第9話反省会

「ひゃ、ひゃくまんが…」

 

 消えている。

 無くなっている。

 

 陽太は自宅の部屋で両手両膝をつき絶望した。

 

 一難去ってまた一難、そんな言葉が頭を掠める。

 

 今の陽太の感情は控えめに言ってぐちゃぐちゃだ。

 

 青春が終わったと思った瞬間からの、待望の進化と言う爆上げからの、百万円を失う感情の落差。

 

 ジェットコースターもかくやという激動の一日に、陽太は完全に思考停止に追い込まれていた。

 

 その感情はもはや虚無である。

 口から陽太の魂が半分出ていた。

 

 しかし、そんな彼の背中を優しく撫でるものがいた。

 

 優しく。

 そうまるで労るかのように。

 

 凍てついた陽太の心に染み渡る温かい思いやりは、陽太に感情を取り戻させていく。

 

「いや、お前らのせいだよ!!」

 

 相手が相手なだけにブチ切れた。

 

 まるで第三者のように優しく撫でていたのは、犯人の2体だった。

 

「お前ら!マジで!ひゃ、百万円だぞ!?」

「ほーうほーう」

 

 しかしここに至っても犯人は、陽太の怒りをものともせず、むしろ逆に落ち着けと言わんばかりに羽を広げた。

 

 もう片方の犯人のクロはその後ろに隠れてビクビクと震えている。

 

「落ち着けるか!!貧乏学生舐めんな!明日からもやしも食えねぇわ!」

「ほーう、ほーう」

 

 シロは、コイツ面倒臭いモードに入ったなぁ、と思いながらどうどうと、陽太を諌める。

 

 自分が原因だというのに、悪いという自覚が皆無なシロは、ある意味で陽太より大物だった。

 

「禍福は糾える縄の如しってか?いや禍が多すぎんか俺の人生!福が足りんぞ!もっと俺に幸あれ!」

「ほーほほほう!ほほーう!」

 

 そこにシロは、そんな不幸なお兄さんいいお話があるんですよー、とニタリと笑って近づく。

 

 もちろん、そんなシロは自分が悪いことは既に忘れている。

 

 大物であるが、大馬鹿でもあるのかもしれない。

 

「だ、騙されないぞ!そうやってお前に何度騙されてきたことかっ」

「ほっほっほっ」

 

 チッチッチと言わんばかりに羽を振り、クックック、そんな話があるんですよぉ、としたり顔をかましたシロに、陽太は一縷の望みをかけるように耳を傾ける。

 

「ホウ!ホホーウ!」

 

 片羽を自分に向け俺に任せろと言わんばかりのシロ先生は、身振り手振りに話し始めた。

 

 そうやってなんだかんだ何回も騙されては話を聞いてしまう陽太は、ダメな男に情で絆され貢がされる女のようだった。


♦︎♢♦︎♢


「なるほど、たしかにそれなら……」

 

 いけるかもしれない。

 

 陽太は智将シロの策に納得した。

 

 シロが言った策とは、自分達は霧島にとって貴重な研究材料になり得る、と言うことだ。

 

 霧島達の反応からして、これはなかなかレアな現象である。

 

 食べ過ぎた自分達も思ったことだが、満腹感がいくら食べても来ず、食べてみたらほとんど食べてしまったとのことだ。

 

 しかしここで疑問が浮かぶ。

 

 なぜ自分達はここまで食べることが出来たのか。

 

 クロもシロも魔石生物ではある。が、“生物”である。


 生きる上で呼吸は必要だし、水も食事も睡眠も必要だ。

人間と同じく限界があり、過剰に取ろうとしても取れるものではない。

 

 シロもクロも現状では小型と言っても相違ない。

 

 そんな生物がたった2回の食事でそれぞれ10キロ近くもの量を食べれるものだろうか。

 

 自分の体積を超える量を食べれたのは、この瞳の色が証明している通り何らかの理由がある。

 

 そしてそれは、霧島に対して有意義な研究になるのではないか、と説明しシロ先生は満足気に膨らんで胸を張った。

 

 そうか。そのことを説明すれば先生も次の魔石を融通してくれるかもしれないし、今回の件も研究対象に昇華出来るかもしれない。

 

 淡墨は投資と言っていたが、進化も含めさらなる期待の投資が望めるかもしれない。

 

「行ける…!行けるぞシロ!」

「ホーウ!」

「くーんくーん」

 

 俺が表情を綻ばせたことにより、シロは羽を腰に当てるように胸を張り、クロはごめんねごめんね、と言わんばかりに陽太に擦り寄ってきた。

 

