない?」

 

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