第40話 新制服①

「瑞穂ちゃん」

「メアリーさん?」

 自分の部屋の前に立って、部屋の鍵番号を登録したわたしに、胸に何かを抱えているメアリーさんが声をかけてきた

「宿舎を見て回るの終わった?」

「はい」

「そう。その様子だと、鍵番号の方を登録してたみたいね」

「はい。今、登録し終えたところです」

 わたしが、そう答えると。

「じゃあ、これを渡しておくわ。タイミングとしては、ちょうど良かったわね」

 そう言うとメアリーさんは、胸に抱えていた物を、わたしに差し出してきた。

「これは?」

「あなたの新しい制服よ。正確に言えば、メテオ・ビーストの制服ね」

 メテオ・ビーストの制服。そういえばレイナさんが、メアリーさんが渡してくれるとか言ってたっけ。

「ありがとうございます。メアリーさん」

 そう言ってわたしは、メアリーさんから制服を受け取った。

「そういえば、レイナちゃんは?」

「さぁ。わたしが先に戻って来たんで」

 メアリーさんの問いに、わたしはそう答えた。

 すると。

「何かされなかった?」

「…いえ、何も…」

 されたと言えばされた。だけど、わたしは答えなかった。答えづらいとか、答えられないとか、答えたくないからじゃない。



 レイナさんにキスされた。突然。



 それを言っても、わたしは、それに対する言葉が浮かばない。今のわたしには、それに対する答えが思い浮かばない。



 だけどわたしは、それを答えられない理由が分かってる。分かってるから思い浮かばないんだ。



『…やっぱり、わたし…』



 すると。

「ごめんなさいね。変なこと聞いちゃって。只、聞いてみただけだから。気にしなくていいわよ」

 メアリーさんが、わたしにそう言ってきた。その声はどこか、わたしを気遣ってるような感じがある。

「…すいません…」

「いいのよ。そんなの気にしなくて。晩御飯が始まる頃には着替えておいてね。その制服はどうするの?」

 メアリーさんが、わたしが着ている制服を見てそう聞いてきた。

「そうですね。とりあえず洗濯はします。でもどうするのかは分かりませんね。ずっとこの制服でしたし」

『…そんなの考えたこともなかったしな。考える必要なんてなかったし…』

「…とりあえず仕舞っておきます。愛着はありませんけど、まぁとりあえず…」

 愛着なんてない。愛着なんて湧いたことなんて、ただの一度もない。きっとメアリーさんが渡してくれた、このメテオ・ビーストの制服にも、わたしは愛着なんて湧かないだろう。



 だって。



『…わたしの目的に、そんな気持ちなんていらないから…。わたしの目的を叶えるのに、そんな気持ちなんて必要ない…』



 すると。

「今すぐにどうするのかなんて、決める必要ないわ。まぁ処分するなら、ちゃんと伝えてね。こっちの方でやっておくから」

 メアリーさんが、そう言ってきた。

「…はい。制服、渡しに来てくれてありがとうございます…」

 そう言うとわたしは、メアリーさんにペコリと、頭を下げた。

「いえいえ。ああ、それから瑞穂ちゃん。どうせ制服に着替えるなら、脱衣所で着替えなさい。着てる制服も洗濯できるし。場所は教えてもらってるでしょ?」

「はい。でも着替えるだけなら、更衣室でも…」

「シャワーも浴びなさい。薬莢の匂いが付いたままで、晩御飯食べるなんて駄目。私の料理が美味しく食べられないわよ」

 メアリーさんが、ピシャリとそう言ってきた。

 『えっ?薬莢の匂い?』

「あの、メアリーさん…」

「じゃあ、晩御飯の時にまた。それじゃあ」

 そしてメアリーさんは、そのままその場を後にした。

『薬莢の匂いって。確かに訓練場の射撃場で拳銃使ったけど。あの距離で、薬莢の匂いに気づくなんて』

 メアリーさんとの距離は、近くもなければ遠くもない距離だった。制服を渡される時に近づいたけど、それでも近い距離じゃない。受け取るのに、丁度いいくらいの距離だ。話してる時だって、そんなに変わらない距離だったのに。

『そんな距離から分かるなんて。メアリーさんって、もしかして軍人だったの?』

 だからディアナ大佐と、あんな親密そうに話してたのかな?

「…まぁいいか。とりあえず部屋に入ろ…」

 そう言うとわたしは、ドアを開くと、部屋へと入っていったのだった。


   ***************


『…やっぱりあの子、何かあるわね…。アルテミアが言ってた通り。…最初に会った時から、気になってはいたけど…』










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