第3話先輩

 神奈川県。

 相模原市。

 淵野辺駅周辺。

 

 そこには元々二つの大学が近くにあった。


 が、ポストアポカリプス後に経営難から合併し、名を桜山学院大学と改めたその場所。

 

 陽太の通う大学はそこにある。

 

 駅周辺はポストアポカリプスの影響を大きく受けることなく、当時の影を残している。

 

 しかしその駅に、電車が止まることはもう二度とない。もうこの国に電車という交通機関はほとんど走っていないからだ。

 

 今駅周辺は電車が停泊する駅としては機能しておらず、二足タクシーや四足バスの停留地となっている。

 

 季節は春。


 気温は4月に入り暖かくなっているが、陽太の懐は寂しいばかりだ。

 

――しかしそれももう終わる。

 

 陽太は思わず微笑む。

 

 中学から高校生の間、同級生が部活動や遊びで青春を謳歌している中、陽太はバイトの毎日だった。

 

 青春盛りの真っ只中で、恋も友情も半ば捨てつついるのは、愛しくも憎らしいパートナーのせいだ。

 

 陽太のパートナーの二体の魔石生物は世間でいう『食わず嫌い』と言われるタイプだった。

 

 特定の色の魔石しか食べず、他の色の魔石を与えようとしても見向きもしない。

 

 育成は大変だが、その分その苦労に見合う進化を遂げる。


 大変ではあるがそれに見合った成果が出ることから、魔石狩りには人気だ。

 

 もちろん狙って出会えるタイプではないが。

 

 しかし、初ガチャでそれが出た場合、その育成は大変だと言わざるを得ない。


 なにせお金がかかる。単一色の魔石は高価で学生では手を出すのが躊躇われる額だ。

 

 陽太の家は裕福ではなかった。

 

 6人の兄弟がおり、長男の陽太は早めの自立が求められていた。

 

 それこそ大学には通わず働くつもりだったのを、霧島に拾って貰ったようなものだ。

 

 初ガチャ二体持ちを優先して獲得する『特待生』の枠があったおかげで、陽太は推薦を得ることが出来た。


 大学側は将来有望な人間を獲得でき、学生側は学費を免除で授業を受けることができる。

 

 本来なら勇んで参戦する所だが、陽太のパートナーたちは『食わず嫌い』のせいで、明らかに周囲の魔石生物と比べると成長が遅かった。

 

 食べさせる魔石の量が少なかったのが原因だと診断されている。

 

 だからこそ陽太はクロとシロのためにバイトをして、ほとんどを食費に充てていた。

 

 それでも成長は遅く、本来狼タイプのクロであれば大型犬サイズ以上に進化してもおかしくないのだが、中型犬サイズの進化に留まっている。

 

 だから特待生としては能力不十分であり、受かるはずもないと受験する気もなかったのだが、教師と親、そして友人からの強い勧めで受験を受け、そしてそれが霧島の目に留まった。

 

 それからトントン拍子で話が進み、一人暮らしの支援も貰え、大学生活が始まった。


――俺達を合格にするなんて、そりゃなんか裏があって当然だよな。

 

 陽太はクロの顎を撫でながら心の中で嘆息する。

 

 霧島先生には感謝をしている。


 土下座してお礼を言いたいくらいには感謝している。


 というか、もう既にした。

 

『食わず嫌いの二体持ち、か。なかなか珍しい。良ければうちの大学に来ない?魔石を自分で狩って食べれば安上がりになるよ?』

 

 受験会場で声をかけてくれた霧島に、反射で頭を下げるでは足りず、跪いてその場で土下座してお願いしたことは陽太の記憶に新しい。

 

 生まれて初めての土下座だった。

 

 隣を見たらクロもシロも気付いたら同じく器用に土下座していたし。

 

『え、なに?ねぇ、ちょ、や、やめて!ほら!他の人も見てるから!お願い!お願いだからやめて!』

 

 確実に特待生で採用してくれると言質を取るまで、陽太達は土下座を止めることはなかった。


 考え直すと申し訳ないことしたなと陽太は振り返って反省する。


 クロをけしかけたことも含めて。

 

 まぁクロも甘噛み程度にしていたし、そんな小さな人ではないだろう。

 

 部屋を出る時も「頼んだよー!」と手を振って見送ってくれた。

 

 陽太の容姿は整っていて嫌味がなく、爽やかだ。


 学業も運動能力も学年では常に上位にいた。

 

 そのせいか担任や友人に、よくクラスの問題児の扱いをお願いされて来た。

 

 問題児を更生させ解決してしまうことから、困った時の黒河くんなどと冗談混じりに言われていたくらいだ。


 しかしあくまで努力の成果だ、と言うのが陽太の自己評価である。

 

 性格も人当たりが良かった陽太にはしかし、敵も少なからずいた。

 

 二体持ちという注目されやすいステータスを持っていて、悪目立ちしやすかった。


 容姿、成績の良さで目立っていたせいか、不良に度々からまれていた。

 

『お前調子のんなよ?』

 

 という言葉は陽太には聞き飽きたフレーズだ。

 

 トラブルメーカーでありながら、トラブルシューターでもあった。

 

 自分の運はクロとシロに使い果たしたのだと半ば本気で信じている陽太である。

 

 両親共に共働きであり、兄弟の多い長男だった陽太は早熟だった。


 そして2体持ちとして注目されやすかった自分が、コミュニティにおいて危うい立場であることを本能的に理解していた。

 

 それを上手に対応してきた結果、担任や友人からの評価も高く、誰かと敵対した場合でも周囲が守ってくれるようになっていた。


 面倒事を引き受け続けた成果でもあり、陽太の苦労の証でもあった。

 

 そこまで思い返し

 

――いや待て

 

 と陽太は自分に待ったをかける。

 

