第19話知っているけど知らない話

 目の前にいる男はすごい奴だと、巻尾嵐は心底思っていた。

 一見柔な男に見えるが、その実熱い男だということを巻尾は知っていた。

 盾術の訓練中、倒れても吹き飛ばされても、へこたれることなく立ち向かう強さを持っている男だと、嵐達は知っている。

 

 その姿に心動かされ、夜遅くまで付き合い、寝転がって立ち上がらなくなったら、その度に発破をかけた。

 

――そんなもんかよ!?

――特待生が聞いて呆れるぜ!

 

 そんなわかりやすい挑発に、ノってくれる意外とわかりやすいやつだった。

 表情には出さないが、目をギラギラ光らせ、負けるもんかとこちらを見つめる視線から、思った以上に負けず嫌いだった。

 

 表には出さないが、内に秘める熱い闘志を持っていた。

 目の前の男、黒河陽太がとても強い男だと、自分達が思っていたような卑しく、狡賢い男ではなかったと、嵐達は自分達の間違いを、過ちをもう知っていた。

 

「なに?なんかついてる?」

 

 陽太を見つめていると、何かついてると勘違いしたのか口元をおしぼりで拭い出した。

 

「ちげぇよ。そうじゃねぇ」

 

 スラッとしたスタイルに柔和な表情や物腰からは、どう見ても優男にしか見えない。

 しかしこの男はそうではない。

 見た目だけでこの男を計ってはいけない。

 侮ってはいけない。

 

「すっげえなぁーって思ってよ」

 

 ため息混じりに目線を外し、嵐は本音を言う。

 男の自分から見ても目の前の男は格好良かった。

 その容姿がではなくその心の在り方が。

 

 嵐達は陽太の視界を借りて、迫り来る鎧化した霧島を見ていた。

 

 本気の霧島を見たのは嵐達も初めてで、憧れよりも恐れの方が上回っていた。

 

 迫り来る赤い爪の猛攻への焦燥感。

 鎧越しにでも伝わる圧倒的重圧感。

 

 相対しているのは自分ではないのに、何度もやられると思って目を瞑った。

 

 しかし陽太はその度に逃げ切った。

 どう足掻いても避けられない攻撃に、嵐は目を逸らしてしまった。

 

 しかし陽太は立ち向かった。

 心が震えるようだった。

 同年代に、これだけ強い奴がまだいたとは思わなかった。

 

「いやほんといいイミでも悪いイミでもどうかしてるよ、黒河って」

「頭のネジ外れてんな?」

「それ、褒めてないだろ」

 

 鳴矢と銀太の言葉に、陽太は苦笑する。

 グイッと目の前の酒を煽り、グラスをガタンと置いてその酔いに乗じて嵐は言う。

 

「昼間のあれはマジでビビったぜ。先生はマジ怖かったし、クロとシロも凄かったし、お前も凄かった。周りの連中もあの動きを見て恥いるようだったしよぉ」

「先生の作戦はセイコーっことだな」

「スカッとしたよな?」

 

 もちろん、陽太がバカにされる原因を作ったのは自分達だ。その事実は消えはしない。

 

 しかしそれでも、バカにしていた奴が実はすごい奴だと知った生徒達の顔は居心地が悪そうで、思わず悪い笑みが溢れてしまったものだ。

 

「ま、元はと言えば3人のせいだけどね」

 

 そう言って悪ガキのように微笑む陽太に、嵐達は顔をしかめる。

 

「冗談だよ、冗談。もう気にしてないし」

 

 ハハハ、と楽しそうに笑う陽太は本当に屈託なく笑うので、嵐達のしたことについてはしっかり消化し終わったようだ。

 嵐達はその顔を見て胸を撫で下ろした。

 

「あ、でも聞きたいことが1つ出来たんだよね」

「なんだよ?1つだろうがなんでも答えてやるよ」

 

 ツマミを口にしながら巻尾は言う。

 

「お前等を唆したのは誰だ?」

 

 先ほどとは打って変わった雰囲気で、陽太は冷たく問いただした。


♦︎♢♦︎♢

 


「……」

 

 不意をついた事で、嵐達は上手く対応が出来ず沈黙した。

 

 場の雰囲気は先ほどとは一転し冷たい空気が漂う。

 店員達が大きな声を上げ、隣席の人達が笑いながら酒を飲んでいる中、このテーブルだけ別空間のように静まり返っていた。

 

