第10話待望の日は
内心で言えば、ふざけんな!というのが陽太の思いだった。
霧島がどんな提案をしてくるかと思えば、まさかのあんな奴らを庇うことだとは。
正直に言えば、本当に勝手ながらガッカリした。
あんな奴らを、特待生だから気に食わないと絡んでくるような奴らを、まさか庇うなんて。
陽太は昔を思い出す。
2体持ちだからと、成績がいいからと嫉妬から絡んでくるような人間を。
誠意には誠意で。悪意には悪意で。
陽太はそんな人間と徹底抗戦で立ち向かってきた。
陽太に非がないと知っている友人達は、陽太を守ってくれた。
一緒に戦ってくれた。
それは陽太の、自分で築き上げた財産の一つだと思っている。
だが。
今回においては自分のミスもある。
霧島がそれを飲んでくれるなら、自分も飲もう。
なんなら、この程度で済むのならありがたいと考えた方が精神衛生的にもいい。
陽太は本来なら、2回目、とも言っていたので、大学に抗議して何らかの処置をしてもらうことを考えていた。
やるなら徹底的に。手は緩めない。
陽太にはそういう清廉潔白な節があった。
「……わかりました。霧島先生が、それで、手打ちとして頂けるなら」
陽太はあえて言葉を澱むように喋った。
本当は嫌だぞ、というのを伝えるためにだ。
それはまだ、陽太が大人になりきれていない、割り切れない子供っぽさの証でもある。
逆に言えば陽太が霧島に甘えている、信頼している証拠でもあった。
どうでもいい他人なのであれば、陽太は笑顔でありがとうと言えていただろう。
「……そうかそれはありがた」
「いや先生。それでは言葉足らずでしょう」
そこに、今まで黙っていた淡墨が割り込んだ。
「その絡まれた件、
「……ほとんど、ですか」
「そう。ほとんど、だ」
淡墨は少しは陽太にも責任があると言いたいらしい。
陽太は少しムッとなる。
自分に非があるとは一切思えなかったからだ。
「いや、僕もさっき君がいなくなった時に聞いたんだけどね」
「恭介くんそれは」
「いや、先生。彼にはしっかり説明するべきですよ。これは逆に彼のためにもなります」
何のことだ?陽太はいよいよ首を傾げる。
「君の特待生試験での土下座のことだよ。その界隈では結構問題になってたんだよ?」
「さっせんしたぁ!!」
陽太は頭をゴツン地面につけて土下座した。
何も学んでいなかった。
♦︎♢♦︎♢
話はこうだ。
どうやら陽太の土下座は、陽太自身は知らなかったが、試験会場では大きいとは言わないが、それなりにの揉め事になっており、問題視されていたようだ。
というのも、霧島はかなり人気の先生だったことが大きな要因の一つだ。
ナナシの英雄だとは知られてはいないが、霧島の魔石生物はかなりの貴重種で有名らしく、霧島の元で学びたい、特待生として教わりたい、と考えていた生徒が多かった。
陽太は陽太で、特待生の話を霧島から言い渡されて浮かれきっていたものだから、正直当時のことをほとんど覚えていなかった。
帰り道はクロとシロと一緒にスキップして帰るくらいハイになっていた記憶はあるのだけど。
会場にはアーマー種保持者もいたというのだから、陽太は愕然とした。
まさかたまたま声をかけられた相手がそんな凄い人だとは当時は微塵も思っていなかったからだ。
「先生が君を選んで特待生として受け入れたのだからそこは気にしなくてもいいんじゃないかな」
「流石の僕も哀れみだけで特待生を決めたりしないよ?」
「……なら先生はなんで俺を選んだんですか?」
アーマー種保持者が霧島の元を希望していたのであれば、陽太を選ぶ理由は本当にない。おそらく、霧島が拾ってくれなければ、陽太のことは誰も拾ってくれなかっただろう。
本来、陽太を選ぶ理由は、2体持ちと言う以外魅力はないはずだ。
思っていた疑問を、霧島に問いた。
「君が勿体無いと思ったからだよ。君と君のパートナー達の絆はとても深い。二体持ちでそれを維持すると言うのは、言うには容易く、行うは難し。ましては食わず嫌いでね。それはレア種なども到底及ばない評価点の一つだと僕は思っているよ。個人的な考えであるとは認めるけどね。不服かい?」
