第8話進化の予兆

 流石に、アーマー種が来るのは予想外だった。

 

 陽太は目の前のアーマー種を見て思う。

 

 アーマー種は最強の種族であると共に激レアな魔石生物だ。

 

 持っていれば『魔石狩り』としてあらゆる大学からオファーが確実に来るし、何より狩りにおいての安全性、確実性が段違いだ。

 

 魔石生物人気ランキングは常に不動の一位。


 今年の入学者の中に、アーマー種のパートナーがいないことから、そのレアリティの高さはわかるだろう。


 いたら特待生はその子のものだったはずだ。

 

 2体持ち程度のレアリティならば、アーマー種には敵わない。

 

 そのくらい強く人気で、激レアの魔石生物が陽太の目の前に現れた。




 陽太は慣れたもので、絡まれた瞬間に学生課に通報していた。


 学部が学部なので、訓練と称しての魔石生物同士の争いは起こる。

 

 特に血気盛んな新入生が入学した4月は一番多い。

 

 学校側から万が一トラブルに巻き込まれたら学生課へ連絡を、という話を聞いておいて良かったと陽太は独りごちる。

 

 普段なら警察だが、学校もことを荒立てたくないだろうからと配慮した陽太は素直に学生課に連絡を入れた。

 

 まさかこんな早く絡まれるとは陽太も予想外だったが、ここにいるのは魔石狩りの資格を狙う学生だ。

 

 学友は皆んな味方であり、同時にライバルでもある。


 

 ここでの生活は未来にまで紡ぐ絆を作る。

 

 そして。

 

 ここで生まれた軋轢は未来にまで禍根を残す。


 

 それを防ぐための学校側の防衛策が、プロの魔石狩りを雇うことだ。

 

 喧嘩の仲裁、仮想敵として授業講師として参加、相談役など幅広い分野で活躍している。


 喧嘩の仲裁と言っても魔石生物が絡めば被害は馬鹿にならない。


 怪我人などが出れば学校の権威が傷つく。

 

 そのための防衛策だ。

 

 資格持ちからしても週2、3程度の拘束で給料を貰えるので、美味しいバイト感覚だったりする。

 

 魔石狩りの引退後の行き着く先の1つが教育者なので、恩を売る為にも、自分の為にも参加する人間は少なくない。

 

 この学校の雇った『魔石狩り』はアーマー種。

 

 陽太は場違いながら、この学校金持ってるな、と思った。

 

「全く、早々に2回目かよ。血気盛んだなぁおい」

 

 鎧越しに響く声は荒々しかった。

 

「あ?しかもまたお前らか。てめぇら舐めすぎじゃねぇか?」

「いえ、その」

「そのじゃねぇんだよ。また、痛い目見ねぇとわかんねぇのか?」

「…いえ」

「…すいません」

「…いや」

 

 彼が現れた瞬間、3人はビクビクと怯えだした。

 

 また、と言っているし、先程誰かが言っていた件だろう。

 

 本当にどうしようもない奴らだ。

 

 陽太は心の中で3人を罵った。

 

「お前もお前だ!入学早々に絡まれてんじゃねぇ!特待生ならそれくらい気ぃつけろ!」

 

――え、俺!?俺が悪いの!?

 

 陽太はビクッとしながらもすぐに対応する。

 

「す、すみません。お助け頂きありがとうございました」


 とは思いつつ、陽太は謝る。

 

「うっせぇ!喋りかけんな!」

 

 予想外の返答に陽太は口を開いてフリーズした。

 

「テメェらも見せもんじゃねぇぞ!散れ!授業遅れても知らねぇぞゴラァ!!」

 

 突然のアーマー種の参戦によりさらに増えた野次馬はしかし、そのアーマー種の恫喝により散り散りに去っていく。

 

「3人は来い!立て続けに問題起こしたお前らはタダでは返さねぇぞ!特待生はそこで待ってろ!」

 

 アーマー種の男はそう言って悄気るしょげ3人を連れてどこか行く。

 

 ポツンと立っている陽太を、ある者は憐憫の目を、ある者は好奇の目を、ある者は侮蔑の目を陽太に向けて去っていく。

 

 同級生、もしくは先輩方が陽太に遠慮のない視線を向ける。

 

 去りながらも陽太の話でもちきりなようで、『土下座特待生』や、『残念イケメン』などとクスクスと時には笑いながら去っていく。

 

 きっと、今日中にこの噂はこの学校に知れ渡るだろう。

 

 春の暖かい日差しを感じながら、陽太は思わず呟いた。


 