「ここまで付き合ってれば人となりは知れる。3人ともあんな公開いじめのような陰湿なことをするタイプではないってことは俺ももう知っている」

 

 嵐は特にだが、この3人は基本スタンスが感情的だ。

 思ったことは口にするし、どちらかと言えば口の悪い部類だ。見た目も強面こわもてで、その格好や雰囲気から元々勘違いされやすいタイプではある。

 だからといって悪い奴らではないと言うことを、陽太は知っていた。

 

 でなければあんなに親身になって陽太に協力してくれないだろう。隣で何度も何度も励ましてくれて、挑発されて、そして笑い合った。

 

「俺が土下座して勝ち取った特待生だって誰かに言い含められたんだろ?霧島先生が騙されてるとか言われて。それは一体、誰なんだ?」

 

 鳴矢と銀太は気まずそうに目線を下に降ろし、押し黙る。

 一方嵐は腕を組み、何かを考える様に目を閉じた。

 本来であれば、聞かなくても良いことかもしれない。陽太は本音ではそう思っていた。

 

 少々柄の悪い所はあるが、根は実直で裏表のない人間だ。

 一緒にいて気を使わなくても良いし、彼らもそれこそ見ために似合わずに努力家だ。

 

 そう言うところを含めて、陽太は彼らを気に入っていた。

 初対面の人間とは基本的に距離を取ってから近づく陽太にとって、彼らのような真っ直ぐで明け透けな人間性は心地よかった。

 

 だからこそ、この件をお茶を濁して終わりにしてはしこりが残る。

 

 陽太はそれをしたくなかった。しっかり腹を割って話せる間柄になりたいと思っていた。

 

「いや、言わねー」

 

 しかし嵐ははっきりと、キッパリと断った。

 

「……それは、どうしてだ?」

「言いたくないからだ」

「俺の話はしっかりと聞いた上での事だよな?」

「あぁ。その上で、言わない。今後も言うつもりもねぇ」

 

 嵐は怖気付く訳でもなく、堂々と言う。

 

「……そっか」

「……あぁ。悪いな」

 

 陽太の表情を見た嵐は少し目を逸らしたが、その後しっかり陽太を真っ直ぐ見つめて言い切った。

 

 嵐の表情は悲しそうで、残念そうで、心苦しそうな、なんとも言えない顔をして俯いた。

 

 陽太は深くため息を吐いた。

 

 嵐達は沈痛な面持ちで頭を下げる。

 

 嵐は残念そうに、鳴矢は達観したように、銀太は申し訳なさそうに、それぞれ違いはあれど悲しさがあったのは間違いない。

 

 嵐達は今、友達になれそうな男と決別したのだ。



 

「それじゃあ仕方ないな。おねーさん、生中追加で」

「はーい!かしこまりましたっ」

「「「いや軽っ」」」

 

 オーダーを受けた女性スタッフを尻目に、嵐達は陽太の飄々とした態度に逆ギレを始めた。

 

「おいおいおいおい!!その態度はなんだ!?」

「こちとら悲しいフンイキ出してんだからさぁ!もうちょっとこうさ、こう…なんかこう…!……あんだろ!?」

「なくね?それはなくね?」

「え?何で?何で俺が怒られてるの?」

 

 陽太が本気で不思議そうに3人を見た。

 

「いやだって、言いたくないんでしょ?なら俺も無理に聞かないし、聞く必要もないじゃん?」

 

 冷たく言う訳でもなく、さも当たり前のことの様に陽太は言う。

 

「俺はさ、最初脅されてるんじゃないかって思ってたんだよ」

「脅されてる?」

「そう。脅されて仕方なしにやったんじゃないのかって思ってたんだけど、そうじゃないならそれで良かったよ」

 

 それにさ、と陽太は続けて言う。

 

「言いたくないってことは、その人を庇ってるんだろ?確かに誰か気にはなるさ。気にはなるけど、そんなことで友達を減らしたくない」

 

 それだったら聞かないさ。そう言って陽太は店員が持って来たビールをグッと飲む。

 キンと冷えたビールが喉を通り、陽太の身体を熱くする。

 ポカンと陽太を見つめる3人はまだ呆けているようで、陽太はそのアホ面が妙に可笑しくて笑った。

 

「いや、ほんと。お前はスゲェ奴だよ」

 

 嵐は心底呆れた様に言う。

 

 容姿も良く努力家で、なおかつ器もデカいとか、流石にそこまでは知らなかった。


 

