第5話魔石樹

 東京都。

 町田駅周辺。

 

 かつては駅周辺にはビルが立ち並び、居酒屋、飲食店、レジャー施設が立ち並び、人々で溢れ返っていた。

 

 大学生からサラリーマン、老若男女が集い、遊びにショッピング、仕事にと多種多様な人達がそこを訪れていた。

 

 しかし今。

 そこには誰もいない。

 そして、何もない。

 

 ただ荒野が広がり、草木も生えぬ赤茶けた大地が広がっていた。

 

 風が吹けば砂塵が舞う、寂寥感が身を襲うような場所へと成り果てていた。

 

 ここが20年前には人が集まっていたとはとても信じられない。


 陽太が連れられて来たのはそんな場所だった。

 

 そんな荒廃を極めてその場所だが、一つ残されているものがあった。

 

 現在の人類にとって最も重要な存在の一つ。

 

「すごい…」

 

 陽太はそれを見てこぼすように呟いた。


 二足タクシーから見るそれはまさしく、圧巻の一言だった。

 

 “魔石樹”。

 

 その樹は巨大で美しく、その名の通り

 

 その樹の所有権を得れば、生涯遊んで暮らせることが約束される。

 魔石狩りの最大目標の一つだ。

 

 成し遂げるには困難を極めるが。

 

 映像や写真などでは何度も見たことがあるが、こうして目前に見るのは陽太も初めてだった。

 

 それも当然で、ここは政府直轄地だからだ。一般人は立ち入り禁止区域である。

 

 許可のない侵入は不法侵入となるし、仮に魔石樹から魔石を盗んだ場合の罰は幾つもの法律に触れるため、重罪になる。

 

 国にとって重要な土地に、陽太は舞い降りた。

 

「ありがとう」

「クァ」

 

 ここまで運んでくれた、白鳥なのに属性が火のため真っ赤な白鳥という言葉にすると訳の分からない子に、陽太はお礼を言う。

 

「終わるまで待ちますので、ごゆっくり」

 

 政府直轄地専用の二足タクシーの騎乗者は、学生である陽太にもしっかりとした対応をしてくれた。

 

 お礼を言いつつ、魔石樹に歩みを進める。

 

「すごい」

 

 陽太は語彙力を無くしたように同じ言葉を呟いた。

 

 そんな陽太に、淡墨は苦笑するが、気持ちはわかるからか口には出さなかった。

 

 その雄大さに。

 そして、その美しさに。

 

 そのみきは大きく、樹齢で言えばニ千年クラスの大木だった。

 

 樹に葉はない。

 

 葉も魔石で出来ている。

 

 実のように枝先につく魔石もあるし、花のように咲いた形をした魔石もある。


 それが色鮮やかに樹を彩っている。

 

 色様々で光に乱反射し、ミラーボールのように辺りを鮮やかに色付ける。

 

 風に揺れれば、光が揺れまた違った顔を見せてくれる。


 それはまるで万華鏡のようだった。

 

 魔石の実が揺れて触れ合うと音が鳴り、その音色はまるでさざ波のように落ち着く音色を奏でる。

 

 この地を訪れた者はその美しさを前に誰もが言葉を失い、立ち尽くす。

 

 自然と涙を流するものも少なくない。

 

 世が世なら一般公開され、観光地になっていただろう。


 実際日本には唯一、一ヶ所だけ鑑賞が許される土地が存在する。


 何年先も予約で埋まっているため、観光というほど軽々しく行ける場所ではなかった。

 

 魔石樹を初めて見る陽太も、先人に習うかのように自然と歩みを止め、惚けるように立ち尽くす。

 

 陽太は美しい光景を前に、ただただ言葉を失った。


――あれ売ればいくらになるんだろう?

 

 と言う計算に忙しかったからだ。

 

 残念ながら陽太は、芸術を介さないというか、骨の髄まで貧乏根性が染み付いていた。

 

 淡墨は陽太がこの雄大な大木に心を奪われていると勘違いし微笑ましく見守っていたが、残念な思い違いだった。


 魔石樹に近づくと

 

「こんにちは。話は霧島さんから伺っています。こちらへどうぞ」

 

 スーツを着た男に話しかけられ、その後を追っていく。

 

「あの、ここまで結局何も聞かずに着いてきましたが、どう言うことが説明してもらっていいですか?」

 

 華と別れた後、とりあえずついて来てと言う言葉に従っていたが、ここは一般人が入れる場所じゃないし、目的もわからない。

 

 改めて陽太は淡墨に話を聞くことにした。

 