「俺の青春、終わったわ」



 

 始業のベルがなった後も、陽太はベンチに座り、自分の青春の終わりを嘆いていた。

 

 陽太は夢見ていた。

 

 大学生になり、魔石狩りとして活躍してクロとシロの食料を稼ぎつつもお金を稼ぎ、友人達と共に遊び学び、そしてゆくゆくは彼女を作るのだと。

 

 容姿にはそこそこの自信もある。


 そしてプロの魔石狩りとなればそれはモテる。


 人気の職業だし、何より金が入る。


 それを大学生でやれるとなればそれはもう、絶対にモテる。

 

 陽太は自分の栄光ある青春に酷く期待していた。

 

 小学校では恋愛に興味はなく、中学校では嫉妬による敵が多すぎて、自分の立場を確立することに奔走していて恋などしている暇もなかった。

 

 高校ではバイト三昧でそれどころではなかった陽太は、大学の行けると決まった時、めちゃくちゃ期待した。

 

 尋常じゃないくらい喜んだ。

 

 大学に行きなさいと背中を押した家族すら引くくらいに。

 

 花の大学生活。

 

 授業に魔石狩りに、合間にサークル活動も出来たりなんかしたら。

 

 彼女も出来たらもう満点。

 

 陽太は夢想に夢想を重ねていた。

 

 自分のしたいこと、やりたいこと、それが出来ると、その未来を手にしたのだと思っていた。

 

 そして、その夢から覚めた時陽太は。

 

「ぐひっ、ぅぐっ」

 

 えずくくらい泣いていた。

 

 その腕の中で、クロとシロが今にもため息をつきそうな顔で、仕方なさそうに陽太に抱えられている。

 

 その光景を見て、アーマー姿で現れた男は思った。


 

――こいつめっちゃめんどくさいやつだ!


♦︎♢♦︎♢

 

 アーマー種はとにかく人気だ。

 

 知られれば確実に勧誘されるし、そして嫉妬も受ける。


 2体持ちと似たような状態にあるのが、アーマー種持ちだ。が、アーマー種持ちは嫉妬よりは、羨望や期待の目を向けられることのほうが圧倒的に多い。

 

 確実に“魔石狩り”として国からのスカウトを受けるため、嫉妬よりもその人間に媚びようとする人間の方が多いからだ。

 

 せっかく得た力をわざわざ隠すと言うのは勿体ない。

 

 大抵の人間は自分がアーマー種持ちであることを活用して成り上がろうとしたり、輪の中心にいることの方が圧倒的に多い。

 

 当然それを嫌って、人に言わないようにする人間もいる。

 

 その1人が、金髪に髑髏のネックレスをした男である淡墨だった。

 

 アーマー種持ちである淡墨は、さっきとは打って変わって柔らかい物腰で言う。

 

 というか、励ましていた。

 

「だ、大丈夫だって!あいつらが悪いことは誰が見ても明らかだし、誤解はすぐに解けるって!」


 

「ぅ、ぅ、そうでじゅがねぇ」

 

 陽太は鼻をじゅびじゅび言わせながら喋る。

 

 あまりにも滑稽で恥ずかしい姿だった。

 

 陽太はわさわさと両手でクロとシロの身体を撫でているが、クロとシロからしたら“撫でさせてやってる”のだろう。

 

 乱暴に撫でられているが、2体は少し嫌そうながらも動かず撫でさせている。


 鼻水がついた顔のまま羽毛に埋められシロは抗議の声をあげようとして口を開くが、しかしそれをやめて小さく、そして呆れたようにほぅ、と鳴いた。

 

 その姿を見て淡墨は感心した。

 

――なるほど。先生の言っていた通り、たしかにパートナーとの関係性は良好、いやかなり良さそうだ。

 

 霧島の言葉を信じていなかったわけではないが、淡墨はその目で見てそれをはっきりと、肌で感じていた。

 

 いやそれにしても。

 

――この子、涙脆いな!大丈夫か?この先!?

