第18話ー幕間ー

「それで、どういうつもりですか先生?」

 

 目を覚まして早々の霧島に、淡墨は容赦なく問い詰める。

 気付くとベッドに横になっていたようだ。しかし身体は大分楽になっていたので、霧島はすんなりと身体を起こすことができた。

 

「もう。あんまり無理しないでくださいよ、霧島先生」


 そんな霧島に、華が心配気に声をかける。

 

「おお、やっぱり華くんか。相変わらずアリス君は腕が良いね」

 

 霧島は、お腹の上に座っていた白いウサギの頭を撫でる。ライトグリーン色を美しい瞳は、宝石のように美しい。

 華のパートナーの魔石生物は治癒系。その身体から緑色の光が霧島に降り注ぎ、霧島の怪我を癒していた。

 

「先生っ。答えてください」


 語気荒く、淡墨は苛立ったように言う。

 

「恭ちゃん、先生も今起きたばかりなんだから」

 

 そんな淡墨を嗜めるように、華がなだめる。

 

「いやいや、大丈夫だよ、華くん」

 

 アリスと呼んだウサギの頭を撫でながら、霧島は淡墨に目線を向ける。

 

「恭介くん。どういうつもりか、と聞いたけど本当にわからないかい?」

 

 質問された霧島は、とぼけた様子で淡墨に問い返した。

 

「……!馬鹿にしないでください。それくらいは読み取れてます」

「それで?」

「生徒のため、黒河君自身のため、……そして僕に黒河君の成長を見せるため、でしょう?」

 

 正解だ、という代わりに霧島はニコリと笑ってみせる。

 

「いやぁ、本気をだした甲斐があったものだね。陽太くん達の成長は僕らが思っている以上に格段に上がっていた」

「それは、僕もそう思います。能力も高いし、判断力もある。そうですね、今日の彼等を見て連れて行っても良いと思いましたよ、にね」

 

 流石にあからさま過ぎたか。

 わざわざ淡墨をこの授業に呼んだのは、陽太の成長を見せるためだ。

 生徒達に見せて陽太の悪い噂を払拭し、霧島と戦うことで得難い経験を積ませて、淡墨に陽太の実力を認めさせる。

 霧島にとって一石三鳥を狙った策だった。

 

「しかし、だからってあんないきなり鎧化してまで戦うことはなかったでしょう?黒河君だっていきなりのことで混乱してたじゃないですか」

「いや、いきなりだったからこそ意味がある」

 

 淡墨の言う通り、本来霧島は鎧化してまで戦う気は毛頭なかった。

 しかし実際レグと戦った陽太の実力、シロの能力は、最近進化したとは思えないレベルで洗練され初めており、霧島を唸らせた。

 

――陽太くんならいけるかもしれない。

 そう言う予感を抱かせた。

 陽太からの鎧化の提案があったからとはいえ、霧島が受けたのにはそう言う背景がある。

 

「突然のことにもしっかりと対応してみせた陽太くんの機転。少ない言葉でパートナーの心意を読みとり、それを実際にやってのけるクロくんの身体能力。何も言われずとも状況を把握し、自分の判断で的確な行動を選択できるシロくんの高い知能。結果、僕相手に30秒も持たせてみせた」

 

 これ以上の結果が、成果があるかい?

 霧島は淡墨に問う。

 

 何か言いたげにしばらく口をパクパクとさせた後、淡墨はふうっと深くため息を吐いて言う。

 

「わかりました、わかりましたよ。黒河君を連れて行く、それで良いですか?」

 

 霧島はにっこりと頷いてみせる。

 それでこそ、無理を通した甲斐があった。

 

「あんな攻撃、先生なら寸止め出来るんでしょうけど普通ならビビって避けきれない、ましては受け切れないですよ」

 

――混乱する陽太に、本気に近いレベルで攻撃した意味があった。

「“JET”なんか身体に負担がかかる技なんか使わないでください。見ててヒヤヒヤしましたよ」

 

――自分の身体を酷使しても見せた甲斐があった。

 

「ですが、これ以降は僕のやり方でやらせて貰いますよ。しっかり彼を見定めさせて貰います」

「あぁ。任せるよ」

 

 陽太くんなら大丈夫。

 彼ならきっと恭介くんの試験を乗り越えられるだろう。

 霧島にはその確信があった。

 

 いつでも攻撃を寸止めで止めることはできたが、首元に押し付けるまで陽太は諦めなかった。

 

 未熟ではある。しかしそれ以上に、その成長には期待しか持てない。

 だからこそやっと、安堵の息を吐いた。

 心の底からホッとしたような、肩の荷が少し降りたようなそんなため息だった。

 

 いや、本当に。

 

――、間に合って良かった。

 

 霧島は華に視線をチラリと向ける。

 肩の力が抜けたような華は、霧島と同じように心底安心し、泣くのを我慢しているかのように唇を噛んだ。

 

 霧島の視線に気づいた華が、霧島にしかわからないように頭だけを動かして感謝の意を表する。

 それは沈痛な表情のようで、安堵した表情のような複雑な顔。

 それだけに、それが華からの心からの謝意だというのがわかる。

 

 霧島はそれにコクリとだけ頷き外を眺める。

 西日が紅く部屋を染める。

 

 淡墨が不満気に霧島に小言を言い始める中、そんな淡墨とは対照的に二人は柔らかな微笑を浮かべた。


_________________________


『魔石生物による治癒』


今からする話は荒唐無稽な話だ。その辺のB級映画でもないような突飛な、奇想天外な話だ。そしてこれが一番残念なことなのだが、これからする話が事実であり、現実に起きたことだ。

認めたくないことだがね。

端的に記述しよう。

魔石生物に治癒を能力として持つタイプがいること。

その治癒は魔石生物だけではなく、人間にも通じること。

治癒能力は、内臓の疾患や病巣を外科手術もなく治療できること。

外傷も、軽い裂傷程度なら30分ほどで傷を癒すこと。

失った腕や命は再生できない。

どのような作用をさせているのかはわからない。正直、理解などしたくもないものだ。

なんせ色んな動物の魔石生物がいるが、治癒は祈るように手を合わせていれば患部が良くなったり、腫瘍がある患部に座っていたら腫瘍が消え去っていたり、光が降り注ぐと治っていたり、と。

こんなもの理解しようと思うだろうか?

医者として生きてきて、私は来年には40年になる。

医療の技術の進歩は凄まじく、多くの人間を救ってきた自負もある。

私たち医者は最先端技術を取り入れて、さらにまた新しい技術を取り入れてを繰り返してきた。

その度に私たちは新しい技術に対応するための知識と、技術を得る必要があった。

医者だけでなく多くの研究者たちが病を治すために研究し、挑戦し、失敗し、成功してきた。

これが人間の成果である。

病と戦ってきた人間の歴史である。

その歴史が、終わったのだ。

医者は、必要なくなった。

病院は検査するだけの機関に成り下がった。

学生時代の地獄のような勉強の日々は、研究者達の何度も何度もの失敗を重ねて得た研究成果は、意味をなくした。

この徒労感や虚無感や、絶望。そして少しの安堵。

この感情を理解するものは、私のような歳の医療従事者だったり研究者だろう。

私は今年で医者を辞めるよ。

魔石生物の治癒能力を、医療の発展とは思わない。

しかし絶望的な患者が治ったことを、喜ばしいと思えるうちに引退したいのさ。

心が医者であるうちに、ね。


参考文献

魔石生物の治癒治療による、医者不要論〜現代の医者の葛藤〜

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