対談Ⅰ/子供騙し
お嬢さんだと、と呻き声と共にソフィアが立ち上がる。
「撤回しろ異邦者! 私とて戦士の末裔だ! 決して子供などではない!」
「殺したこともないのに戦士を語るのかね?」
彼女の口が止まる。様子を見つめる『彼』は鼻で笑い、
「きみからは戦いの匂いがしない。硝煙の刺激臭も、敵を裂き浴びた血の香りも、何もしない。これで戦士と呼べるとでも? 子供騙しだ。だからお嬢さんなのだよ」
「貴様っ!」
睨みつける少女。若々しい怒気は荒削りの殺意を手に握らせる。
外に放られた武具から拝借した短剣を構え、彼女は一歩蹴り出す。
「それでいて、血の気だけは多い」
目を細めて、『彼』は身を乗り出した。
微かな火が大きく揺れ動く。黒い腕が彼女の細い手を掴み上げた。
苦痛に歪む顔を『彼』は間近で見つめる。
「全く年相応。些か真直ぐすぎる」
くそ、と悪態を吐く少女は反対側の手を振り上げるも、即座に防がれる。
「やはり御姫様だな。闘争とは程遠い。子供の戯れだよ、これは」
「うるさい! どうせ死なないのだろう! ならば一度くらい殺させろ!」
「悪いが」
『彼』は武器を持つ彼女の手を捻る。痛苦の声をあげ、手から短剣が零れ落ちた。
「傷つくのは嫌いなんだ」
両手を離し、たたらを踏むソフィア。手首を摩る彼女を眇め、『彼』は落ちた短剣を拾った。
火に照らされる剣を注視し、「ほう」と声を出した。
「ミセリコルデ──慈悲の短剣」
先端が尖った針のような剣身。丸みを帯びた鍔を持つ十字架の短剣をまじまじと見つめる。
「面白いな。次から次に心が踊る」
そういうと『彼』は再びソフィアに目を移した。
露骨に敵愾心を露わにする少女に『彼』は背を向ける。
「安心しろ。野獣ではないのだ。とって食うようなことはせん」
手近にあった椅子を一脚拾うと、それを向き合わせるように置いて、自分は元の座っていた椅子に再び腰を落とした。
「座れ。少し話をしよう」
「……どういうつもりだ。貴様は、その、私を……」
「品のないのは好かん。いきなり手籠めにするなど暴漢がやることだ」
それに、と『彼』は続ける。
「お互い経験が無いのだ。時間はかけた方がいい」
「は?」とソフィアは素っ頓狂な声を上げた。
「ま、待て。貴様。まさか、
「何を驚く。女を知らぬまま一生を貫く者など多くいる。童貞であることが恥ではない。恥じらいを持つことが恥なのだ」
堂々とした宣言に、彼女は開いた口が塞がらなかった。
何か言おうとしたが、一度俯くと、足早に椅子へと座り込む。溜めに溜まった息を、深く吐いた。
「なんだね?」
「……別に。なんだか馬鹿馬鹿しくなっただけだ」
それはいい、と『彼』は笑い、足を組んだ。
蝋燭の火が、やっと安定して部屋を照らした。
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