「いえ、有難い限りです。とても」
それは陽太にとって本当に嬉しいことだった。
しかし、それだけではなさそうだと陽太は言葉の節から感じ取っていた。
「そしてその結果、君には慣れたことかもしれないが、それを公平ではないと感じた子達がSNSなどに書き込んでちょっとした騒ぎになっていたのさ」
「なるほど、そして彼らはそれを嗅ぎつけたと」
「それは少し違う」
そこで霧島の訂正が入る。
彼らは霧島先生が仕方なく特待生にしたと勘違いし、良かれと思った結果の行動らしい。
いや全くそれは、はた迷惑な勘違いとしか言えない。
「今回の件、僕にも責任があってね。彼らは僕の出資している孤児院出身なんだけど、それで」
「え?いや待ってください。今ヤベェ情報が出ませんでした?」
出資している孤児院?いや、そうか。
先生はナナシだから、魔石樹の所有権めっちゃ持ってるのか。
そうだ!考えがまわってなかった!今目の前にいる男は、とんでもない金持ちなんだ!!
「これでもそこそこの資産家でね。金はあっても使い道がないから、孤児院に寄付したりと色々していてね」
なんだこの人!英雄で聖人とか化け物か!!
現人神か!!
「ちなみに僕も先生の寄付した孤児院の出身だよ。この学校には先生に縁のある孤児の子が少なからずいる。先生のことを慕ってね。だから先生を守ろうと躍起になる生徒もいるんだ。そして、今日君に絡んだ子達もそのうちの1人ということさ」
そうか、なるほど。今やっとわかった。
やっと得心がいった。
彼らは霧島先生が陽太に騙されている、もしくは情を引いて先生から搾取しようとしている、そういう人間に見えたのかもしれない。
「そっか。彼らからしてみれば、俺は先生にたかる悪人に見えたんですね」
「そこまでは言わないけれど。それでもかなりの警戒心を持っていたことは違いない。おそらくだけど、君が昨日大量の魔石を持ち帰ったところを見たんじゃないかな」
じゃらじゃら音がしていたから、カバンの中身が魔石だと言うのは見なくてもわかるしね、と淡墨は話を終えた。
昨日の陽太は重い荷物を持っていたので近道だからと言う理由で人通りの多い繁華街を通って帰ったが、その時に見られていたのかもしれない。
「彼らは僕を守ろうとしてくれてたみたいでね。手段は褒められたものではない。罰も受けるべきだとも思う。ただ、少しだけ弁護はしてあげたくてね」
「いえ。納得しました」
霧島が庇う理由もわかったし、納得もした。
理性では納得はしたが……、感情はそう簡単にはいかない。
それは彼らの勝手な勘違いで、しかもただのエゴだから。
それで陽太の大学生活を無茶苦茶にしていい理由にはならない。
今後、陽太が彼らと相容れることはないだろう。しかし、彼らが悪意ではなく、義憤からの行動からだと言うのであれば、許すのもやぶさかではない。
「全てに納得したわけではありません。ですが彼らなりの根拠もあり、自分の過失もあったみたいなので、今回の件はお互い水に流すと言うことでどうでしょうか」
高い勉強代を払ったが、いい勉強になった。
今回の件を糧にして今後の人生に活かせばいい。
陽太はそう、前向きに考えることにした。
「そうか。ありがとう」
「いえ、こちらも考え不足でご迷惑をおかけしました」
お互いに頭を下げたところで、淡墨がポンと手を叩いた。
「では、この話はここまででいいでしょう。もう一つの重要な話に移りましょう」
そうですね、頷き合った後、霧島が言った。
「君のパートナーの進化について、少し話そうか」
「さて。ではまずは魔石に戻してくれないか?」
その言葉通りに、クロとシロを魔石に戻す。
そしてそこで初めて気付いた。
「色がついてる……?」
本当にうっすらと。
光の見え方でうっすらとではあるが、二つの石には色がついていた。
黒曜石ののような石の表面に赤い光沢が、シロの魔石は中心が青く見える。
「やっぱりね」
霧島は予測通りだと言わんばかりに一つ頷く。