「そこまで考えているとは!やるな!シロ!」

「ホウッ」

「わぉん!」

「流石はシロだぜ!」

「ホホホゥ」

「わん!」

 

 陽太はシロに近づき頭に手を置いた。

 

「で?それ後付けの理由だよな?」

「ホ……」

「きゅーん」

 

 置いた手で頭をがしりと掴み

 

「もし先生が興味を持ってくれなかったらどうしてたんだ?」

「ほひ……」

「きゅいーん」

「仮に興味を持ってくれたとしても、百万円を一日で消費した馬鹿にさらに何かしてやろうと思うもんかな?」

「ほひゅ」

「きゅ」

「なぁ?教えてくれよシロ」

 

 そこで頭に力を込めてお仕置きを開始する。

 

 すでにクロなどは覚悟完了と言わんばかりに陽太の隣に姿勢を正して座り、ぎゅっと目を瞑っていた。

 

「覚悟しろお前らぁ!!」

「ほほーーウ!!」

「くぃん」

 

 智将シロ先生敗れたり。

 

 シロの悲鳴は残念なことに、防音設備完璧な現代では誰に届くこともなかった。


♦︎♢♦︎♢


「すいませんでしたぁ!!!」

 

 陽太は再び土下座をしていた。

 

「……僕はこれから君の土下座を何回見るんだろうか……」

 

 目を揉むようにほぐす霧島は、困り顔でため息をつきながら言う。

 

 お仕置きをした後、2人の首根っこを掴み再登校した陽太は、霧島に開幕土下座を敢行していた。

 

 すでにこれで3回目で、霧島は早くも慣れ始めていた。

 

 その横で、最近土下座を晒していた淡墨は、共感性羞恥で陽太を直視できず、窓の外を見て顔を赤くして現実逃避をしていた。

 

「ほうほう」

 

 と悲し気な声を出して頭を下げるシロの身体に、墨のようなもので『私は悪い事をしました』と書かれている。


 シロは自分の真っ白な羽毛がお気に入りで、綺麗好きだ。


 お風呂も羽繕いも欠かさない。そんなシロのお仕置きは、その羽毛を汚すことだった。

 

 自慢の羽が汚れたシロは、どこか気落ちして見える。


 が、ここで甘いところを見せるとすぐ調子に乗るのがシロだ。陽太は断固としてお仕置きを敢行し、本日のお風呂禁止を言い渡した。

 

 もちろん水性であるし、羽毛に跡が残らない特殊なインクを使ってはいるが。

 

 ……しっかり反省しているようなら、まぁ、綺麗にしてやってもいいんだが。


 と、ツンデレ風に思う陽太は、やはり甘い。

 

「きゅいーんきゅーん」

 

 クロは伏せたまま寂しそうに声を出す。


 クロは甘えん坊だ。


 なので、構ってあげない、というのが1番のお仕置きになる。

 

 どうせシロに唆されてやったのだろうが、罪はある。

 

 ひっきりなしにくーんくーんと甘えた声で「ごめんねごめんね」と言いたげに寄り添ってくるクロを無視し続けた結果、ショボンと耳と尻尾を垂らしてうずくまった。

 

 陽太は思わずわしゃわしゃと撫でまくりたい気持ちにさせられるが、ここは我慢である。

 

 ダメなものはダメと教えるのが陽太の役目だ。

 

 ……後で思う存分甘えさせてやろう、と考える陽太は甘々だった。

 

 親バカと言っても過言ではない。

 

 首根っこを掴んで登校している時も、構っていると思ったのか、尻尾を嬉しそうに振ったクロは、いや、ほんともうかわいい。かわいい。

 

 てか、お前、狼だよね?犬じゃないよね?

 

 もう少し凛々しさというか。


 ワイルドさがカケラもないんだけど。お父さんちょっと心配。

 

 などと、頭を地につけながら回想をしていると

 

「いや、あのとりあえず頭を上げて説明してくれないかな?」

 

 という言葉を聞いて、あ、そういや何も説明してないや、と思い出したのだった。

 

 お仕置きの心の痛みで、陽太の頭はそこまで回っていなかった。


 陽太は誤魔化すことなく、しかし、智将シロの案も一聴の価値はあると思い、さりげなく、いや、こちらは別にそういうつもりじゃないんですけどぉ、ほんと聞き流していただいて構わないですがぁ、と装いつつシロのアイデアを霧島の利益のみを抽出して話した。

 

 すると

 

「いや、それはとても価値のある研究テーマだよ」

 

 あっけなく受理された。

 

 隣でほら見ろと言わんばかりに羽を広げたシロに、陽太はすかさず筆を構えた。


 そしてシロは、それはそれは低く頭を下げた。

 