「てかベツに言ってもいいんじゃね?」

「俺もそう思うな?」

 

 隠すようなことでもなくないか?と、鳴矢と銀太が口を揃える様に嵐に言う。

 

「いや、言わねぇ。約束は破らねぇ」

 

 嵐は腕を組んで否定する。

 頭の硬い嵐に二人は嘆息するが、それが長所でもあり短所でもある。

 頭は硬いが、義理堅い男。

 それが巻尾嵐という男だった。二人はそんな男だから慕っていたし、陽太もそういう所を信用していた。

 そんな奴だから、気にしなくてもいいとそう思えたのだ。


♦︎♢♦︎♢


「てか、ナンデ脅されてるって思ったんだよ?」

 

 鳴矢が言う。

 

「俺に絡む前も誰かと喧嘩したんだろ?その件でなんか強請られてるのかなってさ」

「あーあれな?あれに関しては俺らはなんも悪くないからな?」

「そうなのか?」

「マジもマジよ。俺らが絡んだんじゃねぇ、俺らが絡まれたんだよ」

「そうそう!イキナリこの学校とはフツリアイの人間がいるなーとか言って絡んできやがってさ」

「煽り耐性の低い嵐がな?」

「俺は悪くねぇだろ!?いきなり煽って来たあのクソ野郎が悪い!!」

「ボコボコにしたとか言う噂は?」

「ハッ!そいつはあってるけどな」

 

 嵐が悪い顔をして言う。

 え、本当に?と聞き返そうとした瞬間に

 

「あぁ、ボッコボコだったわ」

「俺らまとめて全員淡墨さんにな?」

 

 そう言って3人は盛大に吹き出して笑った。

 あぁそう言うことかと陽太も釣られて笑った。

 本当に、噂とは当てにならないものだ。

 

 ことの経緯はこうだ。

 口喧嘩からヒートアップして、相手が魔石生物を召喚したので対抗策として召喚した所、そこに現れた淡墨さんにフルボッコにされたらしい。

 

「なぁ?俺らなんも悪くねぇだろ?」

「いやお前が煽りに乗ったのがワルい」

「はぁ!?」

「いい加減大人になろうな?」

「あ、テメェもかよ!?黒河はわかってくれんだろ?男なら舐められちゃあ終われねぇって事をさぁ!」

「もうお酒を飲める年なんだし、大人になるべきなんじゃないか?」

 

 間髪入れずに言われた止めの一言に、巻尾は不貞腐れたように言う。

 

「ったく。テメェらそれでも男かよ?タマついてんのかよ?」

「全く。それでも法的に大人の仲間入りをした人間の対応なのか?」

「うっ」

「チョットは黒河みたいな大人の対応を身につけないとな」

「ぐっ」

「そんな人間の方が格好悪いとそろそろ気付かないとな?」

「うぐ」

 

 味方がいない事を悟った巻尾は、チッと舌打ちをした後押し黙ってビールをチビチビと飲みながらつまみに手をつけた。

 

 それを見て3人は楽しそうに笑った。


♦︎♢♦︎♢


「そーやーさ、黒河ってカノジョいないの?」

 

 嵐が静かになり、その機嫌を取りつつ話題は色々と移り変わり学生らしい話になった。

 

「いやいるだろ?写真見せろや」

「どうせ美人なんだろうな?」

 

 勝手に彼女がいる設定にされている中、陽太は張り付いた様な笑顔を浮かべてお茶を濁す。

 陽太の触れて欲しくない話題ランキング堂々の1位の恋愛話だ。

 

 触れられたくはないがしかし、実際陽太はモテる。

 顔も良く、能力も高い陽太がモテないわけがない。

 告白された回数を数えるのも億劫なくらいには、陽太はモテた。

 

 だが陽太の生活は多忙だった。

 

 共働きの両親の代わりに弟や妹の面倒を見て、忙しい両親の代わりに家事をし、学校での立ち位置を守るためにも勉強や運動にも手を抜かなかった陽太には単純に時間がなかった。

 

 そこに何か思わなかった訳ではないが、それはそれで目紛しく楽しかった。中学の時はそれで良かった。

 所変わって高校生になり、お金を稼げるようになると、陽太は自分の相棒たちに時間を注ぎ始める。

 

 友人達が部活や恋愛に青春を満喫している中、陽太はバイトに精を出した。そこに後悔はない。自分の選んだ道だ。

 だからと言って、普通の生活に憧れてない訳ではなかった。

 何せ陽太はモテた。

 好意を寄せている女性や、魅力的な女性に告白されれば、心が動かないはずはない。

 しかし、その全てに、陽太はNOを突きつけて来た。

 そう、とどのつまり。


 

 陽太は童貞だった――!!


