第12話土下座
陽太にとって最高の日から翌日。
陽太達は変わらず朝5時に起き、いつも通りトレーニングを始める。
違うのはクロとシロの大きさと能力である。
本来なら、能力確認をすぐにでも開始したかった陽太だったが、霧島にお祝いと言わんばかりに高い焼肉店に連れて行ってもらいため、次の日までそれをずらすことになった。
美味かった。
とにかく美味い。語彙力がゼロになるくらいには美味しい焼肉だった。
笑みをたやさずに食べる陽太を見て霧島が、
「今度は自分で稼いで食べにくると良い、そうして食べるご飯は格別だよ」
と言われ、簡単にやる気が出るのだから、人間とは単純な生き物だと陽太は苦笑した。
トレーニング方法はクロとシロのポテンシャルがあまりにも変わったため、朝のトレーニングは今まで通りに行い、陽太の授業の空間に、大学内の敷地の訓練施設を霧島が借りてくれたので、そこで色々と試してみる予定だ。
クロは陽太のトップスピードにも軽く流す程度でついて来ているので、もう陽太がクロに身体能力で敵うことはもうないだろう。
そう思うと、少し寂しい。
そうは思いながらも、陽太はその成長が何よりも嬉しかった。
親心とはこういうものかと、じんわりと感じ入る陽太だった。
シロも今日は一度も休憩も挟まず飛び続けているので、体力的にも進化を遂げているのを肌で感じた。
昨日食べすぎた分多めに運動をこなしておきたかったが、今大事なのはクロとシロの戦力分析だ。
今日は早々に引き上げて大学に行く準備をしよう。
その代わり、筋トレをいつもより時間をかけてやろうか。
そんなことを考えながら、陽太はいつもより早く自宅に帰った。
♦︎♢♦︎♢
いつも通りのルーティンをこなした後、まだ大学に行くには時間が早かったため、陽太はクロを大きい抱き枕代わりにして休んでいた。
人をダメにする抱き枕の誕生である。
ふかふかでもふもふなその枕は、抱きしめるもよし、寄りかかってみてもよし、撫でれば嬉しそうにふるふると尻尾をニヤニヤと眺めるもよし。
昨日も、クロと一緒に寝てみたがその結果は、もう最高。
ただその一言に尽きた。
――まさか、こんな方向の戦闘能力も上げるとは…!
春のまだ肌寒い朝にはピッタリで、暖かい鼓動を感じながら起きた朝はしゃっきりとした目覚めを陽太にもたらした。
寒がりなシロは、陽太とクロの間に挟まるように寝ていて、可愛らしかった。ふわっふわの羽毛は顔を埋めるだけで至福の時間を与えてくれる。
そんな2体の写真を昨日から撮りまくった陽太は、写真を厳選し、どれをSNSに上げるか至極真面目に、真剣に葛藤していた。
全部上げるのは簡単だが、やはり大事なのはインパクトだ。
時間にして30分ほど悩みに悩み抜いた後、結局進化した2体の格好良いシーンを若干加工してから上げると、凄まじい勢いでいいねとコメントが増えていき、陽太は口角が上がるのを認識しながらも抑えることは出来なかった。
コメントを返信しながら、陽太のにんまりとした笑顔は、シロが家を出る時間だぞ、とつつくまで続いていた。
大学への向かう前に、陽太は2体を魔石化した。
今のクロの大きさだと、歩道を歩くには少し大きすぎる。
昨日から今日まで2体を魔石に戻していなかったので、進化後の魔石を見るのは陽太も初めてだった。
改めて2つの魔石を見つめると、進化前と比べて大きく変化しているのがよくわかる。
まず大きさが違う。
クロの魔石で言えば3倍以上大きくなっている。シロも倍近く大きくなり、首からぶら下げる感覚がいつもと違う。
クロの魔石は表面が紅色だが、中心に向かうにつれて黒くなっていく。クロの毛皮と同じで美しいグラデーションで、それを見ているだけでも飽きないとても美しい魔石だった。
黒曜石の光を通さないような真っ黒で漆黒の色も好きだったが、この進化した魔石はそれとはまた違った美しさを感じる。
シロの魔石はクロとは逆で、中心に向けて碧く染まっていき、中心の色はシロの瞳と同じ濃紺の色に染まっている。こちらのグラデーションも美しく、甲乙つけがたい。
シロの魔石は透明感と光沢が増し、宝石のような美しさを誇るようになった。
魔石生物のもう一つの楽しみ方、アクセサリーとしての魅力も進化していた。
ペンダントではなく、別のアクセサリーにでもしようかと、そんな二つの魔石を歩きながら嬉しげに見つめている陽太は、はたから見れば新しいおもちゃを買ってもらって何度も確認している子供のようだった。
しかし、その表現は中々に的を得ていて、陽太は子供のような純粋な喜びに満ちていた。
普段猫を被りがちな陽太からはあまり見れない、愛想笑いでもない本心からの笑顔だった。
しかしその喜びも、大学の門の前までしか続かなかった。
例の3人組が、懲りもせずに陽太の前に再び立ちはだかったからだ。