「これはよくある症例何ですか?」
「“過食”のことかい?」
「そうです」
モノクロ系が
“食わず嫌い”は、属性進化を遂げることが多いため、そのことについてはしっかり調べていた。
「では説明しよう」
そう言って霧島はNWを操作し、陽太に情報を送ってくる。
それは一つの症例だった。
とある“食わず嫌い”の魔石生物が、瞬く間に進化した過程である。
「これは……」
「そう。君のパートナーと同じだ。違う部分はこの魔石生物はプロの魔石狩りに
「はい」
陽太は情報に目を通しながら言う。
「その魔石生物はちょっと特殊でね。緑のエリアにいながら、本人の欲する色は黄色という食わず嫌いだった。飢えて蹲っている所にたまたま通りがかった魔石狩りが所持でしていた魔石をあげて……と言う流れだよ」
聞きながらも情報を読み進めていくと、驚愕の事実が記載されていた。
「3日で進化……!?」
「そう。その魔石生物は持ってきた魔石を全部食べてね。それを面白がった魔石狩りがどれだけ食べれるのかと試した所、三日で進化を遂げた」
今回のケースと似てるとは思わないかい?
そう言って霧島は楽しげに笑った。
♦︎♢♦︎♢
「これはつまり、食べれば食べるだけ進化する魔石生物がいると言うことですか?」
「それはもちろん違うよ。しかし」
淡墨がお茶を淹れながら言う。
「そして、それは正しい」
「えっと……つまり?」
「何もわかっていないという無知の証明、ですね」
「そう言うこと。まだ僕たち人間は魔石生物を知らなさすぎる。そして研究するには時間と労力がかかる」
どちらも足りていない状況だと言って、霧島はお茶を啜った。
「ちなみに、この現象は何度か報告されている。そんなに多い例ではないけどね」
「それではあんまり先生の研究として意味がないのでは?」
「それはないよ。データは多ければ多いほど良いものだし。それに僕自身、生で見るのは初めてだ。この現象には一つの予想を立てている」
「それは僕も聞いたことなかったですね。聞かせてください」
お茶を霧島と陽太に出しながら、淡墨は話を促した。
「あくまで予測として聞いて欲しいのだけど」
お茶を一口飲んだ後、霧島は語り出した。
「まず、魔石生物は生物ではあるが、我々地球の生物という概念からはかけ離れている。生命体としての起源が違う。僕らの成長と、彼等の進化は同じであるけど全く違う。日々成長していく人間に対して、魔石生物はとある日を境に急成長を遂げる。つまりエネルギーを内部に蓄えている」
頷く陽太達を見て続ける。
「この現象においてトリガーは飢えだと僕は思っている。飢えているが故に既に進化の条件を整えていても、進化するエネルギーが足りない。日常にエネルギーを使ってしまっている。今回“過食”することで食い溜め、とは表現が少し違うかもしれないけど、日常のエネルギーではなく進化のためのエネルギーに変換したのではないかと思う」
「……つまり先生はエネルギーさえあれば、クロとシロはもう進化出来ると考えているんですか?」
「その通りだよ陽太君。最初は二、三ヶ月はかかると考えていたが、今日僕は核心に近いものを持った」
霧島が陽太の目を真っ直ぐ見て言った。
「君のパートナーの進化はもう目の前だ」
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『風呂』
魔石生物は綺麗好きが多い。
特に生体種はかなり綺麗好きで、風呂に入るのはザラだ。実在した生物は水が苦手な動物が多かったが、魔石生物はそれに当てはまらない。
例えば猫型だとしても、そのほとんどは喜んで風呂に飛び込み、泡で洗うように主人にせがんでくる。
外人などは、魔石生物にせっつかれて仕方なく風呂やシャワーも浴びる人も多い。
中には自分で勝手に入るくらい、風呂は魔石生物において娯楽の一つだ。
参考文献
お風呂で温まる身体と信頼
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