 

「いや、いないよ」

 

 陽太はいつも通りそう言って誤魔化す。

 貼り付けた笑顔でそう誤魔化す。

 

「へー、ソウなんだ。いくらでも選べそうなのにモッタイ無いなー」

「お前はいい加減1人の女に絞れよな?」

「ザーンネン!なんせオレはモテるからな!世の女性の方が放っておいてくれないのさ!」

 

――はぁ?こいつプレイボーイ気取りか。最低だな。

 

 陽太の中で鳴矢の信頼が失墜した。

 

「隆も取っ替え引っ換えとは言わねぇけど、彼女絶えたことねぇよなー」

「これでもマメで気を遣える男だからな?女性には優しく。まぁ男の基本だよな?」

 

――あぁ?こいつ紳士気取りかよ。うざっ。

 

 陽太の中で銀太との親交が断絶した。

 

「オマエなんか子供の頃からずっと一筋だもんなぁ、それはそれでスゲェよ」

「ハッ。惚れた女なんて1人でいいんだよ。そんな器用じゃねぇからな」

 

――ハァァア!?お前までいんのかよ!?しかも幼馴染か!?ふざけんなっ、死ねっ。

 

 陽太の中で嵐との友情が崩壊した。

 

 陽太が勝手に3人を見限っている中、会話は続いていく。

 そんな張り付いた笑顔を浮かべる陽太に、鳴矢はそこではてと疑問を抱く。

 鳴矢はモテるだけあって空気も読める。

 そして勘も鋭かった。

 

「……もしかして黒河ってカノジョいたことなかったりする?」

 

 先程の仕返しとは言わないが、ヒヤリとさせられた借りを返さんとばかりに、鳴矢としてはそんなに本気で言ったつもりはない一言であった。

 

 しかし当の本人は急所を背後から突かれたようなものだ。陽太の心臓はバックンバックンと早鐘を打ち始め、頬は好調し、汗をかき始める。

 

 基本的に想定外に弱い陽太である。

 

「はぁ?な何が?いたしいたことあるし。告白された回数なんか軽く二桁超えてるし」

 化けの皮が剥がれた陽太は、あたふたと聞いていないことまで早口で喋り出した。

 鳴矢は鳴矢で、本当にいたことないなんて思っていなかったので、自分が地雷を踏み抜いたことに気付き表情をこわばらせた。

 

――やっちまった。

 

 軽いジョーダンのつもりだったんだ。

 本当にいないなんて知らなかったんだ。

 イヤほんと、マジで。



♦︎♢♦︎♢


 陽太はまだ気付いていない。

 自分に言い訳している事を。

 好意を寄せている女性や魅力的な女性に告白されても応えないのは、忙しいと言う言い訳をしていることを。

 幼い頃人に裏切られた経験は、陽太の心の奥に深く傷を付けた。

 その傷は人に好意を寄せることに臆病になるのには十分な経験で、本来陽太が心を開くのには長い時間をかける必要があった。

 同性だったと言う理由もあるが、その壁をたまたま超えて来たこの3人が陽太の人生の中では異例だった。

 心の傷は未だ癒えていない。

 そのことを、陽太は自分自身ですらまだ気付いていない。

 己の心の弱さを、陽太は未だ知らない。



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『魔石生物による医者不要論についての反論』


魔石生物の治療、治癒は概ね我々の知る医術とは異なり、瞬く間に治すため人間の技術は要らない、そう言われてきた時期があります。

しかしそうではありません。

魔石生物は、パートナーのすることをよく見ています。

パートナーが学ばないのであれば、なんとなく切り傷程度が治すことが出来る程度で止まり、それ以上の治癒をすることが出来ません。

例え治癒のスキルを持っていても活かすことができません。

まず人間が知り、それをパートナーに説明して理解してもらうことで、治癒効果は確実に上昇します。

これは統計的に100%間違いのない情報です。

どうか自分の学ぶことに意味がないなどと思わないでください。

どうか先達者達が命を削って得た研究の成果を、無駄だと言わないでください。

あなたの学びが、パートナーとの絆が、明日の病める人々を救います。


参考文献

医者は、人は必要です!

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