第6話ナナシの英雄
「お恥ずかしい所をお見せしました」
「いや、いいさ」
顔を赤く染めた陽太に、淡墨は微笑むだけで特に何も言わなかった。
やはり、彼の人間性は善良だ。
しかしそれだけに最初の態度が気になる。
人は色んな側面を持つが、彼は華さん悲しませるようなタイプには見えないのだが…。
と、そこで思考を止める。
まだ淡墨とは初対面なのだ。これから彼のことを知っていけばいい。
いやむしろ上手くやれそうな相手で良かったと喜ぶべきだ。
「とりあえずこんなものでいいのかい?」
「えぇ、たくさんもらいましたし」
陽太はお土産と言わんばかりにいっぱいの魔石を詰め込んだリュックを背負っていた。
その重量は約40キロ。
お金で換算した場合、その金額は単色単位のレートで言えば軽く100万円を超える。
それほど、色単体の魔石の購入は高い。
リュックすら貸して貰えるとのことで、至れり尽くせりの状況に陽太は恐縮しっぱなしだった。
大きめのリュックを前後に背負い、両手には手提げ鞄を持った陽太はよろよろと歩き、その度に淡墨に持とうかと言われるのを断った。
とてもじゃないが、これ以上頼るのは逆に陽太にとって心労だ。
筋トレに丁度いいですと言った陽太の強がりは、淡墨には見抜かれているだろう。
ため息を吐きつつ、淡墨は言う。
「これは先生からの先行投資だと思ってくれればいいさ。大変なのはこれからだよ」
「…はい!」
ただでさえ、住居を用意してもらい、学費も免除されているのだ。
陽太は恵まれた状況に感謝と、そして不安を覚える。
自分はそんな価値のある人間だろうか。
期待に応えることが出来るだろうか。
「大丈夫。僕もちゃんと指導するし。君が、君達が現状に胡座をかかずに努力をすれば、ね」
陽太の不安を見抜いたかのように、淡墨は発破をかける。
こんな時代にここまでしてもらって、結果を出せなかったなどとは恥ずかしくて言えない。
いや、そんなことは出来ない。絶対に結果を出す。
「はい!よろしくお願いします!!」
道は用意してもらった。
ならば後は、その道を全力で駆けるまでだ。
クロとシロ、そして自分の3人でその期待に応えてみせる。
「よし。それじゃあ帰ろうか」
帰り道の足取りは重い荷を背負っているのに、どこか軽く感じた。
「…すみませんが、重量オーバーです」
待っていてくれた二足タクシーの騎乗者が、申し訳なさそうに謝ってくるまでは。、
♦︎♢♦︎♢
「いいオチがついたね」
「えぇ、本当に」
結局二体の二足タクシーを出してもらい、なんとか帰ってきた2人は学校に着いた。
なんとタクシー代すらタダで、霧島の力を陽太は改めて思い知った。
会ったら頭を擦り付けて土下座をしようと心に決めた。
時刻は18時を回り、辺りを暗く染めている。
「それじゃあ、大学生活が落ち着いたらまた会おうか。先ずは自分の生活を優先させていいよ」
――華が待ってるから、お先に。
そう言って颯爽と淡墨は去っていった。
しかしそれにしても見た目とのギャップどうにかならんもんか、と陽太は思う。
物腰柔らかいような大人な台詞を言うくせに、見た目が明らかなグレ始めた不良とか。
華さんも何とも思わないのだろうか。
いやむしろそのギャップがいいのか?
