第6話 ドリンクは600円です

 本日行われる Fizz Cherryフィズチェリーのライブ会場は駅近くのライブハウスだ。

 五グループ出演する所謂いわゆる『対バンライブ』というやつで、 Fizz Cherryフィズチェリーは大トリの五番目。


「結、ドリンク貰った?」

「はい、トイレも済ませました!」


 最近のFizz Cherryフィズチェリーはメディアの露出も増えつつあり、対バンライブは久しぶりだ。

 普段はもっと大きな箱でライブをしているのだが、昔よくここでライブをしていたので今でも繋がりがあるのだろう。


「雨君、番号呼ばれましたよ」


 開場時間となりスタッフに番号を呼ばれる。

 入口横で消毒を済ませ、結と二人で中へと入る。


「ここ久しぶりに来たな……少し懐かしい気持ち」

Fizz Cherryフィズチェリー、最近は大きいとこ多いですよね。まぁ評価されて当然ですけど」

「昔から目をつけてましたからねぇ、結さんは」

「雨君もでしょ……お互い様」


Fizz Cherryフィズチェリーが売れる前から推してた事もあって古参アピした事もあったなぁ……恥ずかしい過去。

 そんなたわいも無い会話をしていると、ステージに光がともり……ライブが始まった。


「良いですね、このグループ」

「うん……」


 一組目のグループは正統派アイドルという感じだった。

 可愛いダンスにポップな曲調。

 しかし所々で見せる真剣な顔、そのギャップがとても良い。

 そしてこの周りの暗さとキラキラしたステージ。

 俺はこの感じがとても好きだ、なんと言えばいいのか……ここでしか味わえない感覚があるのだ。


「……」


 横にいる結に目を向けると、ただじっとステージを見つめていた。

 一言でドルオタと言っても千差万別。

 コールをする者、ブレードやペンライトを振る者、結の様に一秒足りとも見逃さずじっと見る者……色々なスタイルがある。


(俺もブレードの準備しとこう……)


 改めてライブに集中する。

 最近はFizz Cherryフィズチェリーしか追っていなかったので、完全な初見だったが……特に今歌った子が良い!

 こんな風に新しい推しを見つけられるのも対バンライブの良い所なのだ。




『『『ありがとうございましたー!!!』』』


 拍手と共に四組目のグループがけていく。

 ごくりと唾を飲む……隣からも聞こえた気がした。

 最後の出番は……ついに。


『『皆こんにちはー!Fizz Cherryフィズチェリーです!』』

「おおおおおおお!!!」


 たまらず全力でブレードを振る。


『私達で最後だけど……まさか疲れたりしてないよねー?』

「してないよ!」

「当たり前だー!!」

「してないですー!!!」


 沢山の大きな声の中に、結の声が聞こえた。

 あれ、静かに見守る派だと思ってたんだけど……いや、そうだよね、興奮しちゃうよね……!

 よし、なら俺は落ち着いて……!


『全力でいくから……置いてかれないでよ、皆』

「うおおおおおお!!!」


 前言撤回、無理。

 リンがかっこよすぎて無理。

 俺だけじゃない、観客が一体となり盛り上がる。

 そんな俺達に向けてリンは手を挙げ、開いたてのひらを閉じる。

 その合図で俺達は静かになる……シンとした会場の中、Fizz Cherryフィズチェリーの二人だけが口を開いた。


『『Glowグロウ』』


 同時に曲のイントロが流れ始め、目が見開く。

 だって……だってこんな序盤でGlowグロウとか豪華すぎるでしょ……。

 言い表せないこの気持ちをどうにかしようとブレードをぶんぶんと振り続ける……すると、サビの歌い始めでリンがこっちを指さしウインクをした。


「……!ファンサが……!ファンサが……!神……っ!!」


 メガネを震える手でカチャカチャと直し、今現実に起きた事を頭の中で整理する。

 ファンサが……指差しが……ウインクが……!


「今私に向けてウインクしましたよ!ねぇ!」

「いや俺!俺だから!!俺のウインクだから!!!」


 その後もFizz Cherryフィズチェリーのライブは右肩上がりで、最後まで大盛り上がりだった。




「「はぁ」」


 ライブハウスから出て、俺達は近くのファミレスに着くと同時に息を吐いた。

 心の昂り、高揚感によるものだ。

 Fizz Cherryフィズチェリーの出番は僅か三十分程だったが……それ程までに良かった。


「最高だった……」

「はい……」


 席に着き、とりあえずポテトとドリンクバーを頼み、ぽや〜と魂ここに在らずで話す。


「雨君……私ユイに名前覚えられてました」

「な……何ィ!?」


 ぽやぽやな頭が一気に覚醒する。

 何だと!?何をしたらそんな事が起きえるんだ!?


「同じ名前の子だよね〜って物販の時に言われました……へ、へへ」

「な、なんと言う事だ……やっぱ改名するしか無いのか……」

「それはやめときましょうよ……あ、私トイレ行ってきます」


 行ってらと軽く返し、残り少しのドリンクをゆっくりと飲む。

 そういえば気づかない内に結と気楽な感じで話している……午前中の出来事が遠い昔の様だ。

 話してみると当然だが、『ユイ』なのだ。

 こう言ったらこうつっこんでくれるみたいなのが分かってるから、話していてすごく楽……改めて実際に会えて良かったと思った。


「さて、こっからどうしようかな……まだ外は明るいし、何処かに行ってもいいけど」


 おかわりしようかなと空のコップに手をかけた瞬間。


「あれ? 雨森君?」

「……え?」


 振り向くと私服姿のメガネをかけた女子が居た。

 ん……?なんで俺の名前……あれ、何処かで見たような……。


「……雛森?」

「……え? あ、あー……メガネかけてたから分からなかったのね、ごめんなさい」


 そう言ってメガネを外すとはっきり雛森だと分かった。


「……忘れられてるかと思った……良かった」

「……?」


 小さな声でブツブツと何かを言っている……よく聞き取れない。


「な、何でもないの……それより雨森君、こんな所で何してるの?誰かと一緒?」

「雨君ごめん、遅くなりまし……た」


 雛森が質問するとほぼ同時に結が帰ってきた。

 自体が呑み込めず困惑する結を見て俺は思い出す。

 そういえば結って、オタクバレしたくないんじゃなかったっけ。

 あれ……って事は俺と一緒に居るこの状況って……あんまり良くないんじゃ……?


「御神楽さん?」

「雛森……さ……ん?」

「あー……」


 三者三葉の表情で互いがそれぞれを見つめ……しばらく沈黙が続いた。

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