 

 淡墨は仲間チームになるだろう相手に不安を抱いた。

 

「そ、そうだよねー。花の大学生活。期待してたよね、そりゃ」

「ばい、じゅるり」

「友人に彼女に魔石狩りに、期待してないと言う方が嘘だ」

「……」

「その、もうちょっとフォロー出来たかとおもうんだけど、ごめん、そんな感じに盛り上がってると思ってなくて……」

「うぅぅぅ」

 

 おい泣かすなコラ、と言わんばかりに、2体は淡墨を睨みつける。


 特にクロの目線には殺気が宿っているように感じる。

 

「ご、ごめん!そんなつもりじゃなくて…」

 

 言葉に詰まるように淡墨はその後黙り続けた。

 

 その沈黙で少々冷静になった陽太は、こちらこそ申し訳ないと、謝罪をしようと思い顔を上げると、難しい顔というよりは何かを思案しているような淡墨がそこにいた。

 

「何が、ありまじだか?」

 


 鼻水を啜りつつ、陽太が聞くと

 

「いや、もしかしたら僕の気のせいなのかもしれないんだけど」

 

 コクリと陽太が頷くと淡墨は言った。

 

「瞳の色昨日より濃くなってない?」

 

 瞳の色の濃さ。


 それは進化の予兆の一つだった。



♦︎♢♦︎♢

 


 そう言われて陽太は2体の瞳を覗き込んだ。

 

 言われてみれば確かに、昨日より、いやここ何年かではっきりと色が濃くなったように感じる。


 むしろ何故、自分は気付かなかったのか。

 

 確かにしっかりと覗き込めばわかるほどの変化ではあるのだが。

 

 だが、たった一日でそんなに変わるだろうか。

 

 陽太は不思議に思う。

 

 カバンからティッシュを取り出し、鼻をかみ涙を整えてから陽太はふう、と一つ深呼吸をして頭を切り替えた。

 

「ごんなこと、あるんですか?たった一日で」

 

「前例は少なくないけど、聞いたことはある」


 淡墨は記憶を模索し、思案するように手を顎にあてている。

 

「進化の種類はそれこそ無限大にある。君のパートナーの様に瞳の色もあるし、翼や鱗、爪の色といくらでもあるんだ。しかしそれはゆっくりとしたもの。それこそ何年何ヶ月と経ってゆっくりと変化していく」

 

 それをたった一日で、目にわかるほどの変化とは。

 

 満足に行く食事がそれほど彼らに大きな影響を与えていたのか、もしくはもう進化の兆候が見える直前だったのか。

 

 いや、それにしてもありえない。


 淡墨は自分の考えを否定する。


 思考に没頭している淡墨に、陽太は声をかける。


「ちなみに、前例っていうのはなんでしょうか?」

 

 進化と聞いて、陽太は涙が引っ込む程度には驚き、そして喜んでいた。

 

 陽太にとって進化とは待ち望んでいたものの一つ。

 

 しかし、淡墨の思案顔が陽太の不安を煽る。

 

「ありえない、なんてことは言わない。進化だって未だほとんど解明出来てはいないんだ。進化の仕方にすら種類すらあるくらいだしね」

 

 

 少なくとも後二、三ヶ月かかるだろう、というのは霧島と淡墨の読みだった。

 

 それまでは身体作りと盾術の基礎に集中してもらおうと、夜に霧島に依頼されたがどうやらそう悠長にやっている余裕はないらしい。

 

 霧島の読みはそんなに外していたように思わないが、事態は思わぬ好転を見せた。


 淡墨はそれが嬉しかったのか、と意味深に笑った。



 

 その笑顔を、喜んでいた陽太は気づくことはなかった。



 

「先生の所に行こう。ここで無駄に思案していても埒があかないしね。幸い今は授業もないから研究室にいるはずだ」

「はい!」

 

 陽太は勢いよく立ち上がる。

 

 災い転じて福となす、ではないがせっかくの待ちに待った進化だ。


 泣き言を言っている場合ではない。

 

 陽太は淡墨の後に続くが、少し疑問思う。

 

 クロとシロは至って普通で、喜びのような感情が見えないことだ。


 当然だとでも思っているのだろうか?

 

 いや、それは気のせいか。

 

 内心を隠してるのかもしれない。


 とりあえず霧島の元に向かおう。

 話はそれからだ。

 

 歩き出す陽太に2体はついて行ったが、2体は意味ありげに視線を交わしたことに、内心の喜びを隠せなかった陽太は、気付かない。

 


♦︎♢♦︎♢



「濃くなっているね」

 

 クロとシロの目を覗き込んだ後、霧島は腕を組み唸った。

 

「一日でこれほど目にわかるほどの変化は僕も生で見るのは初めてだ」

「属性進化の兆候には間違いないですが、あまりに急すぎませんか?」

「急だね。でも確か似たような症例があったような…?」

「僕も先生から聞いた気がするんですけど、症例がそんなに多くなくて」

 

 淡墨は両手を操作して何かの情報を集めている。

 

