第5話 待ち合わせ場所は細かく伝えよう

 日曜日、ついにこの日がやって来た。

 待ちに待った Fizz Cherryフィズチェリーのライブの日。

 スマホのカメラを使い服装や髪のチェックをしながら、ユイさんからのメッセージを待つ。

 少し早く来すぎたかな……ユイさんってどんな人なんだろう。


『(ユイ)着いたよ!』

『(雨)どこら辺にいますか!』

『(ユイ)なんで敬語w駅近くにある喫茶店の前にいるよ』

『(雨)分かった、俺も向かうね!』


 来た来た、直ぐに向かおう!

 一歩二歩と歩くスピードが少しづつ早くなってしまう。

 この角を曲がると喫茶店だ、どんな人かな……!


「お待たせ……あれ」


 喫茶店の前には御神楽が一人で居た、誰かと待ち合わせか?


「……雨森、さん?」

「御神楽?何してるんだ?」

「え……週末に私が何してようがいいじゃないですか」

「そりゃそうだ、ごめん」

「いやまぁ……別にいいですけど」


 その後、少しの沈黙が続く。

 人との沈黙を普段は別に気にしないのだが……今は流石に気まずい。

 先日の事が頭に浮かぶ、あれは Fizz Cherryフィズチェリーのキーホルダーだったのだろうか。

 いや……やめよう、誰だってバレたくない事の一つや二つあるものだ。


「あの……どこか行かないんですか?」

「いや俺はここで待ち合わせしてて」

「……そうですか、じゃあ私は別のところに行きますね」


 そう言って御神楽はトコトコとどこかへ行ってしまった。

 割と傷付くような事を簡単に言ってくれるな……辛い。

 まぁ仕方ない、こっちとしても助かった。

 というかユイさんは? トイレか?

 改めてメッセージを確認するとついさっき届いていた。


『(ユイ)ごめん!そこから見える交差点の近くの和菓子屋さんの前でもいいかな』

『 (雨)おけ!向かうね!』

『(ユイ)ありがとう!ごめんね!』


 和菓子屋というと……あそこだな!

 理由は分からないが今度こそと思い歩き出す。

 この角を曲がると和菓子屋だ、どんな人かな……!


「……」

「……」


 またしても御神楽がそこに居た。

 しかもあからさまに不機嫌な顔をしている……とはいえ不可抗力だ。


「……あー、また会ったな御神楽」

「……あの、何の用ですか?嫌がらせですか?」

「待ってくれ違うんだ」

「あの……こっちは大事な約束してるんです。今度は雨森さんがここから離れて下さい。待ち合わせなんですよね? なら別にここじゃなくてもいいじゃないですか」

「ま、まぁ……さっきは御神楽が離れた側だしな、分かった」


 そう言ってその場を足早に離れ、スマホを開く。

 あれぇ……? 結局ユイさんもいなかったな。

 とりあえず近くの……そうだな、マックで待ち合わせにしよう。


『(雨)ごめん!同級生が近くに居てさ、待ち合わせ近くのマックでもいい?』

『(ユイ)おけ!実は私もさっき同じようなこと起きたんだよねwメガネ屋さんの隣だよね?』

『(雨)うん!そこであってる、申し訳ない!』

『(ユイ)はーい』


 よし……これで今度こそ……!

 ここなら御神楽にも見えないだろうし、問題無いだろう。

 しかし不思議なこともあるもんだなぁ……結構な確率だ。

 まぁ御神楽も待ち合わせみたいだし、ここら辺で分かりやすいお店を選んだのだろう。


『(ユイ)もうすぐ着くよー!』

『(雨)おけ!』


 お、どうやら今度こそ合流出来そうだ!

 周りには俺以外に誰も居ない。

 うん、間違えようも無いな。

 天気もとても良いし……今日は楽しい一日にするぞ!

 そう気合いを入れ直した所で、またしても彼女の声が……聞こえた。


「あはは……雨森……さん」


 またしても現れたのは御神楽。

 ここまでくると流石に一つの結論にたどり着く。


「……なぁ、流石にさ、おかしいよな」

「……多分、私も同じ事を考えています」

「御神楽は待ち合わせしてるんだよな?」

「はい、雨森さんはこれからライブでしょうか……?」

「うん……」


 先日のキーホルダーと言い、明らかにそうだとしか思えない。

 そして御神楽はまるで何かを願うように……『その名前』を言った。


「雨さん……ですか?」

「うん、ユイさん……」




 とりあえずマックに入り、腰を据える事に。

 対面に座るのはズココココとなんだか大きな音でストロベリーシェイクをすする御神楽……いやユイさん。


「こんな事が……こんな事があるのかと……神を呪っています」

「そんなに!?俺そんなに嫌われてたの!?」

「雨森さんの印象は正直そんなに良くなかったので」


 まぁ入学当日でメガネクイクイしながらキモイ自己紹介を隣の席でされたんだ、そりゃそんな気持ちにもなるか……。


「でも」

「ん?」


 空になったシェイクを机に置き、ゆっくりと顔を上げる。


「……雨さんは私の大切な友達です。じゃなきゃこんなに長い間、連絡も取りません。私が知ってるのは文面だけですけど、それでも沢山知ってるつもりです」


 それまで下を向いていた御神楽は俺の目をしっかりと見つめて言った。


「だから……だから雨森さんも良い人です。今日までの失礼な態度謝らせて下さい」


 ごめんなさいと頭を下げられた。

 少し異様な光景に周りの目が集まる。

 教室であんなにも目立ちたがらない御神楽が……。


「い、いや!顔を上げてくれ御神楽、気にしてないから!ほんと!」

「……はい」


 俺だって同じだ、御神楽がユイさんであろうとこれまでの三年間が消えるわけじゃない。

 ユイさんは大切な友達だ。

 気を取り直して対等な友達として話そうと言うと、御神楽はこくりと頷いた。


「でも正直……驚いた。御神楽がユイさんってのもあるけどまさか女子だとは……」

「言ってませんでしたっけ?話し方とかで分からないもんですね」

「うん……ん? というか『ユイ』って下の名前じゃん!」

「そうですよ。ふふ、推しと同じ名前……いいでしょ?」

「いいなあ、俺も『リン』に改名しようかな」

「雨さんだと冗談じゃなさそうに聞こえちゃいますね」


 話し始めると意外と簡単に打ち解ける。

 いや……そりゃそうだ、三年も連絡を取り合ってる仲なんだから。

 別にアイドルの事だけじゃない、相談をした事もあるしされた事だってある。

 色んな面を見せたし、見てきたと思ってる。

 そんな人が、こんな近くにいたんだな。

 ユイさんと直接話すのは……楽しい。


「それでさ御神楽――」

「あの、呼び方考えません? 他人行儀なの嫌です」

「……だな、俺もちょっと思ってた」

「じゃあ……私は『雨君』って呼びます、雨君は?」

「俺は『結』で……呼び捨てで良い?」

「おけです、じゃあそろそろ……向かっちゃいますか?」

「向かっちゃおう!」

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