第4話薄墨恭介
「みっともない所を見せたね」
最初のオラついた雰囲気はどこへ行ったのやら。
見た目は金髪、耳には複数のピアス。
髑髏の形をしたネックレスをしており、ザ・チャラついた大学生なのだが、喋り方はさっきと全然違って普通だし、物腰も柔らかくまるで別人だった。
どう対応していいか分からず、改めて自分のコミュニケーション能力への自信にヒビが入っていくのを陽太は感じていた。
「妻の華です。これから夫がお世話になります。この見た目とは裏腹に臆病な男なので、気にせずお願いします」
「はい!こちらこそよろしくお願い致します!」
華の見た目はおっとり風の美人だった。
ゆっくりとふわふわとした長い髪を耳にかける仕草は、さっき野太い声を上げながらドロップキックをかました女性には全く見えない。
いやほんと。あれ、幻では?
しかしあのやりとりを見て、この人は怒らせてはいけないと本能的に悟った陽太は、丁寧で元気な対応を心がけていた。
「あら!真面目そうな方で良かった!どうか無茶もするかと思いますが、どうか何卒よろしくお願いします」
本来ならこちらが頭を下げなければならないのに、華は腰が低く、陽太に向かって深々と頭を下げた。
そんな華を見て陽太は思った。
――こんな可愛くて出来た嫁いんのに浮気なんかしてんじゃねぇぞ!!このクソ浮気男が!!
「いえいえ!こちらも初心者ですので、どうかご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いします!」
と言った気持ちは微塵も出さずにそう言った陽太は、なるほど確かにコミュニケーション能力が高い。
はじめは華に、そして恐縮している恭ちゃんと呼ばれた男に向かって、陽太はしっかりと頭を下げた。
「あぁ、よろしく。僕は淡墨恭介。えっと、君は?」
「名前は黒河陽太と言います」
「じゃあ黒河君、でいいかい?」
「呼びやすいように呼んでください」
「それじゃあ黒河君で。僕が君を教える先任の『資格』持ちです。これから一緒に“潜る”にあたって色々確認したいことがあるんだけどいいかな?」
「はい!お願いします」
対応はまともだし、ちゃんとこちらのことも確認してくれる。
少し女好きのようだが、それはまぁご愛嬌と言ってもいいだろうか。
問題児と聞いて身構えたが、思っていたよりまともそうな人で良かったと、陽太は胸を撫で下ろした。
「まず確認させてもらいたいんだけど、君のパートナーを見せてもらっていい?」
「わかりました。来てくれ、クロ、シロ」
現れた二体を見て恭介は難しい顔をした。
当然だと、陽太は思う。
明らかに成長が遅い二体を見て、足手纏いだと思われそうだ。
恭介の足を引っ張るのは間違いないし、かなりの手間をかけさせるだろう。
しかしだからと言って、陽太も引くわけにはいかない。
拾ってもらって、大学に通わせてもらってる以上それなりの成果を出さなければいけない責任がある。
そして何より、自分のパートナー達をしっかり食べさせてあげたい。
魔石生物にも食欲があり、飢餓感もある。
自分のパートナー達は常に空腹とは言わないが、お腹いっぱいに食べさせてあげられたことはほとんどない。
陽太はそれがどうしても許せなかった。
それこそ、自分の学生生活よりもパートナーを優先させる程には。
だからこそ、陽太は恭介にどれだけ何を言われようが頭を下げ、媚びるつもりだった。
陽太が問題児と言われ身構えたのはこれが理由だ。
ただでさえ問題のある自分が、問題児と言われる人に面倒を見てもらえるか不安だったからである。
そしてその予感は
「うん。やっぱり無理だね。君をシンボルエリアに連れて行くことはできない」
的中した。
言われても仕方ない。
それでも、やはり陽太はショックを隠せなかった。
陽太がどれだけ働き稼いでも、買う魔石の量は上限がある。
それは国が定めている量で、個人により量は変わる。
魔石生物によって食べる量が違うからだ。
陽太は食わず嫌いの二体持ちだったことである程度融通はしてくれたが、国が個人を優遇することは難しかった。
それこそ買った魔石で自分の欲しい色の魔石を友人達と物物交換していたくらいだ。
しかし基本魔石の個人間の売買は禁止であり、物物交換は法律としてはグレーゾーン。
元々二体持ちとして悪目立ちしていた陽太を僻んだ誰かに通報され、警察に注意を受けた。
それでもめげずに、一色で売られる高価の魔石を購入して与えていたが、それでも足りなかった。
自分のパートナー達は足りないことに文句を言うことはなかったが、それが陽太には辛かった。
「…おっしゃる通りかとは思いますが、どうかお願いします」
陽太は深く頭を下げる。