「欠乏していたものが大量に摂取されたせい、なんですかね?」

「そうだね。魔石生物は正しく人智を超えた生物だ。人間に推し量れるとは思わないが、それでも、“生物”なんだ。その括りから大きく逸脱する場合は必ず何かの理由があるはずだ」

「それじゃあ、先生の考えは…」

 

 2人の議論を他所に、陽太は2体を膝に抱えて笑みを溢していた。

 

「良かったな。ようやくだ。やったなクロ、シロ」


 満面の笑みで陽太は2体を撫でるがしかし、その表情は読めない。


 いや、無表情を貫こうとしているようなそんな風体だ。


 陽太はようやく違和感を覚えた。

 

 似たようなことが、昔あった気がする。

 

 あれはたしか――そうだ、思い出した。

 

 それは確か小学生の時に、陽太のお気に入りのTシャツをボロボロにしてその犯行を揉み消そうとした時だ。

 

「お前ら、なんか隠してる?」

 

 ギクリと言わんばかりに身体ビクッとさせた2体に陽太は、自分の考えを確信に変えた。

 

「こっちを見ろ」

 

 さらにわかりやすく、視線を逸らそうとする2体の頭を強めに掴み無理やり視線を合わせる。

 

 クロなどはわかりやすく震え始め、シロは開き直ったかのようにでんと構えた。

 

「何をした。言え」

 

 クロは首をブンブンと振り、シロは図太くホゥホゥとリズムに乗って口ずさみ始めて誤魔化そうとしている。

 

――この野郎、おちょくりやがって。

 

 こう言う時のクロは役に立たないし、シロは確信をつかない限り誤魔化し続ける。

 

――なんだ?一体何をした?

 

 陽太は思考の海に沈む。

 

 陽太にバレるとまずいようなことをしたのは間違いがない。

 

「ホッ!ホーウホウ!ホギッ」

 

 思考を巡らす陽太にホウホウと大きな声で邪魔しようとしたシロは、嘴を掴まれて有無を言わさず黙らされた。

 

 思い出せ、様子がおかしかった時がなかったか。

 

 陽太は目を瞑り、今日の出来事を思い出す。

 

 そう。そうだ。

 

 今日の食事、確かかなり長かった。

 

 いつもより多くの量を食べているのだから当然だ。

 

 それにしても、自分が食べ始めて食器を洗い終えるまでひたすら食べていなかったか?


 と言うか食べ続けていたような?

 

 そう言えば起きたてに怒っていたが、久しぶりに一緒に寝て無理やり起こされたことに怒ったのかと思ったがあの怒り方は変だ。

 

 例えるなら寝て直ぐに起こされた時のような機嫌の悪さだった。

 

「お前ら俺が寝てる間に起きて何してた?」

「ホピュ!?」

 

 シロが捕まれた嘴のまま変な声を上げる。


 クロはさらに身体をブルブルと振るわせ始めた。


「もしかして、魔石食ってた??」

 

 ビクッー!とクロは体を震わせた後、首を垂れるように項垂れ、シロはクロを羽で器用に指してホウホウと鳴いた。

 

 まるでやったのはコイツですとでもいいだけである。

 

 それに反論するかのようにクロが吠え、その後は言い争うかのようにキャンキャンホウホウと喧嘩し始めたので、陽太は2体を強制的に石に戻した。

 

「すみません!嫌な予感がするので一回家に帰ります!」

 

 2人のポカンとした視線を他所に陽太は家にダッシュした。

 

――そして。

 

 100万円分の魔石がほとんどなくなっていたことに気付き、陽太は膝から崩れ落ちた。


 

「は、はは。俺の大学生活、終わったわ」


 

 

 黒河陽太、本日二度目の絶望である。


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『魔石樹』


エリアキングを倒すと、エリアが解放され現れる樹木。

ビル程に高く、大人10人手を繋いでようやく一回りする程の大樹であり、人類の宝でもある。

毎月10t程の魔石を回収できる。魔石生物を倒すことなく安全に魔石を手に入れることが出来るため、人類にとっての財産であり、魔石狩りの最終目標の一つ。

木の幹や枝以外は全て魔石としてできている。

魔石の葉や花は、それ単体での商品価値もあり、一部の金持ちはそれを食料品ではなく、美術品として扱っている。

自然の芸術作品。現在は残念ながら食料としての流通しているが、エリアが解放され、魔石樹が増えて魔石の食料としての流通が安定すれば、芸術作品としての商売も約束されている。もちろんそれは当分、未来の話ではあるが。

しかしこれを目指すために、毎年多くのの犠牲者が出ていることを忘れてはならない。


参考文献

小鬼でもわかる!?魔石狩りの資格の取り方

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