第7話アーマー種

 お茶まみれの霧島からの救助を経て、軽い打身を負った陽太は(恥ずかし過ぎて霧島から逃げた)、何度か休憩を挟みながらようやく家に辿り着いた。


 駅周辺で、大学からは徒歩10分程の距離。


 4階建てのアパートで入居者のほとんどは大学生だ。


 学生のために安く提供してくれてるらしく、家賃は立地がいいのにも関わらず4万円とかなり良心的。

 

 安いのには理由があり、このマンションを作ったのは魔石生物からの資源、魔石生物による加工、魔石生物による組み立て、とそのほとんどに魔石生物が関わっており、大学側が学生のために作った施設でもあり、そして試作の一つでもある。

 

 現在では当たり前の技術だが、その内の初期の黎明期に作った建築物で、今の建築物より洗練されていない。


 だからこそ今やこの建物の価値はそこまで高くはなかった。


 魔石生物による建築物は、カタストロフィ前の技術を圧倒していた。

 まずは遮音性。


 土属性の魔石生物の所有者が研究して生み出した“新物質”が使われており、隣人や上階の音が一切聞こえない。


 生活音も、家で宅飲みして騒いでも、上の階で人が歩く音も、ちょっとエッチな声も聞こえない。

 

 壁ドンの文化はもう滅び去った。

 

 そして耐震性。

 

 日本は地震大国のことから、相当気を使って作られた。

 結果、耐震性の強い建築物が比較的安価な値段で誕生した。


 そんなアパートの3階の2号室。それが陽太の部屋番号。

 

 エレベーターがなく階段を上がる陽太は、まだ肌寒い季節にも関わらず、汗だくになり、足をパンパンにながらもようやく陽太は部屋の前に着いた。

 

 鍵を押し込み誰もいない家に「ただいま」というがもちろん返事はない。


 兄弟の多かった陽太は寂しさを感じるが、しかし家族はここにいる。

 

「おいで。クロ、シロ」

 

 魔石が輝くとともに二体が姿を現す。

 

 しかしその姿は

 

 クロは子犬のように小さいし、シロなんか掌に乗りそうだ。

 

 まるで赤子である。

 

 これは俗に言う『赤子形態』。

 

 省エネモードで、低燃費の形態のことを指す。

 

 どんな時代においても、小さい赤ちゃんは無垢の象徴と言っても良いほど愛らしく、保護欲をそそる存在であった。

 

 しかし成長すると可愛さから凛々しくなっていったり、もしくはひよこが鶏のように姿形が変わっていく。


 変態していく。


 見た目の可愛らしさは失われていく。


 それは当たり前の自然の摂理であり、成長というものはそういうものだ。

 

 しかしそれを覆したのが『赤子形態』だ!

 

 この形態では赤子の時と同じように可愛らしい状態のまま召喚される。


 それはいくら進化しても変わらない。


 赤子形態で召喚すれば、可愛いあの頃の写真や動画を思い返さなくても、いつでもすぐに触れ合うことができる。


 魔石生物というアプリにおいて唯一の良心だと世界を唸らせた。

 

 その愛らしさ、保護欲をそそるその仕草は、人間の頬を緩ませるには十分の破壊力を持っていた。

 

「でへへ。今日も可愛いなぁ、クロとシロは」

「きゃん」

「ほぅ」

 

 表情を緩めに緩め切った顔で、陽太はクロとシロを撫でる。


 二体とも機嫌良く、それに応じるように目を細め気持ちよさそうな顔をしている。

 

「お腹いっぱい食べてれよかったなぁ。これからは気にせずいくらでも食べれるからなぁ」

 

 二体は気持ち良さそうな声を上げ、陽太はさらに表情を緩ませる。

 

 これこそが赤子形態の魅力!

 

 可愛いは正義はいつの時代も変わらない。

 

 でへへと笑う陽太は、整った容姿でもカバー出来ないくらいには気持ちが悪かった。


♦︎♢♦︎♢


 陽太は今日も今日とてSNSに新しい写真をアップする。

 

 クロとシロはそこそこ人気で、陽太の文章力やそのモノクロコンビを写した日常、『双子のモノクロ』のアカウントのフォロワー数は2万人を超える。


 ちょっとした人気者インフルエンサーであり、陽太の誇りでもあった。

 

 多くのいいねが来るのににやにやしながら、陽太は晩御飯を作る。

 

 兄弟の面倒を見てきただけあってその手際は良く、パパッと作り終わった。


 今日は濃い1日だったせいか、いつも通りの量を作ったのだが、少し足りないぐらいだった。

 

 物足りなさを感じつつも、陽太はクロとシロを連れて風呂に入った。

 

 3人揃って湯船に浸かり、3人揃って気持ち良さげな声を出す。


 今日の疲れが洗い流されていく。

 