一瞬にして心が冷え込んでいくのを感じる。
先ほどまで気にしていなかったが、周りの通学中の学生の目を陽太は集めていた。
噂も学校中に広まったのか、視線には嫌悪や好奇心、侮蔑のような視線が混在していた。
陽太とその3人を見て、楽しげに喧嘩を煽るように野次る者、鬱陶しそうにしている者。様々な人間がそこにはいた。
人の視線や人の機微を散々気にしてきた陽太は、自分がかつてないほど危うい立場にいることがはっきりとわかった。理解していた。
単純な話で、数とは力である。
幼い頃に
昨日まで仲良くしていた子に、急に無視をされてひとりぼっちになった疎外感は未だ忘却の彼方には消えてくれない。
周囲から孤立し、揶揄されて、意味もなく、意味も知らないだろう言葉を並び連ねて罵倒されたことを覚えている。
その孤独感を、陽太は生涯忘れることはない。
その恐怖が、陽太から消えることは生涯ない。
当時の先生が仲直りの手助けをしてくれなければ、陽太の人生はもっと違うものになっていただろう。
陽太が器用だったことと、場の流れで許すことになったからその場を乗り切ることが出来た。
もし不器用で引っ込み思案だった場合、立ち直ることが出来なかったかもしれない。
あの日。陽太は初めて知った。
孤立することは、足が震えて声が出ないほどの恐怖をもたらす事を。
ただ泣いていても、好転することがないことを。
孤独とは、地獄である事を。
それが陽太の心の傷であり、同時に処世術を得る大きな出来事だった。
霧島たっての願いだったから、彼らに報復するのはやめた。
しかしもう一度牙を剥くなら、容赦はしない。
陽太は敵意を剥き出しにするように目をカッと見開いて――
陽太の心は、クロとシロの進化により精神的に満たされていた。
その安定は陽太に自信と、揺るぎない心の強さを与えてくれた。
例え学校中の生徒に嫌われようが、ハブられようが構わない。
自分には頼もしいパートナーがついている。
ペンダント状の魔石がボヤッと光り、まるで手を貸そうか、とでも言っているようだった。
しかしそれには及ばない。陽太はそっと魔石を握ると、光は収まる。
もう、誰に恥じることもない。
自分のパートナーを尋ねられても隠す必要もない。
なんなら自慢したいくらいだ。
以前は服の中にしまっていた魔石を堂々と見せつけているのは、陽太の決意の表れだ。
もう誰かに媚びることはない。
必要以上に人の機微に気にする必要はない。
力が弱く、人に同調することでしか生きていけなかった幼い頃の陽太ではない。
さあ、前を向こう。
弱い自分とはさようならだ。
だから陽太はもう一度力強く目をカッと開き、相手を真っ直ぐ見つめ直す。
陽太に喧嘩をふってきた3人の不良を。
「「「すいませんでしたぁ!!」」」
目の前で綺麗な土下座をかまして、声の限り謝り続ける3人を。
――なぁに?これ?
何度目を開き直しても変わらない結果に、陽太は何度も目をしぱしぱさせる。
現実が受け入れられず、また口から魂が抜けそうだ。
しかし。
心の強くなった陽太は、そんなことにも心が波立つことはない。
いかに周囲の人間が困惑しざわざわしていても、陽太はその程度では心は惑わない。
だから陽太はビシッと言い放った。
「お、お願いだから、立ってください……頭を、上げてください……」
震えた小さな声でそんなことを言い放った。
「いや!この頭は上げられねぇ!とんでもねぇ勘違いをして、とんでもねぇ迷惑をかけちまった!どうか、しっかりケジメとらさせてくれ!」
「「「本当に!すいませんでしたぁ!!!」」」
陽太は一つ学んだことがある。
土下座は意外と有効であるという事。
そしてもう一つ決めたことがある。
土下座すんの、もう金輪際やめよ。
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『土下座』
それは日本人の最上の謝罪であり、お願いの仕方である。
未だに土下座がdogezaと翻訳されるのは、外国においてこの言葉に相当するものがないために相違ない。
そう、土下座とは日本人が世界に誇る謝罪と要求の形なのだ。
謝りたいことがないだろうか。
お願いしたいことがないだろうか。
でも難しくてできない。そんなあなたのための本なのです!
明日から使える浮気の謝り方、お小遣いの増やし方、紹介します!
これであなたも明日から土下座マスター!
参考文献
至高の謝罪と究極のお願いの仕方とは!?
これを読めばあなたの明日はきっと変わる!!
※参考例を試した方から苦情と失敗の反響を多く頂きましたが、本書はフィクションです。
あくまで参考なので、実証には及んでおりません。
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