「ここはね、先生が解放したエリアの一つだよ」

「え!?霧島先生ですか!?」

「そうだよ」

 

 陽太はすかさずNWのを起動し、ホロウィンドウを操作し霧島の事を調べたが、特に霧島に繋がる情報はない。

 

「調べても出てこないよ。なんせからね」

 

 言うと、淡墨はデータを陽太に送ってきた。反射的にデータを開くと、その結果に陽太は驚愕する。

 

『アポカリプス直後、日本が、いや世界が混乱の中にあった。政府が互いの責任を押し付け合う中、結果だけを残し続けた人間がいた。エリアを解放し、魔石樹を獲得し、歴史に残る、いや残さなくてはいけない偉業を成し遂げた英雄がいた。たった1年とわずかで72ヶ所のものエリアを解放した男の名を、しかし我々は誰も知らない。その男が名声を拒んだとの噂はあるが、定かではない。もはや都市伝説に近い話ではあるが、我々は感謝を忘れてはならない。だからせめて讃えよう。名もなき英雄、通称“ナナシ”の英雄を』


「ナナシの英雄って先生なんですか!?」

「シー!声がでかいよ。ここの一部の人は知っているけど、知らない人は知らないんだから」

「あ、すみません」

 

 確かにここには、政府の役員のような人、魔石回収をする専門の業者、それを運ぶ業者など、意外と人で溢れている。

 

 陽太達も一眼でわかるように、胸に魔石の花をモチーフにしたピンバッジをつけていた。ここの職員であることの証だそうだ。

 

 陽太は恥いるように声を潜めた。

 

 しかし、興奮せざるを得ない。


 日本人なら誰もが知っていて、誰もが知らない英雄“ナナシ”。

 

 彗星の如く現れ、そして消えていったその英雄は、当時日本を揺るがすほどの人気を誇っていたが、現代でも衰えてはいない。

 

 “ナナシ”を騙った人間は何人も存在したが、明らかに実力不足、実力はあっても話の信憑性等がなく、その名を語った者は現れては消えていった。

 

 存在そのものが疑わしい英雄。それが“ナナシ”。

 

 しかしエリアが解放されていたのは真実であり、“ナナシ”は1人ではなく複数人いるのではと言われていたが、それはほぼあり得ないだろうと言われている。


 “ナナシ”はエリアを解放しては放置を繰り返してきたからだ。

 

 多大なる利益を前に放置するなど、集団だとしたらありえない。


 だから単独、もしくは2、3人による功績だと言われている。

 

 もう一つ確かな情報は、彼が北海道のどこか出身であろうということだ。


 彼は北から南下して目に移るそのすべてのエリアを解放し、そして東京のあたりで力尽きたとされている。

 

 その“ナナシ”が霧島だったとは…!

 

 陽太はゾクリと震えを覚えた。

 

 そんな人に教えを請える幸運に歓喜し、そして同時に恐怖した。


――俺日本が誇る英雄に思いっきりクロけしかけちゃったよ!

 

 と。


 菓子折りを持って謝りに行こうと思って直ぐに、陽太はそれを否定した。

 

 彼は英雄“ナナシ”だと知って、態度を変えることこそを望まないだろうと。

 

 クロをけしかけても怒ることなく、明るく見送ってくれた霧島を思い返す。

 

 きっと、彼が望むのは気安い関係で、敬意は苦手だろう。

 

「でも“ナナシ”って亡くなったんじゃ…?」

 

 そんな自分にとって都合のいい言い訳を見つけた後、淡墨に疑問をぶつける。

 

「それは都市伝説。本当の理由は怪我での引退」

「怪我しているようには見えませんでしたけど」

「外傷はないよ。いや、あったけど治したんだろうね。僕も先生から詳しいことを聞いたわけじゃないけど、完治出来る怪我ではないみたいだ」

「え……?」

「月に一度は病院に通ってるからね。先生の受け持つ講義が週に一度しかないのもそれが理由の一つ。普通に動けるし、運動もある程度は出来るみたいだけど、長く続けることは出来ないみたいだ」

「それでよく大学の先生なんてやれてますね…何か目的があるんですか?」

「あぁ、先生には大望があるんだよ。あと、国から後継者を育てて欲しいって言われてるみたいだから」

「国からですか!?流石英雄……それにしても“ナナシ”の後継者とかめちゃくちゃハードル高いですね」

「……あぁ。そうだね」

 

 淡墨の声が強張るのを感じた。

 

 陽太は瞬時に察した。


 淡墨は“ナナシ”の後継者として期待されているのだろう。

 