 こういう時のシロは本当に頭悪くなるなぁ、と陽太は深々とため息をついた。



「しかし、先生に利益があると言っても、こちらに非があるのは事実です」

 

 罰が必要である、と陽太は主張する。

 

 信賞必罰。これは徹底すべきだと陽太は訴える。

 

 その隣で、本当この主人はバカ真面目だな、と呆れるシロと、うちの主人は正直で偉い!と思う2人は『双子』の割に大きく性格が異なっているのがよくわかる。

 

 誠意には誠意で。悪意には悪意で。

 

 それが陽太の座右の銘だ。

 

 陽太はそうやって生きてきた。


 特にお金は陽太にとって死活問題だった部分。


 陽太がナーバスになっているのはある意味で仕方のない話だった。

 

「百万円もの価値有るものを一瞬でなくしてしまったのだから、それ相応の責任が伴うと思います。借金という形でも構いませんし」

「それは断る」

 

 陽太が喋る途中でバッサリと切り捨てるように、霧島が言う。

 

「君は子供だ。そして、失敗をして学ぶのが学校という場所だ。その失敗を叱るのではなく咎めるのは、教育者として失格だよ」

「……しかし、値段が値段です」

「そうだね。その失敗にどのような価値を見出すのかは生徒次第だ。だが、今回に限って言えば、それは元々僕のものだ。例えそれが数日でなくなろうが、数ヶ月保とうがそことはどうでもいい。……それに君の話にも出たが、僕にもメリットがある。これじゃあ、ダメなのかい?」

「先生が、良いと言ってくれるのなら、……いや、ですが……」

 

――危ういな、この子は。

 

 霧島は心で陽太に危機感を抱いた。

 

 過去を見ればお金の件に関して陽太がナーバスになる気持ちはわかる。


 しかしそれにしても。

 

 責任感が強すぎる。

 

 元々の性格なのか、それとも大家族での長男として生まれたせいか。


 はたまた2体持ちという恵まれているが、環境に恵まれていない不安定な立ち位置で生きてきたせいか。

 

 彼は特待生だ。


 たまたま恵まれた自分は、結果を出さなければいけない、と彼は考えているに違いない。

 

 もし仮にうまくいかなかった場合、彼は責任感押し潰されてしまうだろう。

 

 学校とは失敗してもいい場所だと、霧島は思っている。


 教師としての役目は、転んだ時の立ち上がり方、上手な転び方などを教えることだ。


 それは個々によって様々考えはあるだろうが、霧島は立ち上がることが何よりも大事だと考えている。


 しかし、今の陽太は……。

 

 危うい。

 それは、子供の責任の背負い方ではない。

 

 少なくとも、霧島の教育理念としてはそれは間違っているものだった。

 

 大人ならば何も言わないが、この子は子供で、自分の生徒だ。

 

 ならば、その肩の荷の降ろし方を教えるのも教師としての役目だ。

 

 仕方がない。


 本来なら対価として出したくはなかったが、彼もこれで納得してくれるだろう。

 

 霧島は、今後の陽太の教育方針を考えつつ、落とし所を決めた。

 

「そうか。それでは対価、というか一つ帳消しにして欲しいことがあるんだ」

「自分に、出来ることなら」

 

 そんなことがあるだろうか、と首を捻る陽太に霧島は言った。

 

「今日、君に絡んできた子達のことを許してやって欲しい」

 

あの子達は、そんなに悪い子じゃないんだ、と霧島は言った。


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『大学』


この非常時に置いて学生が大学までの進学ができる余裕がのは、危機はあれどそれが切迫していないからです。

ポストアポカリプスで衣食住、インフラ設備、科学技術等々において人類は多くの犠牲を出し、遅れをとりました。しかし、それを補ってくれたのも魔石生物です。

服の素材を得ることができ、住む場所を魔石生物が作り、与え、守ってくれる。そして新しい食物『魔食』を生み出し、私たち人類は生存を続けています。

大量生産が可能で、美味しく、そして何よりも安価でそれを食べることができる。

インフラ設備も科学技術でさえ魔石生物により実現しているのはもう有名な話ですね。

魔石生物は私たちの生活の根幹を壊しましたが、その代替となって支えてくれています。

人類と魔石生物は共存できると、私たちが生きていることこそがその証明に他なりません。

貴方達、子供達は青春を謳歌することを許されるのは以上の理由です。

ただし、多くの国において22歳までが学生でいられる期間としている。我が国もそれを規定としています。

それ以降学問を学ぶ場合は、最優秀な人間しかその資格を得ることが出来ません。

席は限られているのです。

そう。貴方に貪欲な知識欲があるのなら。

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参考文献

みんなあつまれ!秀優塾!(ネット広告)

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