たとえ彼がなんと言っても縋り付く覚悟はあった。
たとえ打算的と言われようと自分の事情などを話し泣き落としにまで持っていく。
淡墨さんはダメでも奥さんの方には有効に見える。
目的のためなら打算的だろうとなにを利用しようとも、陽太は成し遂げるつもりだった。
そんな陽太に助け舟を出したのは、様子を伺っていた華だった。
「恭ちゃん、その言い方だと絶対に連れて行かないって言っているように聞こえるよ?」
「え、そうかな?」
「うん。そんなことないよね?」
「うーん、でも」
「……恭ちゃん、私と何年一緒にいると思っているの?考えてることくらいお見通しだよ?」
「……そうか。華には敵わないな」
急にため息を吐き、シリアスな顔をした淡墨に陽太は聞く。
「どういうことでしょうか」
「気にしないで、恭ちゃんがちょっと意地悪をしたの」
華は作った様な笑みを浮かべる。
対して淡墨は仕方なさそうにもう一度ため息を吐いた。
真意は見えないが、どうやら面倒くさい人間であることは間違いないらしい。
陽太は改めて問題児と言われた淡墨と向き合う。
「結論ですが、僕のことを連れて行ってくれるという認識で間違いはないですか?」
「あ、それはもちろん。連れていくよ。先生にも頼まれているしね」
何はともあれ言質は取ったと、陽太は安堵した。
どんな人間にせよ、どんな思惑があるにせよ、連れていってくれなければ話にならない。
「でもさっきの言葉は嘘じゃないよ。今の君は連れて“潜れ”ない。これは本当に本気だ」
「今は、ということは今後ということですか?」
「そうだね。君のパートナーはまだ戦えるレベルに進化していない。体格も通常より小さいし、まだ初期進化しか済ませてないんじゃないか?」
「おっしゃる通りです」
「それに君自身もそうだ。『盾術』の訓練はしっかり出来ているかい?」
「家族のパートナーと訓練した程度です」
「そうだよね。それなりにトレーニングはしてるみたいだけど、盾術をやってきた人間ではないよね?体幹が真っ直ぐじゃないし、それと少し痩せすぎだ。太れと言うわけではないけど、筋肉量は増やさないとダメだ。今の君を連れて行けないと言ったのはそういうことも含めてだよ」
そんなつもりはなかったが、最初の出会いが出会いだったせいか陽太の中に少し侮りがあった。
淡墨の鋭い指摘に、陽太は彼がプロなのだと改めて理解し、そして尊敬の念を抱いた。
その観察力は何度も“潜り”身につけた技術。
そんな人に教わることができるのは幸運でしかない。
「少なくともまずは進化が必須条件だね。それからパートナーを含めて訓練、それでようやくステージに立てる」
間違いのないことを淡墨は言っている。
言ってはいるが、その進化はもう何年も何年も陽太が心待ちにしていた悲願でもある。
道程が厳しいのは他でもない陽太が一番理解していた。
「…どれくらい、かかるでしょうか」
今まで誰にも言えなかった、誰にも聞けなかった事。
自分のパートナーはあとどれくらいで進化するのか。
もしかしたらプロならば見抜けるかもしれないという一縷の望みで、陽太は尋ねる。
「それはわからない」
「…ですよね」
「まぁでも、そんな遠い未来のことではないんじゃないかな?」
「それは、どういう…?」
「あれ?先生から聞いてない?」
陽太の顔を見て何かを察した淡墨は呆れた顔をした。
「先生は本当、悪戯好きというかなんというか。まぁとりあえず行こうか」
「どこにですか?」
そう聞いた陽太に、淡墨はにんまり笑って答えた。
「君の求めるところに」
どうやら淡墨もまた、悪戯好きのようだった。
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『食わず嫌い』
魔石生物には特定の色しか食べないタイプがいる。それは魔石生物の趣味嗜好と言われていたが、現在の新しい研究結果では、自分の足りないものを補うためではないかという説が有力である。
特定の色の石を食べることにより、進化をすることでその色の系統の能力を後天的に身につける魔石生物が多いからだ。
進化のために必要なものを厳選し、自分の自己進化をより促進する為だと考えられる。
玄人向けのタイプであるが、進化をすればかなり心強い存在になるのは間違い無い。
野生で狙ってテイムするのはかなり難しいため、ガチャで出た人はある意味で幸運で、ある意味で不幸だ。
なにせその道行は酷く険しい。
裕福な家庭なら問題ないが、そうでないのなら長く辛い戦いがあなたを襲うだろう。
参考文献
魔石生物だって好き嫌いあるんだよ
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