 これはチャンスなのではないかと。

 

 逆に言えばその問題児とうまく付き合えば良いだけだ。


 そうなれば霧島の評価も高くなるだろうし、同時にそれは彼への恩返しにも繋がる。

 

 コミュニケーションにはそこそこ自信もあるし、命を預ける相手でもあるから信頼関係を構築するのは元々大事なことだ。

 

 ならばその方向で相手と付き合っていこう。

 

 その苦労を今回は喜んで引き受けようと、陽太は前向きになった。

 

 魔石狩りに参加できれば相棒達を満足に食べさせることもできるし、余ればそれを金に変えることもできる。

 

 命が対価ではあるが、魔石狩りはそれほどに魅力的な仕事だ。


 名誉なことであるし、なによりもまず儲かる。

 

 憧れの職業ランキング1位はここ10年連続でトップに輝いている。

 

 だからこそ霧島には深く深く、感謝をしている。

 

 諦めていた大学に通わせて貰い、さらにお金まで稼がせて貰えるのだ。

 

 この恩はそれこそ生涯忘れないだろう。

 

 陽太は精神が前向きになるのを強く感じた。

 

 俺ならやれる!

 俺ならできる!

 

 たとえどんな相手でも、受け入れ、そして協力していこう!

 

 そう考えを改め始めたところで、陽太に近づいてくる人物がいた。

 

 人数は3人。

 

 複数人とは考えてなかった陽太は、とりあえず立ち上がり到着を待つ。

 

「…で、俺はそう言ってやったわけよ」

「えー!めちゃエモ!」

「やば。かっこよ」

 

 真ん中に明らかにチャラついた男が、2人の女性に肩を回して歩いてきた。

 

――え、うそ。あれじゃないよね?

――あれ、ただのパリピだよね?

 

 勘違いだとまた座り直そうとしたところで

 

「まじヤバいんだけど。このまま飲みにでも行っちゃう?」

「いこいこ。今日は自主休講」

「あー、俺も行きたいんだけど、さ。プロとしての責任ってのがあってさ」

「えー!いーじゃん今日くらい!」

「そうそう。具合悪いとか言えば良くね?」

「それもあり寄りのありなんだけどさー。俺も『資格』持ちだし?後輩くんに見せてやんなきゃいけないわけよ。国から認められた『資格』持ちの実力ってやつを、さ」

 

 女子がキャーキャーと騒ぎ出すのを尻目に、陽太は死んだ魚の目をしていた。


 むり。

 俺、この人とうまくやる自信ない。

 

 コミュニケーションには一家言あった陽太の自信はあっさりと砕け散った。

 

 夢の大学生活と、お金のある生活が水泡のように消えていくのを感じている瞬間。

 

「ウオォリャァァアアアーー!!!」

 

 その男に向かって野太い奇声を上げながらドロップキックをかます女性が目に入った。

 

「がっっふ!!」

 

 鳩尾に思いっきり入った男は、もんどりを打って倒れた。

 

 陽太の思考が停止したのは、無理もない。


「ちょ!あんたなにすんの!」

「謝れし。今すぐ」

 

 キレる女子2人を気にせず

 

「ふぅ」

 

 と一呼吸吐いた女性は、先ほどとは打って変わって落ち着いた声音で言った。

 

「恭ちゃん、誰?この女?」

「……が……っ」

「恭ちゃん。私、聞いてるんだけど?」

 

 明らかに答えられない状態なのに問い詰めるその様は、側から見たら鬼にしか見えない。

 

 状況がおかしい事に気付いたらしい女子2人は慌て始める。

 

「な、なんなのよあんた!」

「『資格』持ちの理由なき暴力。罪かなり重いよ」

「そーよ!今警察呼んでやるから!」

「――その男の妻です。問題、ある?」

 

 銀色の指輪の付いている左手の薬指を見せつけると、2人の女子は慌てて逃げ出した。

 

「そ、そ、その男からさっき声かけてきたんだから!私らナンパされただけだから!」

「『資格』持ちだからついてっただけ!まだなんもしてない!じゃ」

 

 2人がいなくなったところで、妻を名乗った女性は動けない男に近づいて屈んだ。

 

「恭ちゃん。説明してくれる?」

「……ぁ、…」

「さっきのたいして効いてないって気付いてるよ?それ以上知らん顔するなら」

「すいませんでしたー!!!!」

 

 食い気味に土下座し始めた。

 

「!?!?」

 

 陽太は混乱の極致だった。

 

「で?」

「すいません!」

「恭ちゃん。私は理由を聞いてるんだよ?求めてるのは謝罪じゃないの」

「いや、えと、あの」

「早く言いなさい」

「ほんの出来心です!!すいません!!」

「謝って許されると思ってるの?」

「ひぃっ」

 

 その後くどくどと怒られ続けているうちに、陽太は自分を取り戻し、1つ思った。

 

 この先輩、クッソめんどくせぇやつだ!


_________________________________


『魔石の色、属性』


石の色によって能力は異なる。

赤は火、青は水、黄は雷、といったように色により魔石生物の能力は変わる。

微妙な色の誤差で能力も変わるし、同じ色なのに違う能力あるため、確実なわけではない。

石の色に応じて、その色を基調とした生物になることが多いが、それもその限りではない。

個体差があまりに激しいため、全容をいまだに把握出来ていない。

モノクロの石に関しては現在研究段階であるが、身体能力が優れていたり、他の魔石生物と比べ賢い。

魔石は魔石生物の大事な食糧源である。

我々と同じ物を魔石生物は口にはしないし、しても吐き出す。

しかし水は飲むし、排泄もする。『食わず嫌い』だと1つの色の排泄で、見た目だけは美しく見えるらしい。




参考文献

魔石の色の不可思議

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