ああいうギャップに女性は弱いのか?じゃあ自分なら……と思考が逸れたところで陽太はかぶりを振った。
それは今の自分が言うべきことではない。
仲良くなれば彼の趣味思考が見えてくるだろうし、彼があの格好をしている理由もわかるだろう。
振り返ることはないとわかってはいたが、陽太は去りゆく淡墨の後ろ姿に、お礼の気持ちを込めてもう一度深々と頭を下げた。
そのせいで、前後に背負ったリュックが重くのしかかり、陽太は体制を崩して転けた。
その音に反応して淡墨が慌てて戻ってきたのは、まあご愛嬌だろう。
♢♦︎♢♦︎
家まで持っていくよ、と言う淡墨の善意をなんとか断り、陽太はとある部屋のノックをする。
「どうぞ」
「失礼します。そして、ありがとうございましたぁ!!」
扉を開けると共に、陽太は土下座をした。
「…まさか開幕土下座とは恐れ入ったよ」
頼むから顔を上げてくれと言われ、顔を上げると霧島は苦笑していた。
「君の土下座も二度目だね。頼むからもうやめて。子供が土下座してくるとかおじさん心が痛いよ」
「前回は先生というよりその周りに見せつけるための土下座でした。合格の言葉を引き出すための土下座でした」
「その本心は心の奥にしまって置いて欲しかったなぁ。もう2度とその引き出し開けないでね」
「でも、今回は本気です。本当の謝意です。ありがとうございます。先生のおかげでうちの子は満足に食べることが来ました。本当にありがとうございます」
もう一度頭を下げる。
「…そうかい。ならその礼は受け取ろう。どういたしまして」
「これからお世話になります。この恩は結果で返します」
「ほほう。それはそれは」
霧島はお茶をずずっと啜う。
「まぁ、頑張りすぎない程度に頑張りなさい」
「はい!」
「要件はそれだけかい?」
「はい、そうです“霧島先生”」
陽太はあえて、先生と強調して言った。
「ふむ、そうか。それじゃあ気を付けて帰りなさい。重い荷物を持っていることだし」
何かに安心したように、そして茶化すように霧島は言った。
淡墨はわざわざ“ナナシの英雄”の話をしてくれた。
それはつまり、霧島から教えてもいいと言う許可を得たからだろう。
淡墨から他言無用と念押しされたし、この事実は容易に他人に漏らしてしまってはいけないはずだ。
これはつまり、陽太という人間が信用されているという事実に他ならない。
まだほとんど付き合いもない人間にここまでの信用してくれた理由はわからない。
いずれ理由を聞くとしても、それは結果を出した後だろう。
陽太は霧島のことを、“ナナシの英雄”として相対しないことを決めた。
先生とあえて強調したのはそのためだ。
霧島もそれを察し、同意した。
今後陽太が霧島を“ナナシの英雄”として扱うことはない。
それでも一つだけ言いたいことがあった。
「すみません、やっぱり一つだけよろしいですか。どうか、一人の人間としてお礼を言わせてください。“ナナシの英雄”のおかげで多くの人間と、多くの魔石生物が救われました。本当にありがとうございます。貴方のようにはなれないでしょうが、貴方を目指して頑張ります!」
きょとんとした顔を置き去りにして、陽太は扉を閉めた。
♦︎♢♦︎♢
「好青年って言うのはああいう子を言うんだろうね。いやいや。善行もなかなかに悪くない」
初めて会った時を思い出す。
必死の顔だった。
一縷の望みにしがみつき、そしてそれを離すものかと必死な形相。
能力があるのに恵まれない子はこの世にたくさんいる。
彼もその中の一人だった。食わず嫌いが二体もいながらあの成長、そしてあの懐き具合。
何事もなく過ごしているから気付いてもらえなかったのだろうが、あの年齢で例え食わず嫌いがパートナーだとしても進化していないことはおかしい。
食料が足りていないというのは誰が見ても明らかだ。
本来ならあり得ないミスだ。
下手したら何某かの嫌がらせを受けていたのかもしれない。
まだまだ法整備が追いついてない証拠でもある。
魔石生物には飢えもある。
人間で言えば三代欲求の一つである通り、その欲求は非常に抗い難い。
暴走して他人の魔石を奪い喰らうという危険性もあったはずだ。
お腹を空いてるというのは大変なストレスになるし、精神的に不安定でもおかしくはない。
それを耐えていたのは、彼への信頼と愛情か。
霧島には推し量ることはできない。
霧島が陽太を合格にしたのはそれが理由の一つだ。
担任からの熱い推薦状。
コミュニケーション能力の高さ。
学力と身体能力も平均水準以上で向上心もあり、それに驕ることのない心の在り方。
そして、魔石生物との信頼関係の強さ。
どれをとっても逸材だと霧島は判断した。
選んだ1番の理由は
「さて。彼はどんな人間に成長するかな」
それが教師としての楽しみの一つでもある。
霧島は微笑みながらお茶を啜り――
ドドドド!!
――と何かが階段を滑り落ちるような音を聞いて、霧島はお茶を吹き出し、慌てて部屋を飛び出した。
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『魔石の売買』
資格の持たない一般人に売るのは原則として違法にあたる。
友人に売るなどの場合は、役所に理由と値段を提出してから許可が出た場合のみ売買が可能である。
かなりの手間と時間を要するため、市販のものを買った方が早い。
賄賂などの癒着を防ぐための法律で、資格持ちの方はしっかりと注意されたし。
魔石は魔石生物の食糧であり、その供給量は世界的には未だ芳しくない。
その為魔石は適正価格での取引が重要であり、勝手な売買は重罪である。
基本国に売ることが決められているが、個人での使用等はその限りではない。
NWによりどれくらい魔石を稼いだのかは明白に記録される為、ちょろまかすことは困難だし、それを行なった場合最悪資格剥奪もあり得るので要注意。
例外として、魔石樹を所持する人間は他人への譲渡を許可されている。
参考文献
魔石生物対策による新法律の制定とその理由
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