 口を開けてのんびりとする二体を見て陽太は頬を緩ませる。


 ある程度温まった後、二体を泡まみれにし、陽太も仕返しと言わんばかりに泡まみれにされつつ、陽太は風呂を出た。

 

 そして日課のストレッチをこなす。

 

 体幹が悪いと言われ、今日の重い荷物を持ったことでそれがよくわかり、軽く筋トレもした。

 

 重石と言わんばかりに腕立て伏せで背中に乗る2体は可愛らしく、陽太のやる気を上げた。

 

 その後、コンタクト型のNWを外し、専用の洗浄機兼充電器に入れる。


 キーンと甲高い音を立てて洗浄と充電が始まるのを耳にしつつ、すかさず部屋用の眼鏡型NWをかける。

 

 ふと見ると、シロは頭に、クロ足元にすりついていた。


 そんな二体を抱え、陽太はベッドにダイブした。


 非難がましい声が聞こえるが、陽太は笑顔だった。

 

 普段なら寝る時間は魔石に戻ってもらい、消費を少なくしていた。


 しかし、もうそれは関係ない。


 久しぶりに陽太はクロとシロ共に布団をかぶった。

 

 久しぶりのせいか、クロとシロは興奮気味だったが、疲れがグッときた陽太がうとうとし出すのをみて、陽太に身を寄せるようにする。

 

 クロとシロの温かさを感じながら、陽太は得難い充足感を感じながら眠りについた。




 朝、5時。

 

 眼鏡型NWがアラームを鳴らして陽太の覚醒を促す。

 

 すかさず眼鏡をかけると、クロとシロが覆い被さるように寝ているのを見て、陽太は微笑んだ。二体と一緒に寝れてことが無性に嬉しかった。

 

 意地悪く笑った陽太は急に立ち上がり、二体を振り下ろした。

 

 嫌な目覚めをしたクロとシロは、唸るように声を上げ、噛み付いた。

 

「痛い痛い!ごめん、ごめんって!」

 

 二体からの強めの甘噛みに、陽太はたまらず逃げ出した。

 

 そんな久しぶりの朝のやりとりが懐かしく、嬉しくて、ついでに痛くて

 

「やりすぎだぞお前ら!加減しろ加減!」

「ほー!」

「がう!」

 

 思わずキレた。


 朝っぱらから喧嘩をした後、三人揃ってご飯を食べる。


 この程度の喧嘩は慣れてもので、三人とも先程の喧嘩についてはなんとも思っておらず、普通に食事を始めていた。

 

「好きなだけ食べていいぞ」

 

 その声掛けと共に、クロとシロはガツガツと食事を始める。


 陽太もご飯を食べながら、友人や家族からの連絡を返しつつ、淡墨と霧島に改めてお礼の連絡をした。

 

 二体のガツガツと食事する様の動画をついでに送り付けてのは、お礼のつもりだったが、自慢の我が子を見せるような親の心理が垣間見える。

 

形態変化レボリューション

 

 軽い食事を終え、二体を通常形態に戻す。

 

 ジャージに着替えた後、陽太は日課のジョギングを始める。


 二体のストレス発散のために始めたジョギングだが、今となっては習慣になっていた。

 

 近くに大きい公園があり、ジョギングスポットとして使い勝手が良かったので利用しようと思ったが、そこはあまりに人が多かった。

 

 早起きをしてまだ薄暗い中を走るのは、単純に目立ちたくないためだった。


 二体持ちの素人はそうはいない。

 

 魔石狩りと間違えられたら面倒くさい(経験談)し、陽太の若さで2体持ちというのはほぼ確実になので、絡まれる(経験談2)ことから、自然と朝の早い時間になった。


 面倒なことになるなら朝早起きした方が精神的にも楽だ。


 荒事は避けるに越したことはない。


 それが陽太の処世術だった。

 

 この時間にはそれこそ『魔石狩り』を目指すようなストイックの人や、ご老人が多いので、そこまで気にしなくてもいい。

 

 ストイックな人間は他人よりまず自分の能力を高めることに集中するので、話しかけてはこない(経験談3)。

 

 並走するクロは小さいながら息切れすることもなく、陽太と同じスピードで走り続ける。


 一方シロは飛び続けるのは小柄の体格では大変なため、陽太の頭やクロの背中で時折羽休めをする。

 

 これを約1時間。


 習慣は今や魔石狩りという資格を得る目標へと変わり、ストレスの発散から身体を鍛えるための目的へとシフトした。

 

 その速度はジョギングではなく、ランニングに等しい。

 

 その後家に帰り、腕立て、腹筋、背筋、スクワットとそしてインナーマッスルを鍛えるため、プランク等の筋トレを行った後、三人でシャワーを浴びる。


 これが陽太の朝の日課だった。

 

