第13話黒河陽太土下座特待生イメージ挽回大作戦
風は少し肌寒く、しかし日差しは暖かい。
桜は散り、空に地面にその花弁を撒いて季節を彩る。
そこかしこで花が咲き、色鮮やかに景色を染める。
小春日和とはまさにこの日のことで、過ごしやすい日で、穏やかな1日が今日も始まる。
いや、始まるはずだった。
目の前の土下座三人衆が現れるまでは。
周囲の反応は様々で、嘲笑する者、思い通りの展開にならなかったからか、つまらなそうに去っていく者、この先の展開を逃すまいとおそらく撮影しながらニヤニヤとこちらを見つめる者。
陽太は陽太で、予想だにしていなかった展開だったので、陽太は未だフリーズしていた。
なんでこいつら土下座してるの?
もしかして、謝るに見せかけた新手の嫌がらせなの?
過去霧島に対して同じような嫌がらせをしていたことを棚に上げた陽太は、そんな事を考えていた。
周囲の雰囲気を目線を配らせながら、しきりに頭を下げては大きな声で謝る3人を見て、陽太は違和感を抱いた。
この謝罪の違和感。
彼らからはっきりとした謝意は伝わってくるが、しかしそのやり方があまりにも大胆と言うか、そう。何かをアピールしているように見える。
そこで陽太はやっと、彼らのやりたいことを察することができた。
そうか。
この3人は先日の出来事の上書きをしたいんだ。
自分達で広めた噂を。
情け無い不良3人組という風に。
現に周囲の声は
「情けねぇな」
「結局は特待生に勝てないから媚びてんだろ!なら最初から喧嘩売んなよダセェぞハゲ!!」
「土下座特待生に土下座とかウケる。いやむしろ逆に喧嘩売ってるのでは?」
興味を失ったかのように勝手な事を言って、勝手に去っていく。
少しずつ減っていく招待もしていない観客だったが、まだ何か起こるんじゃないかという熱心なファンもおり、しかしそいつらは
「テメェら!もう授業は始まるぞ!入学早々に大人数でサボりとはいい度胸じゃねぇか!俺が直々に拳で教えてやろうか!?あぁ!?」
突然タイミングよく現れた口の悪いアーマー種の魔石狩りに、蜘蛛の子散らすように散り散りに消えて行った。
ほとんどの人間が去った後、陽太に一通のメッセージが届く。
相手は目線の先にいる淡墨だ。
呼びもしていないのに、この都合の良いタイミング現れたのはつまり。
なるほど、彼も協力者か。
『なんとなくは気づいているだろうけど、経緯は本人達から聞いてくれ。僕は頼まれただけさ』
と、それだけ送ってきて、片手を上げながら淡墨は去って行った。
その後ろ姿に、土下座三人衆は
「ありがとうございましたぁ!」
なんて言うから、陽太はもう毒気を抜かれてしまった。
彼らに対する悪意が消失していってしまった。
♦︎♢♦︎♢
「もう謝らなくていいから」
そう言って先に釘を刺した陽太と三人衆は、まだ人もほとんど利用していない学食に来ていた。
話を聞く必要があると陽太は判断した。
一限はサボってでも聞く価値はある、もしくは聞かなければならない、そんな義務感も感じたからだ。
昨日も進化という理由はあったが結果的にサボりなので、もしかして特待生剥奪の危機か?
と少しの焦燥感に苛まれるが、しかし目の前の男達を放って置けないのも事実だ。
――だって坊主にしてるし。
頭丸刈りにしてるし。
いや、いつの時代の反省の仕方だよそれ。
それ確か昭和の反省の仕方とかじゃなかったか?