 そのプレッシャーは陽太には推し量ることは出来ない。

 

 こういう場所にも連れてくることが出来るのも、淡墨が後継者たる所以だろう。

 

 この話は続けない方が良さそうだと判断した陽太は、話を逸らす。

 

「それで、ここに連れてきた理由っていうのは結局何なんですか?」

 

 淡墨は不思議そうに顔を傾けた。

 

「あれ、まだ分かってなかった?」

 

 陽太は肯定するように頷いてみせる。

 

「それならそのままついてきてよ。きっと喜ぶよ」



♢♦︎♢♦︎



 陽太が案内されたのは、魔石樹のそばに建てられた建物だった。

 

 立派な建物で、ここで採った魔石を分配し、配達するらしい。


 鳥系や大型の魔石生物が多いのはそれが理由だろう。

 

 そして陽太が今いるのはその一室。

 

 採った魔石を一時的に保管する場所で、陽太の目の前には大量の魔石があった。

 

「では終わりましたらお声掛けください」

「ありがとうございます」

 

 案内してくれた役員は人払いをして、そして自分も部屋を出て行った。

 

 流石にここまでくれば、陽太も察していた。

 

「あの、これもしかして」

「あぁ、好きなだけ食べさせてあげなよ」

 

 優しげに笑った淡墨に、陽太は胸からペンダントを出しシロとクロを呼び出す。

 

「ウォーーン!!」

「ホーーーウ!!」

 

 呼び出した瞬間この光景を前に、二体は喜ぶように声を上げる。

 

「シロ!クロ!好きなだけ食べていいってさ!」

「ウォ?」

「ホゥ?」

 

 マジ?とばかりに首を傾げる二体に陽太は頷いて答えた。

 

「何も気にせず、好きなだけ食べろ!」

「ウォーーーン!!!!!」

「ホーーーーウ!!!!!」

 

 二体は魔石の山に駆け上り、それぞれの色の魔石を選り好みするように食べ始める。

 

 クロは赤い魔石を。

 シロは青い魔石を。

 

 二体は夢中になって食べ始めた。

 

「ありがとうございます」

 

 陽太は淡墨に深く頭を下げて礼を言った。

 

「僕はただ連れてきただけだよ。お礼なら先生に」

「はい」

 

 陽太は帰ったら真っ先に霧島にお礼に行くことを決める。

 

 夢中に食べる二体に、陽太は少し目頭が熱くなる。

 

 自分ではどうしても出来なかったことを、霧島は簡単に与えてくれた。

 

 自分で用意できるのは、両の掌に乗せられるくらいのもので、彼らにはいつもひもじい思いをさせてきた。 


 そんな彼らが、今は気にせず思いっきり満腹まで食べることが出来ている。

 

 その事実が、陽太はたまらなく嬉しかった。

 

 しばらくすると、二体は満足したように陽太の元に寄ってくる。

 

「どうだ?お腹いっぱい食えたか?」

「ウォン!」

「ホゥ!」

 

 クロは腹を見せるように床に寝そべり、シロは羽でお腹を叩くような仕草をした。


 お腹いっぱいだとアピールしているようだ。

 

「そうか。そりゃよかった。…よかっだなぁ」

 

 鼻の奥がツーンとなり、喉が勝手に震える。


 右目から涙がじんわりと溢れて頬を伝っていった。

 

 彼らを撫でながら陽太は笑う。

 

 2人が満腹になったのは、きっと本当に久しぶりだ。


 その満足した表情が、嬉しそうな仕草が、陽太は心の底から嬉しかった。

 

 二体を抱いて嬉しそうに綻ぶ陽太達を、淡墨は温かい目で見守っていた。

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『二足タクシー、四足バス』


二足タクシーとは鳥タイプの魔石生物のことで、大きさにもよるが大抵2〜4人乗りで、好きな場所まで連れていってくれる。鞍のように跨り空中遊泳するのは高所恐怖症には地獄だが、一般的には人気が高い。

四足バスとは獣タイプで、こちらも大きさによるが4〜10人乗りで、ある程度のルートを回って走る。

獣の背に乗るタイプもあるが、獣が荷台のように引いて走るタイプもある。前者は子供に大人気で、後者は大人の利用客が多い。

どちらも世界が変わる前にあった仕事で、利用方法をわかりやすくするため、あえてタクシーとバスの名前の名残を残している。

どちらも正式な国家資格を得た仕事であり、車、電車に代わって私達を支えてくれる新しい業種だ。



参考文献

旧世代と新世代の仕事の変化

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