 一見すらっとした陽太の肉体は、細マッチョと言えるほど鍛えあげられていた。

 

 しかしそれでも、魔石狩りになるには不足だと淡墨から指摘を受けた。陽太としてはかなり鍛えている方だと思っていたので少しショックだった。

 

 これからは食べる量を増やし、体重を増やそう。

 

 スタイルにかなり気を遣っていた陽太だが、それをあっさりと捨てる選択肢を選んだ。


 資格を得て、家族を養うために。


 そして今はもう一つ。


 恩を返すために。



♢♦︎♢♦︎



 陽太の在籍する学部は、『魔石生物学部』だ。


 最新の情報や、日本には今どのようなエリアがあるか地図地形を元に考察する授業や、攻略中の“魔石狩り”の見ている景色をNWで同調して、その視界を解説付きで見学する講義など、多岐にわたる。

 

 資格を得るための学部ではあるが、ここにに在籍している人間は将来の仲間チームを組む相手の可能性もある。


 ここで得るものは知識だけではない。

 

 当然陽太も将来の仲間チームを探すつもりではあったが、淡墨から直々に指導を受けるため仲間を作っても時間を合わせられない可能性も高い。

 

 さらに言えば陽太は現状、特待生の実力がない特待生のため、友人を作るのは難易度が高い。

 

 何故なら自分の相棒パートナーはどういうタイプで、属性は何かという話をしなければならないからだ。


 多くの学生が仲間探しの一環だと思っているからか、情報の開示は早い。


 自分の理想の仲間を求めて、自分の相棒の特徴、属性などは話しは真っ先に話題に上がる。

 

 人によっては理想のビジョンがあり、どの系統の人がいいなどと、ピンポイントで狙っており、なんなら最初に話す話題が相棒の話というのはむしろ普通とも言える。

 

 この学部において友人作りは仲間作りと同義でするある。

 

 そうつまり。


 

 陽太はボッチだった。


 

――いや違うし。

――仲良くなろうと思えばなれるし。


 そんな言い訳を、陽太は心で呟いた。

 

 実際、陽太のコミュニケーションスキルは高い、しかしそれにも限界がある。

 

 例えばそう

 

「あれぇ?特待生の黒河くんじゃないですかぁ?こんな所にいないで、魔石狩りに行った方がいいんじゃないんですかぁ?」

 

 コイツらのように憎たらしく僻んでくるやつが多くなければ。


 

♦︎♢♦︎♢


 

「俺はまだそんなレベルじゃないからね。これからなんじゃないかな」

 

 ハハハと、陽太は笑いながら戯けるように言った。


 その表情に微塵も苛つきを見せなかったのは、彼のスルースキルの高さを表している。

 

「へぇ。特待生ってそんなモンでなれんだ?羨ましいねぇ」

「ラクでいいなー」

「金も払わず受ける授業は身につくよな?」

 

――先頭の大柄な男。ピアス型。色は薄緑色。

 タイプは風か?

 

――右後ろの小さめの金髪ロン毛。指輪型。色は明るめの黄色。

 おそらく雷系だな。

 

――左後ろの太めの男もピアス型。色は銀。

 確定で無機物種。

 

 陽太は笑顔を貼り付けたまま、視線を走らせ3人を観察し、タイプを見る。

 

 そう言えば昨日霧島先生の講義の後に周りにいたな、と陽太は思い出した。

 

 そこから自分が特待生だと感づいたか察し、陽太は心で舌打ちする。


 いずれバレることだし、それについては問題ないが

 

「アイツらって暴力沙汰起こしたって噂の…」

「マジ?魔石生物同士で戦わせて相手をボコボコにして怪我させたってやつ?」

 

 周囲の人間がざわつき始めた。

 

 魔石生物同士を戦わせることは、原則的に違反だ。

 

 しかし、訓練のために行うこともあるので、法律違反ではない。

 

 どちらかと言えばモラル違反で、相手を傷つけたりすれば違法に当たる。


 周囲の人間が言っていることが正しければ、捕まっているはずだが。

 

「なんか文句あんのか!?あぁ!?」

 

 大男が睨みつると、噂をしていた人はそそくさと去っていった。

 

 小さい金髪と太った男がニヤつきながら寄ってくる。

 

「オレたちと訓練しようゼぇ」

「いいだろ特待生くん、なぁ?」

 

 両脇を囲うように、腕を押し付けてこようとしたので、陽太はサラッとそれをかわす。

 

「「あぁ?」」

 

 本当、なんでこういう奴らはいなくなんないんだろうか。

 

 恥ずかしくないのか、コイツら。

 

 寄ってたかって一人を数人で囲む。

 