何世代前の反省だよ。
というか坊主じゃなくてスキンヘッドになってるし。逆に斬新だよ。不覚にも笑いかけたわ。
太った男はスキンヘッドではないにしても、頭を刈り込んでいて以外と似合っていた。
残りの背の低い男は坊主にこそしてないが、先日のチャラついた金髪のロン毛から一新して、スポーツ刈りのようになっている。
リーダー格の男は厳つい顔でスキンヘッドだったので、その筋の方かと思うくらい迫力がある。
後の二人はその舎弟感があり、どこぞの昔の不良漫画にでもいそうなキャラクターだ。
少々恐ろしさもあり、しかしその事に触れていいものかと悩んでいると
「黒河さん、その」
図体のでかい厳ついスキンヘッドが口を開いた。
「同い年だし、呼び捨てでいいよ。俺もそうさせてもらうし」
しかし陽太はそんな男にも一切物怖じせずに、むしろさらに相手を制する。
不良というか、アウトローな人間とは散々応対し、敵対してきた陽太である。
彼らは弱気を感じれば、御し易いと言わんばかりに声を荒げたり、安易に暴力に頼る。
しかし毅然とした対応で、一切相手から視線を逸らさずはっきりとした声で理路整然と話せば、大人しくなるやつの方が圧倒的に多かった。
こういう輩の多くは、弱い相手や群れる事でしかイキがることしか出来ない阿呆の集まりだと、陽太は本気で思っていた。
だから恐れは抱いてもそれを表には出さない。その程度が出来るくらいには、陽太も修羅場を潜ってきた。
しかし、目の前の男達はそう言った輩とは少々違うらしい。
違うという事を、彼らは自分の行動で証明した。
だからこそ陽太は彼らの話を聞く理由が出来た。聞いてみたいとも思った。
「そうか。じゃあ黒河、謝るのはやめるが礼は言わせてくれ」
「お礼?」
「そうだ。お礼だ。黒河の話を聞きもせずに、勝手な勘違いであんたを馬鹿にした。そんな俺たちとこうして話をしようとしてくれていることを」
「ホント、ありがたいぜ」
「俺たちには無理だな?」
それぞれ勝手に感心してくれているが、しかしそこは論点ではない。
「あなた達が誠意を持った対応をしてきたからだよ。それならこっちもそれ相応の対応をするよ」
誠意には誠意で。悪意には悪意で。
陽太の座右の銘だ。
「あぁ。だから感謝してんだ。別に弁明する気もねぇ。やったもんは取り返せねぇ。それにこれ以上謝るのはただ自分が楽になりたいだけだしな」
そこで陽太は、感心した。
彼らを侮っていた。
見た目がチャラついた風体で、言動も見た目通りだったから大した考えもなく、感情の赴くままに生きている人間かと思っていた。
しかし彼らは、言い訳するわけでもなく、事実をありのまま受け止めており、陽太が思っていた以上に理性的で、おそらく頭も良い。
「そうだね、君の言う通りだ。じゃあこの話はここまでにして、本題に移ろう」
目の前のスキンヘッドが真顔で頷く。
「そうだ。ここに来てもらったのは他でもねぇ。犯した過ちを償うためだ」
「へぇ。それはどうやって?」
これに関しては、陽太の予想通りだ。
彼は先ほどのようにアピールして陽太の悪いイメージを、自分たちの悪いイメージで塗り替えたが、それは自分たちの禊に過ぎない。
陽太に関してどう詫びるか。
彼らがどう言う考えを持ってきたのか。
そのことに興味があった。
こういった問題は解決することが難しい。
一度抱いたイメージは簡単には覆らない。
無理。
そう言っても過言ではないと陽太は考えている。
実際陽太は過去に、金なし貧乏人、という噂を流されたことがあった。味方をしてくれた人間は別として、陽太のような人間が嫌いな人種からは何度もからかわれたことがある。
それこそ、卒業するまで。
陽太が自分の青春が終わったと感じたのもそこに理由がある。
噂とは、風潮とは、消えずに根深く浸透し、事あるごとにそれは顔を出す。
その事を陽太は身をもって経験していた。
だからこそ彼らの考えが気になる。
自分達を犠牲にして、陽太よりも悪いイメージをつけさせたプライドを投げ捨てた行為。
陽太に恨みを忘れさせる程のインパクトを与えた計画性と思考力。
そしてそれを実際に行った実行力と胆力。
それらは自分には決して出来ない手段で、陽太はいたく感心し、彼らに一種の尊敬の念を抱いた。
実際やられた時はそれどころではなく慌ててしまったが、後々考えればそうした彼らの優秀さがわかる。
その優秀な彼らのさらなる一手がどうなのか、陽太の興味はそこにあった。
「あぁ。聞いてくれ。俺たちの考えた計画、『黒河陽太土下座特待生イメージ挽回大作戦』をーー!!」
あれ?やっぱりこいつら馬鹿なのでは?
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『魔食』
正式名称は『魔石生物に創造された食用性果肉植物』だ。
そう!植物なのだ!
しかし、植物の概念はもう知っての通りぶち壊されている!
まるで肉汁溢れる和牛カルビのような食感と味の、通称『肉汁果』!薄いピンクの膜に包まれたその果実を切ればA5ランクと同じようなサシの入った姿がお目見え!
生で少量の藻塩で行くのもよし!
食中毒など起きはしない!
なんせ植物の果実なのだから!
焼いてジューシーにタレと絡めるのもよし!
もうむしろ昔の生肉を超えたと絶賛!
焼き肉と言ったらやっぱり『植肉苑』で決まり!
参考文献
焼肉『植肉苑』
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