 陽太はこのような仕打ちを何度も受けてことがある。

 

 二体持ちへの妬み。

 容姿もよく、運動勉強共に高水準の高い陽太への僻み。

 

 自分がどれだけ努力してきたか、コイツらは知らないんだろう。

 

 ただの嫉妬で威圧し、敵意を剥き出し、怒声を飛ばす。


 陽太がこの世で最も嫌いな人種だった。

 

「いや、大丈夫。やるなら他の人を誘ってくれよ」

「はぁあ!?逃げんの?特待生がぁ!?」

「いやいや、コイツ実は特待生の地位カネで買ったって話だぜぇ?霧島先生にドゲザしたんだってよ!特待生を決める会場で噂になってたらしいぜ!」

「えーマジかよーひくよな?」

 

 周囲の人間がザワザワし始め、ネットで調べたのか


「え、その情報マジじゃね?」と声が広まり、その視線が陽太に集まっていく。

 

――なるほど。コイツらそれを広めたいのか。


 陽太はようやく彼らの目的を察した。

 

 3人の顔が悪意ある笑顔に歪んでいく。

 

「こんなん許されねぇだろぉ!そう思わねぇか!?」

「学校からタダで授業を受ける実力見せてくれよ?」

「強い相棒パトクリなら今召喚して見せてくれよな?」


 周囲と同調するように、3人は煽る。

 

「本当なのかな」

「そうだとしたらヤバくね」

「この学校、そんなんなのかよ。ガッカリだわ」

 

 動揺は伝播し、3人の煽りに周囲の目線は絡まれて可哀想という哀れみの目から、疑念の目線に変わっていく。


 こんな目線も慣れっこだったが、今まで陽太には味方がいた。

 友人がいた。

 味方がいるから、陽太はなんとか守られていた。

 

 しかし、今ここに味方はいない。


 この学部は国家資格である魔石狩りを目指すための学部だ。

 

 ここにいる学生は未来の仲間の可能性があり、そして未来のライバルでもある。

 

 そんな学部にズルをしてる奴がいるなら、それは許せない。それは当然の心理だ。

 

 何よりもまず、友人を作るべきだった。

 味方を得るべきだった。

 

 新天地で友人知人がいないこと。

 

 自分が特待生であるという特殊な立ち位置であること。 


 そのくせ実力が伴わないこと。

 

 多くの理由があったことから、陽太は学友達との距離をゆっくり詰めようと思っていたが、その考えは浅かった。


 陽太に話しかけてくれる人は何いたが、あえて陽太は魔石生物の話をせず、訳ありを装っていた。

 

 その結果が、これだ。

 

――ほんの少し何かが違っていれば、こんなことにはならなかったのに。入学してすぐにこんなことになるなんて。


 数日前のことが、もう遠い日々に思える。


 足元が、崩れていくような錯覚に陥る。


 俺は間違えていた。遅れをとった。

 

 俺は、失敗した。が――

 

「あれぇ?なんも言わないけどどうしましたかぁ?」

 

 煽るようにいう大男を、しかし陽太は笑って受け入れた。

 

「はぁ?」

 

 自分の予測する反応じゃなかったせいか、大男は怪訝な声を出す。

 

――舐めるな。俺がどれだけお前らみたいな奴らに絡まれて来たと思ってるんだ。

 

 ガィーーーン!!


 

 重い金属を床に落としたような鈍い音と共に、陽太の目の前にそれは現れた。

 

 灰色の人型のメタリックボディ。

 

 フルプレートアーマーのように、その身を頭から足先まで覆っている。

 

 さながら鎧のようなその身体は、しかし魔姿である。

 


 通称、 “アーマー種”。

 

 最強の魔石生物が陽太の前に現れた。

_________________________________


『アーマー種』


アーマー種は魔石生物において最も人気で最強の種族と言っても過言ではない!

なんせランキングは世界共通で不動の1位を保ち続けている!

ご存知アーマー種はマスターの鎧として装着が可能だからである!

人間の鎧化だ!

フルアーマーだ!

かっこいいでしょ!!ロマンでしょ!!

マスターの文字通り盾となり守ってくれる気高き種族!それがアーマー種だ!勿論種族によっては爪、牙、尻尾などで強力な攻撃も繰り出す!

攻守揃った最強のパートナーの名は伊達じゃない!

アーマー種は共通でプライドが高く、なかなか甘えてきてくれないが、甘えてきたときの破壊力は果てしない!

ほんとうに!はてしない!!

私は何度昇天したことかわからない!

普段ツンとしながら、なんでもない時に撫でろとでも言いたげに寄ってきた時は、可愛さの天元突破!

世界一強く、世界一プライドが高く、世界一可愛い!!

これが、アーマー種だっ!!!



参考文献

アーマー種と私の蜜月

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